第十二話 男の子はお好きですか?
「……えー、レオニラ様。これはいったいどういう了見で?」
さあ、さっそく攻撃する? それともお話しでもする?
「いや、モンスターじゃねえのにいきなり攻撃とかありえねえだろ……。とりあえず話してみるよ」
あ、ごめん。人間語がしゃべれないとダメだった。
「俺は人間だ! って人間語ってなんだよ! この世界は万国共通語でもあるのか!」
するどい! それを言い出すと、なぜいままで会った人たちは日本語で会話が成立したのかっていう話にもなるんだけど。
だから、国ごとに言語が違うとか、そんなところに気を遣うの面倒だし、このゲームの住民はみんな日本語を話せることにしているの。よく異世界ものの作品でありがちな都合のいい設定よ。
「都合のいいはよけいだっつーの。――とにかく話してみるけど」
話しかけると、男の子はにらむような目つきで、ハヤトの顔を見上げてくる。
『僕は、この近くの村でお父さんとお母さんと三人で暮らしていた。でもいまは教会の牧師さんの家に引きとられているんだ』
「牧師? じゃあ、両親は?」
『お父さんは、魔王を倒すための戦争に連れていかれた。半年前、僕の住んでいる村に国の兵士たちがとつぜんやってきて、兵士の数が足りないからって男の人たちをみんな――。
お父さんは農家で、戦争なんて大嫌いだったのに。兵士なんかに絶対ならないって言ってたのに、むりやり……』
「…………」
『お父さんが兵士に連れていかれそうになったとき、お母さんは必死に抵抗したんだ。連れていかないでって。でもそんなお母さんに、あいつらは――』
「あいつらは……?」
『何もできずにいる僕の目の前で、あいつらはお母さんに――』
すると男の子は、思い出したくない記憶が脳裏によみがえったのか、唇をかみしめたまま顔をうつむかせた。
「それは……もしかして」
男の子は押し殺すような声でつぶやいた。
『お母さんはひどいショックを受けて……それから人が変わって、見る影もない姿になって……。いまはもう家のベッドから一歩も動けなくなってしまったんだ……。
こんなことになったのも、カナンの国王が魔王を倒すためとかいってむりやり僕の村の人たちを連れていったからだ』
「…………」
『僕は許さない。カナンの兵士を。国王を。それに従ういまの王妃を。ぜったいに』
「…………」
『お兄さん、勇者でしょ? 魔王を倒すための。コミケでウケそうなシュン君の高価な帷子を身につけている人なんて、ふつうの旅人じゃまずいないから。お兄さんは、王妃の仲間なんだよね』
「コミケの知名度! いや、俺は王妃に召喚されただけで、仲間っていうわけじゃ……」
『お兄さん――いや、お前は敵だ。だってお前は、お父さんを連れ去って、お母さんにあんなことをした、あの兵士たちの仲間だから!』
少年は、いつのまにか取り出していたナイフを両手で持ち、ハヤトの前に突き出した。その手は緊張のあまりふるえている。
人を刺すことへの恐怖。それを押し隠しながら、少年は憎悪にまみれた目でナイフの柄をぐっと握りこんだ。
『なにが勇者だ。お前たちの――お前たちのせいで、僕の家族はめちゃくちゃになったんだ! 殺してやる……絶対に、殺してやる!』
「ええと……」
はい、というわけで戦闘開始ね。
「まてまてまてまてまて!! 重い! 重すぎるよ!! 」
じゃあ、さっきみたいにバスタード・ソードを「ふり回す」でいい?
「人の話聞けよ!! 小さな子ども相手に剣で攻撃とかあり得ねえだろ!!」
じゃあどうするの。「話術」とか「交渉」の技能はいまのハヤトにはないから、説得は難しいわよ。
「こんな可哀想な敵、フィールドに登場させるなよ! と、とりあえず、子どもの持っているナイフを奪おうとする」
行動は具体的に。どうやって奪うの。少年を斬りつけてから?
「んなわけねえだろ! むこうが斬りかかってきたところで、ナイフを持った腕をおさえにかかる!」
じゃあ少年はハヤトにナイフで攻撃。ハヤトはかろうじて避けながら少年の腕をつかみにかかる――が、外す。
「くそっ!」
さあ次の行動は?
「再チャレンジ!」
少年はナイフを突き出す。ハヤトはそれを避けつつ少年の腕を――が、外す。
「もう一度!」
少年はナイフを突き出す。ハヤトはそれを避けつつ少年の腕を――が、外す。
「もう一度!」
少年はナイフを突き出す。ハヤトはそれを避けつつ少年の腕を――が、外す。
「もう一度だ!」
少年はナイフを――
十分後。
「はぁ……はぁ……。やっと奪ったぞ……」
ハヤトは左腕と右太ももに少し傷を受けながらも、なんとか少年の腕をひっつかみナイフを奪うことに成功した。
少年は悔しそうに首を垂れながら、その場に両ひざをついた。
『くそう……僕が……僕がもっと大きかったら……こんなやつなんかに……』
もう戦闘は終わったも同然だけど、どうするのハヤト。
「そうだな。いちおう、慰めないといけないよな……。
あー、とりあえず顔を上げて。俺の話を聞いてくれないかな」
そういわれ、少年は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。
『……僕をどうする気。幼い男の子が趣味のショタコン貴族にでも売り飛ばすつもり?』
「どこから仕入れたその知識!? いや、君をこれ以上、どうこうする気はないから。
俺もこの世界に来たばかりで、あまり国の事情がよく分かってないんだけど……カナン国の王様のせいで、つらい思いをしたんだな。でも、俺が魔王を倒せば、お父さんは戻って来られると思うから」
ハヤトの言葉に、少年は首を横にふった。
『……戻って来ないよ。もう。お父さんは』
「えっ。それってつまり……」
『そうさ。お父さんは、もう――』
男の子は、ハヤトにむかってやりきれない言葉をぶつけた。
『――もう、兵士の仕事がやみつきになって、楽しくて楽しくてしかたがないから、僕の村には戻ってこないんだ!!』
「そうか……ごめん。辛いことを聞いたええええええええええ!?」
少年は悲しそうな表情で視線を落とした。
「いやいやいや! 戦死したんじゃないの!? ってかやみつきってなんだよ! ならむしろよかったじゃねえか!」
『お父さん、あれだけ兵士になるのを嫌がってたのに、[やってみたら案外面白くて、お父さんに向いてるかもしれん。いまじゃお父さんを連れ去った兵士に感謝してるくらいだ]っていう手紙がくるくらいだし。いまはなり上がってカナンの一大隊隊長になってるんだ』
「まるで問題なし! むしろ順調だろ!! いや、でもお母さんはどうなんだ。君の目の前でお母さんをお……襲ったやつらと、お父さんが仲間だってことだろ。それでお母さんがベッドから動けなくなるくらい心が病んでるんだったら――」
『え? お母さんは病んでなんかないよ。むしろ元気なくらい。ただ、ずっとお菓子ばかり食べてるけど』
「え……? いや、君のお母さんは兵士たちに襲われて、ひどいショックを受けてベッドから立ち上がれないんじゃないのか」
『襲われてなんかないよ。お母さんがショックを受けたのは、兵士たちがあまりにたくさんのお菓子をくれたからさ。もちろんお母さんはお菓子が大好きだから、全部もらっちゃったんだけど』
「お菓子!? じゃあ、『それから人が変わって、見る影もない姿になって。いまはもう家のベッドから一歩も動けなくなってるんだ』って言ってたのは?」
『あれからお母さんは、人が変わったようにたくさんのお菓子を毎日食べるようになったんだ。それでもお菓子は全然減らなくて……。そうしたら、お母さんは見る影もないくらい太っちゃって、いまはもう家のベッドから一歩も動けなくなってるんだ。さすがにようやくダイエットを始めたんだけど』
「ただの肥満かよ!」
『基本、お父さんもお母さんも元気だよ』
「じゃあなんで国の兵士を殺したいほど憎んでたんだよ!」
『そう言ったほうが悪役っぽいからって、レオニラっていう人に言われたから』
「…………レオニラさん。説明して頂けますか」
たいしたことじゃないわ。このコ、ほんとはただの村人だったんだけど、勇者の敵として登場してくれたら好きなマンガを全巻あげるっていう条件を設定してここに連れてきたの。いわゆる買収ってやつね。
「そんな手の込んだことせずに普通に敵だせよ!!」
だってこのフィールド、レッドドラゴンしか登録してないのよ。どれだけ歩いてもレッドドラゴンしか出てこないの。そんなの面白くないでしょ?
「手抜きすぎだろ! 敵が一種類だけって!!」
このゲーム、私一人で作ってんのよ。手を抜けるところは抜かないと、いくら時間があっても足りないわ。
ま、何はともあれ少年とも平和的に和解できたってわけね。じゃあ少年くんにはマンガ「マックスファイターゴールデンZ」全巻セットを与えよう。
『わー、マックスファイターだ! わーいわーい』
こうして少年は元気に走り去っていったのでした。めでたしめでたし。
「もう疲労感しかない……」