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真夏のサンタは密林の覇者

作者: 藍澤李色

即興小説から。お題は「高い虫」で制限時間30分でした。

 ある夏の日のことだった。太陽がジリジリとアスファルトを焦がす音が聞こえてきそうな、そんな日のことだった。

 親友の高田がこうのたまったのだ。

「サンタクロースを何歳まで信じていた?」

「おい、季節考えて言えよ」

「いいんだ。これは真夏にするべき話題なのだよ、ワトソン君」

「誰がワトソンだよ。てめぇがホームズのつもりかよ、うぬぼれんな。まずてめぇの思考回路の謎を解明しろよ」

 何故このクソ暑い中でクリスマスの話などせねばならぬのか、自分には到底理解できなかったのだ。

 しかし高田は諦めない。猛然と食ってかかってきた。クソうるさい蝉の声といい勝負のウザさだった。

「いいから会話のキャッチボールしようぜ! サンタは何歳まで信じていましたかー!?」

「俺の! 家には! 夢などなかったっっ!!」

 自分の両親は変なところにドライで、「サンタはもう絶滅したのよ……だからパパとママがプレゼントを用意するの」と平然と言ってのける人なのだ。そんなメルヘンは物心ついた時にはすでに打ち砕かれていたのだ。幼稚園のクリスマス会で一人だけ白けてしまった幼子の気持ちなど、この男には到底わかるまい。

 こちらの無念などさっぱり興味のないらしい高田は、ふっと何かを悟ったような顔で笑った。

「俺は十二歳まで信じていた」

「いや、お前それはちょっと気づかなさすぎだろ!?」

 小学生でも余裕でスマホを持つ現代日本だというのに、情報社会から取り残されていたのか、こいつは。

「サンタクロースは良い子にはプレゼントをするが、悪い子供は殺してしまうのだと……その服は返り血で赤く染まり……」

「何でホラーなんだ」

「そう親に言われてきた。お前は悪戯ばかりする悪い子だからサンタには会わせられないと……」

「むしろ、お前過去に何やってきた」

「近所の女子高生のお姉さんのスカートをめくるとかそういう可愛い悪戯さ……」

「地味にタチ悪ぃな! ……うらやましくなんてないぜ」

 近所のお姉さんを自分好みのビジュアルで脳内に描き出したところで、完璧に高田のペースに乗せられていることに気が付く。

「で、真夏に何でサンタの話なんだ?」

「うむ、特にすごく関係あることじゃない」

「結局関係ねーのかよ」

「我が家にはサンタは来なかったが、真夏にサンタと等しく並ぶべき存在、密林の覇者が来たのだよ、ワトソン君」

「だから俺のワトソンはともかく、てめぇのホームズは却下するっての。何だよ密林の覇者って」

「田舎に住んでる叔父だ」

「全然覇者じゃねぇな!」

 ここまでネタ振りしておいて、ただの叔父とか、がっかりもいいところだ。

「その密林の覇者がだな、毎年俺に、でかいカブトムシをくれたんだ。あのキングオブインセクツだよ。家の裏庭で獲れるんだと言って」

「へぇ、そりゃすごいな。密林の覇者と言いたくなる気持ちもわかる」

 カブトムシは全ての少年の憧れだ。でかければでかいほどいい。自分で捕獲したならば、それこそ本当に密林の覇者と呼ぶにふさわしい英雄である。

「俺は信じていた。叔父さんの家の裏の山に行けば、俺も密林の覇者になれると」

「まぁ、そう思うわな。で、獲れなかったってことか?」

「いや、叔父さんの家に裏庭なんてなかった」

「何ぃ!?」

 まさかの展開だ。密林の覇者はどうした。

「叔父さんは毎年カブトムシを買っていたんだ。最初は本当に裏庭で獲ったらしいんだけどな。再開発で裏の山もカブトムシも消えた。それでもあんまり俺が喜ぶもんだから、買ってきてくれたんだな。叔父の家には女の子しかいないから、男の遊びをしたかったんだな」

「な、なるほど……」

「俺はショックでもう叔父にはそれから数年顔も合わせなかったんだが、ある夏、ふとカブトムシの値段を見てびっくりしたんだ。あんなに高価だとは思わなかった」

「あー、買うと結構えげつない値段だもんな。しかもデカいのだと」

「すげー反省したんだよ。何で俺はサンタを信じるみたいに密林の覇者を信じなかったんだろうって。叔父さんはよく遊んでくれるいい人だったのに」

「そうだなぁ」

 高田がする叔父の話が過去形なことに気づいたけれど、黙っていた。


 それから何年経ったのか。高田は結婚し、子供が生まれ、二児の父だ。

 俺はふと思い出して、男の子である彼の息子にお土産を買って行った。

 真夏のサンタこと密林の覇者から、少しお高い虫のプレゼントを。

ちなみに私の地元はド田舎だったので、クワガタだったらしょっちゅう玄関先におっこちていた。カブトムシはいなかった。うちの地元じゃ寒すぎて。北国だもの。

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