エピローグ
社員が十人余りの不動産会社に勤務して一年目の山下春菜は社員の間で噂になっている怪奇な現象が起きると言われている、幽霊マンションの1111号室へ客を案内している最中だった。
春菜は特に霊感も無かったのでそんな噂は先輩たちが後輩を怖がらせる為に広めた作り話だと当然のように思っていた。そして店頭で客から要求された条件をパソコンに入力して検索した結果、幽霊マンションが画面に表示されていた。
「こちらのマンションの最上階十一階の角部屋でございます。ベランダが南向きでとても日当たりも良くて明るいお部屋ですのできっと気に入って頂けると思います。」
春菜は新婚の二人に得意な営業スマイルでマンションを案内していた。
「少し・・・マンションの中が薄暗いわ・・・昼間なのに・・・」
「そうだな・・・人も見当たらないし確かに静かで不気味だな・・・」
二人に言われて春菜も少し気にかかっていた。
良く晴れた昼間だというのにマンション内は薄暗く本当に静かだったのだ。
「ご安心下さい。この物件は二十四時間管理人が常駐しておりますし、セキュリティも万全でございます。」
春菜は出来る限りのフォローを入れて二人を部屋まで案内して鍵を開けてドアを開いた。
最上階の角部屋は玄関にはポーチがあり中へ入ると玄関もかなり余裕のある広さだった。
「広いわね~!収納も備え付けでオシャレだし・・・」
「玄関のポーチも戸建てみたいで格好良くって素敵じゃないか!」
春菜がフォローするまでもなく二人は玄関のポーチや収納を気に入った様子で洗面やお風呂にトイレと順に確認して二人で物件を前向きに吟味していた。こんな時、春菜は客には納得行くまで吟味させて余計な案内をせずに様子を見る事にしている。
あれこれと将来の事まで話しながらリビングやキッチンを吟味している新婚夫婦を微笑ましく春菜は後方から見守り羨ましく思っていたその時だった。
【ギィィィ――――――――――!!ギィィィ―――――――――!!】
春菜はビクッとして振り返って耳を澄ました。寝室の方からおかしな何かが軋むような鈍い音が聞こえる。(えっ?!何?・・・今の何の音?)
春菜は少し足が竦んでいた。寝室には誰も居ないはずなのに何かの気配が感じて取れる。
「あの・・・寝室も拝見されますよね?・・・」
「あ!もちろん見ます!!この部屋ですね!」
二人には春菜に聞こえた様な不気味な音は聞こえて無かった様子で若妻は寝室のドアを躊躇せず開けて中へ入った。
十二畳程の洋室の壁には森の中にある大きな大木に吊るされたブランコに乗っている小学校低学年位の腰まで伸びた長い黒髪の透き通る様な白い肌をした少女が油絵で描かれていた。そして、その絵画は高価な銀の額縁に収められていた。
「素敵な絵画ですね。前に住んでいた方が置いて行かれたのですか?高価そうなのに」
「でも、少しこの絵の中の女の子の表情が暗い感じで私は気持ちが悪いわ・・・」
旦那の方は絵画を気に入った様子でじっと見入っていたが、若妻は無意識に何かを感じたようで絵画の中の女の子を不気味だと言って寝室を足早に出て行ってしまった。
部屋の中を吟味した二人は取り敢えずと旦那の方が手付金を置いてその日は帰って行った。そして、三日後に旦那が店頭に来て賃貸契約書を交わしてあの幽霊マンションに住む事が決まった。
あれだけ若妻が気味悪がっていたのにどうやって説得したのか春菜は不思議だったが、この契約が成立した事で今月もノルマが達成出来て内心ではホッとしていた。
春菜は、この契約が後々に酷く後悔する惨劇の始まりだったなんて知る由も無かった。
【完】




