結弦と美代子
賃貸契約を無事に交わして1111号室へ引っ越して来たのは若い新婚夫婦だった。
「なんだか少し薄暗いマンションだね・・・」
「まわりに大きな木もあるしな・・・でもこの金額で借りられたんだから良かったじゃないか」
柏木結弦は今年社会人になったばかりの23歳小さな出版社の編集見習いとして働いている。
妻の美代子は高校の同級生で6年の付き合いを経て今年の春に結婚した。
若い二人は結婚して暫くは結弦の親元で同居をしていたのだが収入もやっと安定して来たので思い切って実家を出ることに決めて住む所を探していた。
当初の予算よりも2割も安い物件に最初は不安も感じていたが実際に見てみると思っていた以上に良い部屋だったので二人はこの物件に住むことをすぐに決断をして契約を交わした。
「あの寝室の絵の女の子ってちょっと不気味じゃない?」
「え?そうか?俺は結構気に入ってるんだけどな~」
美代子は寝室にある見知らぬ少女の絵画に少し嫌なものを感じていた。
「結弦は鈍いから感じないだけであの絵には何かあるよ・・・」
「美代子は昔っから霊感体質だからな・・・わかった・・・あの部屋は使わずに衣装部屋にしよう!」
結弦はそう言って笑って引越し業者にベットをもう一つある洋室へ運び込んでもらっていた。
そして、その夜の深夜二時を過ぎた頃だった。二人が疲れて寝ていると廊下をパタパタと何かが何度も走り回る足音が聞こえて勘の良い美代子は結弦よりも先に気付いて不審に思い起き上がって廊下を覗いて見た。
【キィィィーーーーーーー!!ギィィィーーーーーーーーーーーー!!】
(何?・・・・今の音・・・・すごく嫌な音・・・)
【キィィィーーーーーーー!!ギィィィーーーーーーーーーーーー!!】
(やだ!家の中で聞こえる・・・・気味が悪い・・・)
「ねえ~?結弦!!起きて!ねえってば!結弦!!」
「ううう~ん・・・なんだよ~・・・・・」
美代子に無理やり起こされて結弦は眠たい目を擦りながら少し身体を起こした。
「なんか変な音が聞こえるの!すごく嫌な音なの・・・あと廊下を何かが走ってたし・・・」
「オイオイ!また?引っ越して来て一日目なのにどうすんだよ・・・」
美代子の話を聞いて結弦は少し布団に顔を埋めて項垂れていた。
【ギィィィーーーーーーーーーーー!!ギィィィーーーーーーーー!!】
「ほら?!聞こえたでしょ?ねっ!」
「マジかよ・・・何の音だよ・・・すっげぇ嫌な音だな・・・」
【ギィィィーーーーーーーーー!!ギィィィーーーーーーーーー!!】
二人はベットから出て音のする方へ向かって結弦が前で美代子が後ろでまわりを確認しながらゆっくりと進むと音が聞こえるのは衣装部屋にしたあの絵画のある部屋だった。
「やだ・・・・・結弦・・・・辞めとこ・・・多分入らない方が良いよ!」
「何で?確かめないのか?気になるだろ?一日目だぞ!」
美代子の言葉を振りきって結弦がドアを開けようとしたその瞬間だった!
ドアを突き抜けて髪を振り乱した上半身だけの少女の霊がこちらへ向かって何かを叫んで迫ってきた。
(アケルナァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)
「キャァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ウワァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
二人は部屋のドアは開けずに慌てて寝室に戻ってベットの中で震えながらしっかりと抱き合って朝になるのをひたすら待った。
翌朝になって結弦はすぐに仲介している不動産屋へ連絡して昨夜の出来事をクレームとして報告して契約を破棄してその日のうちにトラックを手配して荷物を纏めて実家へ戻った。
結弦と美代子はこの後に、次々と起こる1111号室での怪奇な事件を新聞やテレビを通して知った時に唖然として全身に鳥肌が立つ思いだった。
もしも・・・もしもあの夜二人であの部屋のドアを開けていたらどうなっていたんだろうと想像しただけで結弦はテレビの前で腰が抜けたようにソファーにへたり込んで震えが止まらなかった。




