林檎の妖精
どうも白髪大魔王です。久し振りの投稿です。あまりいいお話ではありませんが、最後までお付き合いお願いします。
おぼろげな足取りでフラフラと歩く。とても頼り無い足取りで。何処からか声が聞こえる。ずっと遠くで。何かが動いている。何なのかわからないまま。
もう何もかも嫌になったのだ。長年勤めてた会社は不景気によって倒産を余儀なくされた。そしてそれを見計らったように妻は俺に離婚届を突き出してきた。いや、本当に会社が倒産になるのを見計らったのだろう、それくらい二人の間は冷めていた。
暫くはハローワークを探し回ったり知人に頼んだりと仕事を探した。しかしこの身はとうに50代、資格や才能があれば何とかなったかもしれないが、生憎取り柄は全く無い、ただの中年だ。そんな男なんて、どこの会社も雇ってくれなかった。
…最後の一個か
手の中にある一個の林檎。これが無くなると、ついに我が財産は底をつく。友人たちも今の自分に金を貸してくれるはずもなく、だからといってヤミ金に手を出す勇気も無い。もう、死んだほうがいいのかも。こんな役立たず、いてもいなくても社会は変わらないさ。
だとすると、これが最後の晩餐かな。
などと下らない想像をしながら林檎を食べようとしたときだった。
林檎の上に、何かいる?
それはちょうど手のひらで隠れる程の大きさで、そして人の形をしていた。人間と違うのはそれに羽根がついていることだ。
性別は多分女。それは言うなれば…
―妖精…
独り言とも問い掛けとも言えない曖昧な言葉を溢した。
―あら、貴方私のことが見えるの?
それは鈴の音のような凛とした声で問い返してきた。
―ああ、ちゃんと見える
―へぇ、なら貴方はよっぽどの死にたがりなのかしらね
―死にたがり?
―そう、私たちが住む世界と貴方たちの死後に行く世界は近い場所にあるの。だから死にたがりの人には私たちのことが見えるの
そういうものなのか。妖精の世界だの死後の世界など俺には知るよしも無いが、俺が死にたがっているのだけは当たっている。
そうか、俺はもう既に死後の世界に引っ張られているのか。
―でもね、私不思議に思うの。死にたがっている人には私たちが見えるでしょ?でもそもそも死にたがっている人ならその場で死ねばいいのに、何で皆揃いも揃って死ぬまでに時間がいるの?
まるで分からないと言うような口調で妖精は俺に質問してきた。
―そんなの、覚悟が必要だからだろ
―何の覚悟?
―死ぬ覚悟さ
―死にたいのに?
―死ぬには痛みが伴う。痛いのはやっぱり怖いからさ
―貴方にも覚悟が必要?
―もうとっくに決まってるさ
嘘偽りの無い本音だった。やはり痛いのは嫌だ。だがそれ以上にこの現実が嫌なのだ。
―そんなに現実が嫌い?
―ああ、嫌いさ
―どうして?
―俺は世の中に必要とされない人間だ、だから俺はこの現実を嫌いながら死ぬ
―ふうん、人間って死ぬのも面倒くさいのね
―ああ、死ぬのも面倒くさい
会話が途切れる。妖精には理解出来ないのだろう。
―何で必要とされないからって死にたくなるの?
―必要とされない人間なんて、いてもいなくても同じだろ?だったら何の役にも立たない俺は死んだほうがいいのさ
―貴方の生きる意味って誰かの役に立つことだけなの?
言葉につまる。
―不思議ね、貴方の人生は貴方だけのものでしょ?役に立つとか立たないとか考えるより自分の為に生きてみようとは思わないの?
自分の為に……。
―貴方は周りに気を使い過ぎなのよ。役に立たなくてもいいじゃない。周りに迷惑かけてもいいじゃない。自分の人生、もっと 胸を張りなさいよ。
そうか、自分の為か。
もう少しだけ生きてみようかな。今度は自分の為に。
―有り難う、妖精さん。
―どういたしまして。
それだけ言い残すと妖精は消えてしまった。いや、正確には見えなくなったのだろう。生きる希望が出来た今の俺にはもう見ることは出来ない。
生きよう。自分の為に生きてみよう。
俺はそう心に決めた。
それが今から5分前のことだった。
今の俺は道路のど真ん中で仰向けに横たわっている。
周りの喧騒も、俺の頭の中では意味を成さない。理解する力も残っていない。
「え、事故?」「おい、これ本当かよ」「ヤバ、俺初めて生の事故見ちゃった」「救急車、誰か救急車を呼べ!」
ハハ、ハハハハハハ。
まさか最後が信号無視の交通事故だなんて。
結局、俺の人生は周りに気を使って自己を通せず、最後は事故死。もう、悲しむことも出来ない。
「面白いものね、死にたいときには死なないで、生きたいときには死んじゃうなんて」
最後までお付き合い有り難うございます。「連載のほうはどうした!?」と言われたりなんだりしていますので、今度こそはそちらを投稿する予定です。うん、多分。