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騎士たちとの夜

 

 レナが見つめる先で勢いよく炎が燃え盛り、その周囲へ次々と串刺しにされた肉が並べられていく。そして、炎にあぶられジュウジュウと焼ける音、煙と香ばしい匂いが漂い始める。

 レナは、涎が出そうな程、こんがり焼けていくのを待ち遠しく見つめた。朝はかなり食べたはずだが、結構お腹がすいているらしい。

 そんなレナの横に、あの変な男が腰をおろしてきた。ついつい、眉に皺をよせ、レナは座る位置を微妙に横へずらす。


「そんなに警戒しないでやってくれないか? そいつはお前を心配してんだからさ」


 眼の前で肉を焼く担当の男が、レナに向かって笑いながら話しかけてきた。

 すると他の男も会話に参加し始める。


「そうだよ。そんな嫌そうな顔するな」

「でも、大概の女、子供はセス様を嫌がったりしないのにな」


 そう言いながら男たちは笑い声を上げる。隣の変な男はセス様と呼ばれているらしい。この連中の中では身分が上なのか立場が上であるのだろう。他の男が荒くれ風貌であるのに対して上品そうな容貌から、身分が上なのかな、とレナは予想する。


「セス様があの森で可愛い女の子が一人森で迷ってるって言い出した時には、まさかと思ったけど。本当に、女の子だったのかぁ」

「信じられない。あの距離で、女の子って判断できるとは。この距離でも、言われないとわからないな」


 笑いあう男達の話の内容から察するに、やはりあの森でこの男に見つかってしまっていたらしい。

 それにしても、確かに話しているように、あの距離で女の子とわかるって、どんだけ目がいいんだか。木の陰に隠れていたのに。


「女の子に対して失礼だろうっ」


 レナの隣の男が、笑っている男たちを諌めるように言い放った。とりあえず、声を出して笑うのは止めてみたという様子で男二人は顔を見合わせ笑い合っている。

 レナは気を取られていた肉から意識を離し、彼等を眺めてみた。全部で七人、働き盛りの男ばかりのようだ。騎士なら、それは当り前なことなのだろうが。


 馬の世話をしていた男と、一つある荷馬車を固定させていた男が火の回りにやってきて一行がそろった。

 一人がカップに液体を満たし、次々と手渡していく。


「名前はなんて言うんだい? 俺はセスだよ」


 カップをレナへと手渡しながら男が名乗った。レナは差し出されたカップを受け取り、匂いを嗅ぐ。水のようだ。男がもう片方に持っていたカップは、酒だと思うのだが、子供だからと水になってしまったようだ。

 水、か……。

 嫌々参加しておきながら酒の方がいいとは、さすがに図々しいだろうとレナは言うのをやめにした。言っても、この男がまたなんだかんだと言いそうでもあったので。


「私はレナ」

「そっか。レナちゃんか」


 レナちゃん、とは、さすがに気色悪い呼ばれ方だった。


「レナでいい」

「そうだね。その方が親しみがわく呼び方だから、そっちの方がいいな。俺のこともセスと呼んでくれ」


 にこやかな笑顔で答えてくる男にレナはひきつり笑いを返す。親しみを持ってどうするつもりなんだろう。たまたま一緒になっただけなのに。

 親しげに名前を呼びたくなくて、レナは別の呼び方をしてみた。


「おじさんは、どうして私についてきていたの?」


 昼間の奇妙な彼らの行動を確認するのに格好の機会だと思ったのだった。が、隣の男は、口をパクパクと驚愕の顔をしてみせた。


「あーっはっはははは、おじさんっ! おじさん、だとよっ」


 隣の男がなぜ驚いているのかは、別の男の笑いによって解明された。レナはそんなに驚くようなことではないだろうと思いながら周りの反応を見る。


「おじさん、か、こりゃいいや」

「子供からみれば、セス様でもおじさんか。まいるな」

「おじさん、はやめてやれよ。まだ俺らは若いんだぞ? お前さんからみたら、おじさんかもしれないがな」

「そうだよ。これでも二十代の働き盛りの腕自慢なんだ。ちょっとくらいおっさんくさいのは我慢しろ」


 男達は爆笑していた。レナの、おじさん、の一言に。セス様と呼ばれた男の間抜け面が、さらに皆の笑いを煽っているようだった。

 皆が笑っている中で、ひとり静かに座っていた男が苦笑いしながら言葉をはさんだ。


「お嬢さん、セス様はまだお若い。おじさん、というのはあんまりだと思うよ。私くらいならまだしも」


 レナがその男を見るが、陽が暮れてきており随分と薄暗くなってきた中では彼らの中で歳をとってるかどうかなど判別できそうになかった。とはいえ、村の爺様の年齢にはほど遠いようだった。

 その落ち着いた物言いから、中では年配になるのだろうと思うくらいである。


「それより、どうして私についてきてたの?」


 いつまでも笑ってばかりでレナの問いには一向に答える様子がないので、レナは再度繰り返した。

 それに、やっと気を取り直した隣の男が答える。


「心配だったんだよ。森で迷っているのかと思っていたから」


 レナの背に手を伸ばそうとして、セスは思いとどまった。拒絶されたのを思い出したのだ。だからといって、レナの背後にやった手を引っ込めることはせず、そのままレナの背後にその手をついた。

 そうすることで、セスの上半身はレナの方へと傾き、レナは男が傾いてくるのに合わせて顔を正面に向けた。レナが横目で見ると、隣の男との距離が近い。絶対に横を向くまい、そう思いながらレナは端的に否定する。


「迷ってはいない」


 そんなことは道を歩いていた段階でわかっていたことだろうに。レナの冷たい態度も言葉も、セスにはまるで関係ないらしい。


「女の子の独り旅は危険だし、いつ獣に襲われるかと思うと心配で目が離せなかったんだよ」


 セスは声を落とし、訴えるようにレナを見つめている。レナは自分との温度差に違和感を覚えながらも火に焙られる鶏肉を見つめていた。

 レナは早く肉をよこせと言わんばかりの視線を焼いている男に送ってみるが、残念ながら手元が忙しいようでレナに構っている暇はないようだ。しばらくは隣の男の相手をして待たなければならないらしい。

 それにしても、とレナは思う。通りかかった見知らぬ子供を心配するようでは、彼等は始終あちこちの子供の後をついて歩いていなければならなくなる。レナは子供といっても、小さな子供と言う訳ではなく、遠目には十四~五歳くらいの少年にみえるはずなのだ。そのくらいの子供が町外れの道を歩くのは、さして珍しいことではないと思う。そこで獣に襲われ命を落とす確率もまた高いのだろうが。

 そう考えるとレナは、隣の男を胡散臭いとしか思えないのだった。


「セス様がお前が一人で危ないってんで、俺達が後からついて歩いてたんだ。森には危険な獣がうようよいるからな。ま、そのなりしてりゃ、そんなこたぁ知っていると思うがね」


 笑いを納めた一人がそう言いながら肩をすくめてみせる。レナがセスをまるで無視しているので、フォローしようと言ってみたようだが。まるでフォローになってはいない。

 結局、なぜ私についてきたのかは言いたくないのか。心配してというのが本当なのか。レナの後をついて歩いた理由が別のことだったとしても、隠す必要があるとは思えないのだが。

 レナは普段あまり深く考えないたちなのだが、自分に害をなす可能性がないと言えないだけに、目の前の鶏肉に集中することが出来ないでいた。


「セス様はお優しい方なのだ」


 年嵩の男がぼそりと告げる。その言葉に一旦みな口をつぐんだ。どうやら、セスとこの男がこの集団の中の上位者のようだ。

 皆はその言葉に納得できるのかもしれないけど、レナには全く納得できる理由ではなかった。結局、レナに納得のいく説明をするつもりはないということなのかもしれない。

 レナは視線をさまよわせてルィンを探す。ルィンはレナからは幾分離れた場所で、火を囲む一団を遠巻きに見ているようだ。一応、レナが呼びかければいつでも近くに来てもらえそうな距離ではある。


『その男、悪い奴なのかっ』


 レナが警戒しているので、ルィンは、もしや、と期待感を膨らませ始めたらしく、その声は少しばかり弾んでいる。

 残念ながらルィンの期待する悪い奴ではない、とレナは思う。ただ、訳のわからない胡散臭い男達だから、困っているだけで。


『なんだ。こいつ、すごくくさいから悪い奴じゃないのか?』


 ルィンが残念そうに呟いた言葉に、レナはつい言葉で反応してしまった。


「くさい?」


 レナはうっかり声に出してしまった。


「えっ、くさい? 俺、臭いかな?」


 突然、男があわてて自分の腕のにおいをかぎ始めた。いや、別にくさくないと思う。むしろ、くさいなら自分のほうだろう。何日も水浴びしていないし、身体も拭いていないのだから。レナはあわてて男に否定の言葉をかけた。


「いや。おじさんは、くさくないよ」


 そう答えたけれど。


「おじさん……」


 レナの答えは、またしても男に衝撃を与えてしまったようだった。再び茫然とした顔で固まり、それを見て、収まっていた笑いの渦が再び巻き起こった。

 面倒くさい男だ。おじさんは放っておくことにして、レナはルィンに話しかけた。

 どういうこと? この人、においする? 逆に、他の人よりにおいが薄いような気がするけど。


『いいや、くさいっつ。レナはいい匂いがするが、こいつのは吐き気がしそうなくらい臭いっ。レナの匂いが腐るっ』


 匂いが腐るってどんな表現なのか。ルィンの言う臭いというのは、単純に鼻で感じる香りのことではないのかもしれない。そうでなければいい匂いがするなどとは、とレナは自分で自分の袖の匂いを嗅いでみる。それなりに何らかの臭いが染みついているようだ、が、自分についている慣れた臭いはそうそうわかるものではない。


「あとで身体を拭いておくから、しばらく我慢してくれないかな」


 男は衝撃から立ち直り、レナにそう告げた。気不味そうな顔はしているものの、レナとの距離を開けるつもりはないようだ。


「別に構わないよ。私の方が臭いし」


 レナは面倒なので適当に答えたのだが。


「そんなことはない。君はとってもいい香りがするよ」


 レナはその言葉がルィンと一致することにひどく驚いた。

 レナが顔をひきつらせていると、近くの男がよってきて匂いを嗅ごうとしていた。


「お前、こんな格好してて、いい香りってのはおかしいだろう」


 気持ち悪いなぁ。レナが嫌そうな顔を男へ向けると、背中を向けた方にいたセスがレナの身体を自分の方へ引き、レナの前にいる男の額を手で押し返していた。


「嫌がっているだろう。近付くな」

「セス様、酷いなぁ」


 そう言いながら男は、レナから身体を離したが。


「そういえば、香の匂いがするな。もしかして龍神香を持ってるのか?」


 男はレナに尋ねてきた。

 龍神香?

 レナは聞いたことのないものの名前に戸惑った。だが、カデナの町で購入した獣除け香のことだろうとはすぐに気付く。香など他に持ってはいないのだから。

 すると、セスも反応した。


「龍神香? そんなものを持っているのかい?」


 驚いているようだが、何故なんだろうとレナが思っていると、他の男が疑問に答えてくれた。


「龍神香といえば、高級品だろう。こんな子供が持っているのか?」

「旅をするなら持っていても不思議じゃないだろう。この先にある町は龍神香の産地だ。そこで買えば、かなり安く手にはいるんじゃないか? 王都では希少価値の高い物は金額が釣り上がるからな」


 そんなに高級品だったんだ、獣除け香って。結構効果があるの、かな? ルィンの方が効果がありそうな気はする。かなりな嫌われようだと思うし。


『酷いぞ、レナ。わしは嫌われているわけではなーいっ、……たやすく近寄れぬ存在であるだけだ』


 はいはい。ルィンに投げやりな答えを返していると、レナの前にようやく待ちに待った鶏肉の串が回ってきた。


「レナ、重いから気をつけて」


 そう言いながら、セスが鶏肉を串刺しにした金串をレナに手渡そうと差し出してきた。肉を横にした状態のそれからは湯気が立ち上り、所々にある黒く焦げた箇所や茶色く焦げた皮のパリッとした照り感がまたなんともたまらない。しかも、油がじゅるじゅると小さな音を立て滴り落ちている。

 先程までの胡散臭さとは一遍、レナの脳内でセスは美味しそうな肉を提供するいい奴に変換された。それは一瞬の出来事だった。


「ありがとう、セスっ」


 にこにこと笑顔でセスに礼を述べ、レナはセスの手から金串を奪い取った。セスは、それまで冷たかったレナが満面の笑顔を浮かべてくれたことに感激し、彼女をじっと見つめていたが、レナの意識は既に鶏肉にしかなかった。

 レナはすぐさま肉にかじりついた。


「あつっ」

「駄目だよ、まだ熱いんだからゆっくり冷ましてから食べないと」


 レナが食べようとした鶏肉から滴る油が熱く、レナは思わず口を鶏肉から離した。その拍子に腕が鶏肉の重みに耐えきれず地面へと落としそうになった。だが、セスがレナの横でにこやかに彼女の串を持つ腕を後ろから支えていた。レナはすっかり警戒することなく、セスが支えるに任せている。

 横からのぞくように向けられたセスの顔に頷き返し、レナはふうーっ、ふうーーっと鶏肉へ息を吹きかけて冷ます。少しして再びかじりついた。


「これ、すっごくおいしいね」


 ひと口食べた途端、レナは感嘆の声を上げた。鶏肉はレナが食べたことのない色々な味がつけられていた。てっきり鶏肉を焼いただけだろうと思っていたのに。よく見ると黒や緑茶色い粉がまぶされている。


「そうだろう? インゲは料理がうまいんだよ。塩だけではなくて色々な味がつけられるんだ」


 ガツガツと鶏肉を食いちぎっては食べていくレナに寄り添い笑顔で見守るセス。


 その二人の様子を他者が奇妙なものを見る目つきで見ていたことは、二人は知ることなく。

 夜は更けていくのであった。


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