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山麓の町で(2)

 

 町の大通りには、何人もの人が行き交い活気があった。

 漂ってくる苦い臭いにレナは思わず顔をしかめる。進むごとにその臭いがきつくなっていくようだ。そして、行く手に、その臭いの元を発見した。

 それは、薬草の店らしく食材店など他の店とは比較にならない程大きな建物だった。横広く店の扉を開いたその手の店が何軒も連なっている。その開かれた扉の前には、腕の長さくらいに切られた葉がついたままの木の枝を山と積んだ荷馬車がとまっており、せっせと枝の束を降ろしていた。

 扉を入ったところには作られた薬草が入った木の箱が並んでおり、ほろ苦い香りで部屋を満たしている。大通りまで広まっている苦い臭いの元はそんな薄っすらしたものではない。

 枝の束が運ばれていく店の奥ではいくつもの大鍋が焚かれ湯気が立ち込めており、薬草を加工しているらしい。苦そうな臭いの原因は、それだったのだ。

 店の奥から活気溢れる声がひっきりなしに聞こえている。手早く回せ、あっちへ運ぶよ、火加減きつい、と作業している人達の声が飛び交っていた。


 レナは苦い臭いに顔をしかめながらも興味津津で店へと入ってみた。ルィンもそのあとに続く。

 いくつも並ぶ薬の箱に商品名と思われるものが書かれているのだが、その効能はまるで不明である。一応、レナのいた村では薬屋などなかったが、薬を作るのが得意な婆がいたのでよく物々交換して薬を分けてもらっていたが、こんなものを見たことも臭ったこともはなかった。何だろうと疑問に思っていると、ルィンがその答えを教えてくれた。


『それは獣除けの香だ。獣たちがこれを嗅ぐと鼻と感覚がおかしくなる。獣よけに香をたいて使うんだな』


 ふむふむと感心したように箱を上がっては箱の縁を転がり、各箱を丁寧に検分しているようなルィンの様子を、レナは眺めた。

 ルィンって臭いがわかるのかな、鼻がないのに、レナは不思議で不思議でたまらなかった。ルィンをじっと見つめてみても、鼻らしきものは見えない。


『わしに鼻はないぞ』


 ルィンは冷たくレナの疑問に答えた。やっぱりないのか、レナは思った。あの完璧な丸さに鼻だけあったら怖いよね、目と口があっても似合わないし、勝手な空想をするレナをルィンは黙って無視することにしたようだった。


「どれが欲しいのかね? どれも獣よけにはよく効くよ」


 店のおじさんがレナに声をかけてきた。おじさんは最初から店にいたのだが、レナが何をするつもりなのか見ていたようだ。買いそうには見えなかったのだろう。実際、レナは何かを買うつもりで店に入ったわけではなかったのだから。あまりにも長く商品を眺めているのでレナに声をかけてみたというところだろう。


「いや、その」


 レナは口ごもってしまった。買うつもりなどなかったので。


「どこで使うんだい? 家の周囲で焚くなら、こちらのがお勧めだ。旅に出て独りで使うには、こちらの細長いものが人気だね」


 そう言いながら、おじさんはレナに近寄ってきて箱を順に指し示す。どうにも、レナは何かを買わないといけないような気になってきた。

 旅に出て使うのにちょうどいいなら、とレナはその細長いものが入った箱に近付いてみる。でも、香りくらいで猫獣とか強い肉食動物にも効果があるんだろうか、とレナが思っていると。


『効くぞぅ。特にこれなんか強烈だ。臭いに敏感な動物ほど効果は抜群だぞ。レナは、より一層動物達に嫌われるな』


 強い肉食動物にも効果があるならと、ルィンがいる箱のものを今後のためにレナは購入することにした。


「こちらの物を少し欲しいのだけど」


 おじさんが指し示した箱と違う箱をレナが指定したせいか、おじさんは眉を寄せた。

 レナは懐から食材屋で受け取った金を二枚ほど出して見せると、おじさんの顔は急変し、途端ににこやかな作り笑顔になった。


「これで買えるだけ」

「ありがとうございます。今すぐお包みしますので、少々お待ち下さい」


 おじさんの声の調子も激変し、気持ち悪い変化だった。レナが指定した細長い薬香を詰めた袋を、おじさんは腰をかがめてレナに笑顔で手渡した。

 やや顔をひきつらせながら、レナはそれを受け取り店をでた。


「ありがとうございましたぁ」


 おじさんは再度レナに声をかけていたが、レナは振り向かずにずんずんと歩いた。

 それにしても、おじさんの反応からして、食材屋で引きかえた金は価値が高いもののようだ。この木の実は非常に高価だったのかと、レナは驚く。まだ残っている木の実の入った腰の袋をなでて確認した。

 何も買うつもりはなかったのに、店へ入って商品を勧められると買わずに出るのは悪い気がするものだなとレナは思った。

 買った獣除け香は役に立つだろうけれど、今後はあまり店に入らずに外から見るだけにした方がよさそうだった。買い物が必要のない店は入るまい、レナはそう結論付けた。


 店を出たレナは大きな薬草屋をいくつも通り過ぎ、目的の靴の店を目指したが、また別の店に注意を引かれてしまった。

 燻製肉屋である。

 レナがふらふらと中へ入ると、上から幾つも紐に吊るされた肉塊がぶら下がっていた。憧れの肉塊が頭上に広がっており、レナは思わず唾を飲み込んだ。


「何だ?」


 無愛想に親父がレナに声をかけてきた。胡散臭そうに彼女を見ている。

 レナは懐から金を一つ差し出し。


「これで、どのくらい買えるかな?」


 そう言うと、親父は吊るされていた小さめの肉塊を降ろし、紐の部分をレナに差し出した。

 そこへ店の奥から、おばさんが出てきた。


「あら、お客さん、いらっしゃい。ごめんなさい、この人ったら愛想が悪くて」


 愛嬌いっぱいの小柄な女性は、どうやらこの人の奥さんらしい。親父から肉塊を取り上げ、奥へと追いやった。


「あの人は、愛想は悪いけど、腕はいいのよ。とっても美味しいからね。これが欲しいのかしら?」


 そう言う女性に、レナは頷いて、金をのせた手のひらを差し出した。

 女性はにっこりと笑って、おもむろに大きな包丁で肉塊を半分に切ってしまった。

 半分になった肉塊を綺麗に紐で縛りなおしてレナに差し出すと、レナの手から金を取った。


「はいどうぞ。美味しいから、味見してみて」


 女性は残った肉塊の一部を少しだけ削いだ肉片をレナに差し出した。レナはそれを受け取り、口に含んだ。

 柔らかく適度な塩味がきいたそれは、絶品である。


「美味しい」


 レナは思わずそう漏らした。


「でしょう? うちの人の自慢の一品なの。世界一美味しいと思うわ」


 女性はそう言って誇らしげに笑った。

 レナは購入した肉塊を大事に抱えて店を出た。


 それにしても、レナは親父に差し出された時にそのまますぐ受け取っておけば良かったと思った。奥さんは愛嬌がありほんわかした顔のわりに、しっかりと店を切り盛りしているのだろう。半分になってしまった肉塊。それでもニヤニヤしながらレナは手元の紐を満足げに揺らした。


『そんなに食べることは楽しいのか?』


 ルィンがレナに尋ねた。


「楽しいよ。美味しいものを食べることが生きてる中で一番楽しいことじゃないかな」


 レナは素直にルィンに答える。

 そういえばルィンが食事しているのを見たことはない。ルィンは食べる必要がないのだろう。

 これ以上買い物しないうちにと、レナは靴の店へ急いだ。


 ようやく靴の店へと辿り着いた。

 そこは革物を取り扱う店のようで、靴だけを取り扱っているわけではないらしい。店内の棚には革物の鞄や帯などが並べられていた。


「あの、靴が欲しいんだけど」


 レナは店に入って声をかけた。店の台の奥に一人の男性が腰かけており、彼がこの店の主人なのだろう。

 レナが声をかけると、男性はレナの方へと歩みよりその足元を見つめた。


「これは酷いな。すぐに作ってあげよう。まず、足の形を知りたいから荷物をそこへ置いて、靴を脱いでこっちの椅子に座ってくれるか」


 レナはそこへ肉塊や薬香をそこへ置き、店の主人の示した椅子へ腰かけた。そして、ぼろぼろになった革の靴を脱いだ。

 すると、主人はレナの足首を持ちあげ紙の上に置き、両足の型を線で描いた。そして、それぞれの足の甲の高さや足首の太さなど、細かく測っていた。

 一通り測り終えると、主人は立ち上がってレナに声をかけた。


「これから靴をつくるが、少々時間がかかる。用事が終わったころに店にきてくれればいいよ」


 そう言われたが、レナはこれ以上町をうろうろすると余計なものを購入して靴が買えなくなってしまってはいけないと思い、ここで待たせてもらうことにした。


「用は特にないから、ここで待たせてもらいたいんだけど」

「そうかい? 時間がかかるよ?」


 主人は申し訳なさそうにしながらも、台に広げた革の上に型を置きナイフを入れて靴作りを開始した。

 辺りは静かになり、キュッキュッザザッという主人が作業する音だけが店内に響いている。ルィンは気ままに店内の革製品のあたりを転がっている。レナは主人の作業を見ていた。


「ただいま、父さんっ」


 店の扉を勢いよく開けて女性が入ってきた。若い娘である。主人の娘なのだろう。腕に縦長いものを抱えているが、それは主人が作る革を丸めて筒状にしていると思われる。


「おかえり」


 主人はそう返事をしたが、顔を上げずに作業を続けている。その様子が普通なのだろう、娘は父の反応を気にすることなく荷物を奥へと運んでいく。そこでようやく娘はレナの存在に気付いた。


「あれっ、お客さんがいたのね」


 娘は父親の近くに筒状の革束を置くと振り向いて、椅子に腰かけてじっとしているレナに視線を合わせた。


「こんにちは」


 レナは眼があったので、娘にそう挨拶した。レナよりも三~四歳年上というところだろう。レナは痩せて発育が悪いので恐らく年齢より下に見られているだろうが。


「こんにちは。あなた、もしかして、さっき船着き場にいた子じゃない?」


 レナを見つめていた娘は、驚いた表情のままレナの前までやってきた。座っているレナの上から娘は、肉付きもよく豊かな胸をずいっとレナに近付けた。もちろん、娘がそうするつもりはなかったのだろうが、椅子に腰かけた状態のレナには少し腰をかがめた彼女の胸が顔に迫ってくるようで背中をそらした。

 レナは眼の前の胸に見入った。娘は鎖骨が少々見える程度の襟ぐりが開いた長袖の服を着ており、ちょうど胸の下に帯を結び胸の丸みをことさら強調しているようだ。

 レナは自分の胸元を見下ろしたが、そんなボリュームはない。レナはそのまま頭を乗せたら、娘のそこに乗るんじゃないかと間抜けなことを考えていた。


「やっぱり。私、ちょうどあそこにいたの。お茶をいれるから、ちょっと待ってて」


 レナの反応がないのも気にせずに、娘は店の奥へと消えていった。


「すまないね。うちの娘は少しおしゃべりなんだよ」


 店の主人は、娘が奥に消えた後、レナにそう言葉をかけた。そう言いながら主人は、手元から目線を上げ、娘が消えた奥を見ていた。その横顔は綻んでいる。


「いえ」

「靴ができるのを待つ間、よかったら、あれのおしゃべりにつきあってやってくれないかな」

「はい。あ、いえ、その、暇なのでありがたいです」


 主人はレナのどもった受け答えにも口元を緩めただけで、そのまま作業を進めるべく台へと向き直った。

 店の奥から、娘が湯気のたっているカップを二つを手に現れた。

 知らない人と会話するって、どうしよう、内心ドキドキしながら、レナはやってくる娘から視線をずらしルィンを目で探した。ルィンはいつの間にか移動しており、主人の作業台で使用する刃物のような道具が綺麗に並んだところにいた。どうやら、主人の作業に今は興味があるようだ。

 ルィン、見えるのかな、見えるんだろうな、目はないけど。レナがそう思っている間に、目の前にカップが差し出された。


「はい、どうぞ。まだ熱いから気をつけて」


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