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山麓の町で(1)

 

 レナ達は小高い丘を越え、町へと道を進んだ。町の手前の草地には岩がゴロゴロしており、丘向こうとさほど変わりのない風景だったが、わりと大きな川があり、その向こう岸に町が広がっているようだった。川に沿って道があり家らしき建物がずらりと並んでいるのが見える。

 そして、川には立派な石でできた橋がかけられていた。

 レナ達が橋へと歩いていると、前方から馬車が走ってきた。大きな布袋を何段にも積み込んだ荷馬車をひくロバを日に焼けた男が操りながらレナ達の横を通り過ぎていく。行きかう拍子に荷馬車からはとてつもなく苦そうな薬のようなにおいが漂い、レナは思わず顔をしかめた。

 荷馬車が橋の上ですれ違うことができるほどに大きな橋は、その川底からの高さもそうとうなものであった。


 橋を隔てた向こう岸には道があり道沿いに家がいくつも建ち並んでいるが、木造の簡易な建物が多い。そして橋の片方の岸には船着き場があった。その船着き場周辺には何人もの人が集まっているようだ。若い人、年老いた人、男性や女性など年齢性別様々であり、綺麗な服をまとっている女性やくたびれた服の男性などを一度に多く目にすることになり、レナはそちらへと注意を向けた。レナにとって接していた人は年老いた者ばかりであったため、特に若い男性や女性がレナの目を引いたのだ。


 レナにとってはかなり高価だと思われる衣装をまとっている美しい女性に、二人の男性が何やら迫っている様子である。男性達も、その周囲の人々に比べて高価そうな服を着ていた。

 女性の側には彼女の腰ほどの背丈の少女が女性のスカートに隠れるように腰へしがみついている。女性は男性達に声を荒げて言い返していた。


「私達には連れがいるんです。あなた方に同行してもらう必要などありません」

「それなら連れが来るまで遊ぼうや、なぁ?」


 女性の言葉など聞いていないようで、男性達はニヤニヤと笑いながら女性へ上から下まで視線を這わせる。そして、男性二人は彼女を周囲から切り離すように彼女のまわりをゆっくりと歩きはじめた。女性は子供を庇いながら、二人の行動に怯えながらも男達から目を離さないよう用心し右へ左へと視線を動かす。じるじりと女性と子供にまわりながら距離を詰める男達。女性は二人を睨みつけることくらいしかできない。とうとう彼女の視線をかいくぐって一人の男が女性の右腕を掴んだ。


「なっ、何をするんですか。離してください」


 彼女が男性の腕を離そうとしているすきに左腰につかまっていたはずの少女はもう一人の男に捕えられた。二人の男達は笑いながら遊んでいるかのようだ。


「やああっ、お母さぁーん」

「ミリーっ」


 少女は女性の方へと身を乗り出そうとするけれど、男に背後からがっしりと両腕ごと身体を抱えられており、もがいてもどうすることもできず女性に向かって叫んでいる。女性は、腕を振り外そうとするけれど、男は片手で事足りるほどにか弱い力でしかないようだった。


「その子を離してっ」

「あんたが俺達にちょーっとつきあってくれればいいだけさぁ。何も子供まで取って食おうなんておもっちゃいないんだから」


 男が女性の腕に力を込めながら、ニヤリと顔をゆがませて女性にむかって言った。子供を捕えた男も、嬉しそうな顔をしながら言い添える。


「そうそう。あんたが付き合ってくれりゃ、この子を味見しようなんて気にはならんかもしれないなぁ」


 二人の男に囲まれて困っている女性と少女を、船着き場付近の人々は遠巻きに見ているだけだった。男性二人はさほど逞しい体格というわけではなく、そのあたりには何人もの強そうな男性達がいるにもかかわらずだ。手は出せないながら、皆、気の毒にと言わんばかりの視線を向け心配そうに見つめていた。

 レナは、橋の上から様子を見ていたが、誰も助けようとしないことを不審に思い、彼女らを囲む人垣に近付いた。


「運が悪かったなぁ。領主の息子に目をつけられるたぁ」

「なんとかしてやりてぇが、なぁ」


 そう言いながらも互いに顔を見合わせ、首を振りあっている。

 領主の息子だと何故なんとかできないのだろう? レナが不思議に思っているとルィンが答えた。


『領主ってのはこの町ではお偉いさんなんだよ。逆らったら、自分達がどんな目にあわされるかわからないってことなんだろうさ』


 ルィンの言葉を聞いても、レナには理由がよく理解できなかったが、男達は物語で読んだ暴力をふるう悪い奴のようなものなんだろうと思った。人垣の隙間を縫って前の方へと移動すると、女性は観念したかのように両手を取られうなだれていた。二人の男達は下卑た高笑いを辺りに響かせている。

 その光景がレナには無性に腹立たしく石でもぶつけてやろうと下を見下ろすと、レナの足元では目立つ赤い石がその存在を主張していた。

 ごめん、ルィン。

 そう心の中でひとりごちると、レナはルィンを右手で握ると振りかぶって投げた。

 赤い石は一直線に近い放物線を描き飛んでいく。陽光をうけキラリッと輝いた後、少女を捕まえている男の後頭部へと直撃した。その直後、男は動きを止め、物も言わずに地面へと崩れ落ちた。


「カロンっ、どうしたんだ? だっ、誰だっ。カロンに何かをした奴、出てこいっ」


 女性を捕まえている男は、うろたえた声を放ちながらも周囲を見渡して怒鳴り散らした。それでも女性の腕を離さない。倒れた男性の下敷きになる前に緩んだ腕から抜け出た少女は、果敢にも女性を掴んでいる男へ向かっていき足で蹴ったり叩いたりしている。それを見た女性も暴れ始めた。そして、人垣の隙間から男をめがけていくつもの石が投げられた。


「お前ら、どうなるかわかってるんだろうな!」


 そう怒鳴る男の側を通って、一直線にルィンがレナのもとへと転がってきた。怒気で紅潮した男とは反対に、男の声に被さり打ち消してしまうような喜色の興奮した声でこう言い放っている。


『うわははははははははっつ、面白いぞーーーーっつ』


 ルィン、大興奮である。レナのもとへと超高速回転で土煙を上げながら走るルィンの姿はすさまじく異様な光景なのだが、不思議と誰もそれに気付かないようだった。

 レナのそばに戻ってきたルィンはぐるぐるとレナの足元を回っている。


『面白いっ、面白いぞ、レナっ。もう一回やろう』


 レナは考えるのは後にしようとルィンを再び手に取り、女性を掴み怒鳴っている男に向かって投げた。

 今度は一直線にスピードもアップしたようで、男はルィンを眉間に受けるとそのまま後ろへと白目をむいて倒れたのだった。おかしい、あんな速度や命中率があるはずはないのだけど、と再び土煙を上げて帰ってくるルィンの姿をレナは妙に冷静な思いで眺めていた。


『もう一回だ。もう一度やってくれっ。たまらんぞーっ。わははははははっつ』


 狂喜乱舞とはこういうことを言うのだろうか。ルィンはハイテンションで雄叫びを上げながら、はた迷惑なほどの高速でレナの足元を旋回していた。そうしている間に、女性も少女も他の人々の勧めでここから早々に立ち去ることにしたようだ。男二人がそこに放置されたまま、人垣はバラバラと散っていく。


「人がいなくなるみたいだから、また今度ね」


 レナがルィンに声をかけると、やや残念そうな声でルィンが答える。


『今度か? 絶対だぞ?』


 そう言いながらも、まだ興奮がさめないようで、ルィンの回転速度は速いままだった。


『今度か。うーっ、今度か』


 まだ未練があるようだったが、レナは人垣が崩れる中に紛れて街中へと歩きだし、ルィンもそれについてきた。さっきの場所へと戻ってはレナのもとへ転がり戻る、を何度も繰り返した後に、だったが。


 橋を渡った町側にある簡易な木造建築物の奥には石が積み上げられた壁が作られていた。その壁はレナが両手を広げたくらいの厚みがあり、延々と川岸にそって続いているようだった。壁は道で途切れているが、どうやらそこを塞ぐ鉄壁も存在するようで川とは反対側に隠れていた。

 その壁を境に、町中の道は石で舗装されていた。そして建物も木造ではなく、漆喰で塗られた赤茶壁の建物が立ち並んでいる。その高さは壁よりも高く、屋内は三階か四階になっているのではないかと思われるが、レナは二階建てしか見たことがないので想像でしかない。

 レナの視界は道に沿って立ち並ぶ建物に遮られ、その先を見通すことができない。そのことに戸惑った。先が見えないということ、視界が狭いということに戸惑う自分が、レナには不思議だった。少し前まで、世界がぼんやりしていることが普通だったというのに、見えるようになればそれが当たり前になってしまうのがやけに早い。

 ふと石畳を転がる赤い石の姿が目に入った。行きかう人々は誰もルィンに目を向けない。あんなに美しく輝いているというのに。


「どうして誰もルィンを見ないんだろう」


 レナは不思議に思って問いかけを口にした。それはもちろんルィンへの言葉ではあったが、ルィンがその答えを知っていると思って口にしたわけではなかった。


『どうしてって、見えないからに決まっているだろう』


 ごく当然のことのようにルィンは答えた。


「見えない?」


 こんなに真っ赤なのに?と、レナはルィンを凝視しながら問いかけた。


『声に出さなくても、わしに問いかければ聞こえる。このままでは、お前は独りで喋っているようにしか見えんぞ』


 相手の人がいないのに喋っていると気味が悪いと思われるかもしれない。レナは口を閉じることにする。しかし、喋るなと言われると、喋らないでどうルィンに伝えたらいいかがわからなくなり、レナは少々困った。既に何度もレナの考えをルィンが先に読んでの会話をしていたはずだが、意識してそうするのはまた別であるらしい。


『何を困っているんだか』


 ルィンは呆れた声でそうつぶやくとフラフラとレナの前方を導くように転がり始めた。その先に、食材を並べている店や籠や器などを扱っている店など様々な店が並んでいるのが見える。


「そこの食材屋さんで木の実を少し売って、お金に変えよう。靴を買いたいから」

『口にださんでもいいというのに。わからん奴だなぁ』


 ルィンは少し笑っているようだが特に馬鹿にするでもなく、単にからかったもの言いをしているだけのようだった。レナは、ルィンはかなり付き合いがいい性格なのかもしれないと思った。

 建物の入口を開け放ち、入口の前におかれた台に何種類もの食材を山にした店に近付いた。すると、すぐに中から恰幅のいい女性が現れ、レナに声をかけた。


「何がいるんだい?」


 女性はレナを胡散臭そうに見ていた。その視線はレナには居心地が悪かったが、腰の袋から木の実を数個取り出し掌にのせて女性にむけて差し出した。


「いるんじゃなくて、これを買い取ってもらえないかと思って。ここで無理なら、この町でこの実を買い取ってくれる店がどこにあるか教えて欲しいんだけど」


 女性はレナの手から木の実を一つ取り上げた。指でつまんだそれをじっくり検分して、感心した声でレナに答えた。


「どうしたんだい。これはまた、えらく質のいい実じゃないか。今年は不作で、どこもこの実は手に入りにくいんだよ?」


 先程までの胡散臭そうな目はなく女性はしきりに驚いていた。ここでも不作だったのか、レナはやはり山で木の実が大量に降ってきたのは特殊なことだったんだと今更ながらに思った。特殊どころの話ではないはずだが、レナは些細なことには拘らない非常に大雑把な性格をしていた。


「そこの山のかなり上の方で採れたんだよ」

「もちろん買わせてもらうとも。物がいいから、ぜひ、たんと売っておくれ」


 両手で山になる程の実を女性に買い取ってもらうことにした。


「あそこは神様が住んでいる山だから、山の森へ入ると迷ったり獣に襲われて出られないんだ。大丈夫だったのかい?」


 女性は建物の中に入ってお金を数えながら、レナに話しかけてきた。


「神様がいるの?」

「そういう言い伝えだよ。忠告を無視して山に入った者が帰ってこない話はしょっちゅう聞くね」


 レナには初耳の言い伝えだった。住んでいた村でそんな話は聞いたことがない。神様が住んでいて帰ってこないという話に、彼女は赤い石に視線を止めた。

 神様、赤い石。そんなこともあるだろうと思うほど、あの山の空気は人の住む世界とは違っていたように思う。

 あれだけ大きな森であれば道を外れれば簡単に迷ってしまうだろうし、猫獣という大型肉食獣を筆頭に幾種もの肉食獣が森に生息していることはレナでも知っている。

 一度だけレナがもっと小さい頃、真っ白な毛で覆われ雪の中に佇む猫獣の姿を、恐ろしいほど緊張して眺めた記憶がある。そのまま去って行ったが、婆様は猫獣が空腹でなくて良かったと言っていた。無駄な狩りはしないんだと。そういえば、よく山を降りるまで遭遇せずに済んだものだ。ルィンが動物に嫌われているせいだったのかもしれない。


「まぁ、大丈夫だったからここにいるんだろうけどさ」


 女性はレナにお金を手渡して、背中を豪快に叩いた。それは結構な威力があり、レナは手にしたお金を落としそうになるのをなんとか免れた。


「まあね。靴が欲しいんだけど、どこへ行けばいいかな?」


 レナの言葉に女性はレナの足元に視線を落とした。くたびれて穴がいくつも空いている靴を見て頷きながら、女性は右の方を手で示し答えてくれた。


「少し行った先に右へ曲がる小道があるから、そこを曲がれば服や靴を取り扱ってる店があるよ」

「ありがとう」


 レナは女性に礼を述べ、店を離れた。腰の木の実の袋は半分ほどに減ったが、その分、お金ができた。村では物々交換が主でお金はあまり使われることはなかったため、今一つお金の価値がわからないレナだった。

 レナは、靴を買いに女性の教えてくれた店に向かうことにした。


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