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王宮からトレソナ山へ

 

 王宮の調理場の一角で、インゲが忙しく立ち働いていた。

 王宮の調理人達は非常に迷惑がっていたが、インゲに文句を言うこともできない。なぜなら、彼は王の許可を得ており、インゲ自身が高い身分の貴族であるからだった。

 そんな身分の高い人物が、調理場などという場所に入り込むこと自体あり得ないので、周囲の者達はみな困惑していた。しかも、インゲは今晩の晩餐のために準備された食材や調味料を手加減なく使ってしまうのだ。それに気付いた調理人達は、先を争うように食材を確保し、晩餐の準備に取り掛かった。もちろん、食材にしても調味料にしても豊富にあるため足りないわけではない。王が倒れられたので、急遽、晩餐の献立を変えなければならなかったという事もあり、調理人達は神経質になっていたのだった。いつも晩餐準備時には殺気だった雰囲気になるが、今回はまた違った意味の緊張感と殺気が調理場に漂っていた。


 インゲはというと、さすがに王宮の調理場だけあって、普段街では購入できないような調味料や食材が豊富にあることに非常に満足していた。

 香草と香辛料を調合し、プリプリした鶏肉に丹念にまぶしじっくりと焼き上げていく。そして、野菜と肉を酒や塩、香草や香辛料を放りこんだ鍋を煮込む。赤い野菜がドロドロに崩れ、真っ赤にぐつぐつと煮立っていく。

 焼けた鶏肉は出来あがるとすぐにレナの元へと届けさせた。そして、煮込んだ赤い煮物を皿にたっぷり盛り付け、その上から動物の乳を搾って加工したやや癖のある風味の黄色い塊を薄く削り、煮物の上にちりばめた。赤い液体の上に乗ったそれは熱さでドロリと溶ける。これも冷めないうちにと、急いで皿を運ばせる。

 そして最後は、海のないこの国では非常に珍味である海の幸、貝の干物を使った料理である。水で戻したちょいとぷにっとした触感のそれを、豪快に酒で焼き塩と香りの高い油でさっと炒めて出来あがりである。

 インゲは最後の料理も運ばせると、自分用にとっておいた分を調理場の隣の使用人達が使う部屋で平らげた。今日の煮込みの香辛料の調合は少々ワイルドだったか、と自己採点をしながら。

 全てを食べ終えた後、インゲは再び調理場に顔を出した。

 嫌そうな顔で出迎えられたが、気付かないふりをする。そんなことを咎めるのは、権力を振りかざす下っ端貴族のすることだ。

 インゲはセスが調理人へ申しつけていた甘いものの皿を手に、調理場を後にした。

 調理人達は、やっと出て行ってくれたかと盛大な溜息で彼を見送ったのだった。



「お待ちかねの、甘いもの、だぞ」


 インゲが皿を手に部屋へ入ると、そこにはセスとレナだけでなく、べネッツ達が勢ぞろいしており食事を終えたところのようだった。

 レナは口の周りを真っ赤にしながらスプーンで煮込み料理を食べていた。他の皿は既に中身はない。しかし、少々量が多かったか、とインゲが思っていると。スプーンを片手に、レナの目がインゲの皿にくぎ付けになった。

 キラキラと期待に輝く瞳から、まだ食べられるようだとインゲは判断した。


「セス様が約束した、甘いもの盛りだ」


 そう言いながらインゲはレナの前にその皿を置く。

 そうしながらインゲは、ゴルタナから頼まれたことはすっかり忘れてしまっていた。ゴルタナは、他者とはあまり接触を持たない方がよいセスに変わり、側近達への説明におわれていた。そのため、インゲに頼んでおいたのである。レナとの約束の甘いものを、ゴルタナに変わって手配してくれるように、と。

 うっかり忘れたインゲのせいで、ゴルタナは、レナにいつゴルタナは甘いものをくれるんだろう、またくれないつもりなんだな、という不本意な判断を下されることになってしまうのだった。


「おおっ、美味そうだな。どうして、俺達にはないんだ?」


 レナの前にだけ置かれた皿を、べネッツがインゲに問いかけた。

 問いかけに答えたのはセスだった。


「今回はレナが頑張ってくれたから、これはそのご褒美なんだ」


 セスはレナと向かい合って座っていたが、その距離は遠かった。例の奴がついているセスとレナが接触しては、王宮が破壊されてしまう危険があるためだ。今のレナはルィンを握っているわけではないのでそんな事態にはならないのだが、レナはそれをわざわざ言いはしなかった。

 細長い食卓で一番遠い両端にセスとレナが座り、その間にべネッツ達が座っていた。インゲもその空いた椅子へと腰掛ける。


 レナが赤い煮物を平らげ、甘いものの皿に手を伸ばした。甘酸っぱい果物をふんだんに乗せて焼いたケーキの上に、動物の乳を泡立てて作った白いクリームをたっぷり乗せている。一つ一つは拳よりはやや小さめの大きさだが、皿には十数個が並べられていた。

 あんぐりと大きく口を開き、レナがかぷっと口に入れる。


「んんーーーーっ。おいしぃーーっ」


 今度は口の周りをクリームだらけにしながらレナは甘いものを次々と口に運んだ。

 その様子を満足そうにセスが見ていた。そして、キーロンやジェイルは、セスをまたかという顔で見ていたのだった。



「結局、陛下についていたもので今はセス様の手にあるものって、どんなものなんですか?」


 べネッツはセスに尋ねた。

 外とは違い、べネッツも少しばかりいつもよりは行儀よくしている。


「見えないから俺には分からないが、小さくて青いもののようだ」


 セスはそう言いながら、左の掌を開いて見せた。

 ジェイルやキーロン達はその手をじっと見つめたが、やはり掌しか見えなかった。


「おい、どう見えるんだよ?」


 べネッツがレナに問いかける。

 レナはもしゃもしゃと口の中のものを嚥下してから口を開いた。


「手の上に、爪の大きさくらいの青い炎が揺れてる感じ?」

「そんなに小さいのか。じゃあ、動く岩ってのはどんな風に見えるんだ? 大きいんだろう?」

「そうだよな。かなり大きいものだと思っていたのに。それがついているならこの部屋に入らないよな?」


 ジェイルの問いに、キーロンが言葉をかぶせる。

 キーロンの言葉にジェイルも頷いている。


「動く岩がついているってのは、どうにも想像できねぇよな」


 べネッツは胡散臭そうにレナを見て言った。

 セスもレナへ問いかけた。


「そういえば、動く岩がどんなふうに見えるものなのかは聞いていなかったな」

「動く岩って言ってるけど、岩には見えないよ。手に乗るくらいの大きさで丸くて綺麗な色をした石みたいに見える。真っ赤な夕陽みたいなんだよ。青いのが前に会った時は、大きな岩のようにみえてたみたいでだから岩って呼んだんだろうね。動く岩は、その外見を馬鹿にされたのが悔しくて、今の形に姿を変えたみたいだし」

「えっ、岩じゃないのか!?」

「動く岩は手に乗るほど小さいのか!」

「そりゃあ岩を捜しても、見つからないよな」

「それ以前に、誰にも見えないんじゃ、見つけようがない。どうして、お前だけに見えるんだ?」

「そんなのわかんない」


 レナはそっけなく答えて、再び甘いものをほうばった。


「これから、どうするんです?」


 インゲがセスに尋ねた。貴賓牢の中では、山へ埋めると言っていたはずだった。今のセスは操られている様子はないが、以前のことを考えると現状がいつまでも続くとは限らない。青いやつを手放せるなら早い方がいい、そう思っていた。

 セスは地図を持って来させ、それをテーブルに広げる。


「山へ向かうつもりなのだが、レナの話だと人から離れた場所に埋めるのがいいようだ。このトレソナ山が丁度いいだろうと思う」

「そうですね。あの辺りの山脈は冬場は雪で閉ざされる上、星が落ちる場所だから住民がいませんから」


 セスが指差す絵図に彼等と同様にレナも目を向けていたが、何の絵なのかさっぱり分からなかった。ただ、カデナやテミスといった地名が書かれてあることはわかった。


「星が落ちる場所って何?」

「昔、そこには空から星のかけらが落ちたことがあるんだ。大陸ではあちこちにあるんだが、この辺りの山脈はそういう痕跡が何か所も集中する珍しい場所なんだ」

「星のかけら? 痕跡?」

「ほら、君と会った森で、穴が開いていただろう? あれも星のかけらの小さいものが落ちた痕跡のようなんだが、星のかけらが落ちるとああいった穴が残されるんだ。山脈にあるのはもっと大きなものだけどね」

「空から落ちた星のかけらが、動く岩の正体かもしれないと思って調べていて遭遇したってわけだ。案外、間違ってなかったみたいだな」


 あの森の穴よりももっと大きな穴? 空から落ちた?

 そうだろう、そうだろうとも。

 あの森の穴はレナが投げて落ちたルィンが作ったものなのだから、空から落ちたものには違いない。あれよりも大きな穴が山にいくつもある? それは、それは?

 は、は、は、は、レナは彼等の笑いに同調するように引きつった笑顔を顔に浮かべた。

 そして、黙々とまた甘いものを口に運んだ。


 セスが指し示す山は、レナが住んでいた村を含む場所のようだった。どうやらあの辺りは山々が連なっているところらしい。そして、星のかけらが落ちて、いくつも穴があいている場所でもあるらしい。

 レナは、最後に振り返った村の景色を思い浮かべた。丸く白い雲で蓋をされていた、あの風景。森の穴を遥かに巨大にした穴のようではないか?

 ルィンは過去に、どこかの山の山頂を吹き飛ばしてはいたが、うちの村もそうしてできた場所だった?

 いやいや、彼等の言うとおり、きっと星のかけらがおちて出来たんだ。そうだよ、きっと。ルィンなら、まさか、あんな大きさには、ならない、よね?




 翌日、彼等とレナは薄暗い早朝からトレソナ山へと出発した。

 トレソナ山へは何日もかかったが、レナはインゲの操る馬車の荷台で眠れる場所まで確保し、食っては寝るを繰り返すという非常に怠惰な旅となった。夜は夜で、レナだけテントという高待遇である。それもこれもセスについているものをレナが退治すると思っているからではあったが、レナにはそんな理由はどうでもよく快適に過ごせた。

 セスはレナに近付けないため不満で一杯だったが、頭が重いからと、食事時にはレナのそばに居られるようゴルタナを説得した。食事時のレナは格段に上機嫌で、レナを包む光は最高潮に気持ち良く、側にいるセスをも包み込むからだった。別に頭が重くなることはなかったのだが。


 そうして一行は、トレソナ山へと辿り着いた。

 そこはレナの村ほどには大きくない丸い窪地が山の高い位置にあった。窪地の中は緑の木々で覆われており、森の穴のような風景ではなかったが、外輪は丸く円を描いていた。

 レナ達が到着するころからすでに動物達の声が騒がしくなりはじめていた。青い炎とルィンの気配を感じた森の動物達が、不穏なものを感じ取っているのだろう。


「さっ、セス。それを投げて」


 レナは簡単にセスへ向かってそう言ったが、実はセスにとってはそれほど簡単な事ではなかった。

 青い奴はセスを操ろうと必死で働き掛けているようなのだ。山に登りはじめてからというもの、身体が重くてかなわない。ただでさえ険しい道のりだったというのに、青い奴の抵抗を受け、セスの足は一歩踏み出すにも息が切れるほどだった。

 ゴルタナとロドイルに支えられ、なんとかここまでたどり着いていた。彼等が見守る中、セスの腕は一向に動こうとしない。

 彼等はじっとセスの動きを見つめていた。

 

「セス」


 セスに向かって、レナが、おそらく赤い動く岩をセスに見せるようにして手を振って見せた。

 ふわふわと揺れるレナの周りの淡い光が点滅する。それを見ているうちに、セスは徐々に体が軽くなっていく。セスがレナの淡い光に反応するのは、手にしている青い炎の影響が大きいのだろうとセスは思った。セスには見えないレナの手の一点に、青い炎が集中しているのがわかるからだ。

 動けないもどかしさと、それへの執着。以前操られていた時の焦燥にも似た。

 セスは、ふっと自分の身体が軽くなった時、右手にもっていたそれを投げるつもりで大きく腕を動かした。窪地の木々の中へ、遠くへと。

 

 レナは大きく弧を描き落ちていく青い炎を確認してから、ルィンを空高く投げ上げた。

 上空高く上がりながら、ルィンはあれに向かって声を張り上げて何かを語りかけていた。おそらく青いものも何かを答えているのだろう。レナにはその言葉を理解することは出来なかったが、それはまた彼等の再会を意味する言葉なのかもしれない。なぜかレナはそう感じた。


 空に消えたルィンは、一筋の閃光となった。


 轟音が響く。

 地面が揺れ、窪地から大量の土煙が沸き立ち、辺り一帯を薄暗い砂色で覆い尽くした。

 飛び立つ鳥達、逃げる動物達。セスやレナ達の横を彼等は素通りしていく。

 ゴホゴホッっという誰かの咳払いや、大丈夫かという声。それぞれが、その場にしゃがみ込み、視界が晴れるのを待った。

 長い時間が過ぎた。

 土埃が収まりを見せ始めた頃、べネッツは逃げる中型動物に突進されたらしく、打撲を負っていた。運の悪いことだ。だが、他は無傷ですんでいた。誰もが土まみれで灰茶色になっている。

 そして、彼等が見下ろした先には、窪地の緑の木々の中にぽつんと丸い穴が開いていた。森に空いていた穴よりも遥かに大きいが、この窪地の十分の一程度の大きさである。

 その周囲の木々は自分達と同じように灰茶色がかっていた。


 誰もが声もなく、それを見下ろしていた。


 レナは村の爺様や婆様が土へ帰る場所といっていたのは、過去の誰かがあの穴のあいた光景を目にしたからなのではないかと思った。掘り返され土しかなくなったその穴の様は、全てが土へと帰ったようだった。

 ルィンが腕を上げたせいなのか、穴の大きさは小さい。だが、空高く上がったためその落下の威力は大きく、青いものは地中深くに埋められてしまったのだろう。次に彼等が出会う頃、自分はこの世にはいない。生きているわけではない、だがそこにある。そういう不思議な存在のルィン達は、本当に空から降ってきた星のかけらなのかもしれない。


「レナ。もしかして、あの森は君がやったのか?」


 セスがレナへと問いかけた。

 ゴルタナもインゲも、セスの言葉にレナを見た。

 キーロンとジェイルの顔は、少々引きつっている。やっぱり魔女?とか思っているのは気のせいではない。

 レナはにっこりと笑顔を返したが、それには答えず眼下を見下ろした。


『レーーーーーナーーーーーーっ』


 遠くから聞こえてくるルィンの声は明るく楽しげに響き渡っていた。


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