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貴賓牢の中で(2)

 

 貴賓牢内では、ダリウスとアルネリーナが主に会話を進めていた。

 その内容は、王が病のため休養をとるまではセスにはここで我慢してもらう、そしてセスが快適に過ごせるよう必要な事柄は何かということである。


 そのような話が進む間、レナは考え続けていた。

 ゴルタナとインゲはセスを助けたいと思っている。そのためには王を説得する必要がある。王の望む動く岩の情報を提供するためにレナをここへ連れてきたらしい。

 身分の高そうな二人は、動く岩とは違う方法でセスを助けるつもりのようだ。それならばレナは何もする必要はない。

 そしてセスは、王とレナに共通点があると思っている。それは、王が何かおかしいと思っているからだ。王を助けたいと思っている?らしい。 

 彼等のしようとすることは別々のようでいて、最終的に望むことは同じもののようだ。

 セスを助けたい。その原因の王を何とかしたい。


 彼等は王が操られていることを知らない。

 そもそも、王が操られていなければ、動く岩を捜す必要などなく、セスも牢に入っている理由がなくなる。王が操られているからこそ、セスは王がなぜおかしいのかを探っているのだ。

 その、王が操られていること、が彼等にはわからないのだ。


 レナの中で結論は出た。

 が、それをどう伝えればいい?

 レナは非常に困った状況であることに気づいてしまった。

 王を操っている、ということを伝える。それを信じてもらったとして、では王を元に戻すにはどうすればいいってことになりはすまいか? なるだろう。

 彼等にはわからないことが自分にだけわかるという状況は、まずいだろう。まずい。非常にまずい。

 これは、王の問題、つまり国の重大事件、だったりするのでは……。

 ひたひたひたと不味い重圧がレナへとのしかかかってきた。

 しかし、レナの感覚は今更である。

 彼等はそんなことはとっくに緊迫した状況なのだから。そんな中へ連れてこられていながら、レナだけが知ろうとしなかったし、気付こうとしなかっただけなのだ。


 彼等を前に、レナは話すべきか否かを悩んだ。

 すでに巻き込まれているとはいえ、どっぷり中心にはまりたいはずがない。他人事であり、王がどうなろうとレナの知ったことではない。

 正義感、そんなものはあまり働かない。あまり、というより、全く。

 だがここで、じゃあ、と去るにしても難しそうだ。セスがレナに何かを感じているだけに簡単に解放はされないだろう。

 

 うんうんと唸っていると、レナの手の中で穏やかに眠っていそうなルィンに気付いた。人が悩んでいるというのに、さっきまで慌てていたはずなのに、その赤い姿は奴に見つからないとわかりすっかり安心して呑気なものである。

 ふと思いついた。

 当事者、ここにいるじゃない。王が操られている原因が。

 にやりと笑顔を浮かべてレナはセスを見た。



「セスの知りたいことを、知っていると思う。で、それを教える代わりに、約束して欲しいことがあるんだけど」


 ダリウス達が話をするのをレナの横で眺めていたセスにレナは話しかけた。

 それに反応したのは、セスよりダリウスの方が早かった。


「何だと、貴様っ」


 ダリウスが一気に蔑むような目でレナを見る。

 彼等は話を中断しレナに注目した。不審を抱き、また、嘲笑しているようでもある。貧相な女官姿で場にそぐわない呑気そうな態度のレナを、ダリウスや王女が侮るのは当然だった。

 ダリウスがその先の言葉を続けようとするのを、セスが手で制した。

 彼等が黙ってセスに従うのを確認し、セスは落ち着いた口調でレナに先をうながした。


「何を約束して欲しいのかな」

「私を解放して欲しい。絶対、王宮から無事に出して」

「もちろんだよ」

「それから、セスはお金持ちだよね」

「……それなりには、お金持ち、かな」

「甘いものを食べたいから、欲しい。ゴルタナはくれるって言ったのにくれなかった」


 その不満そうなレナの言葉に、ゴルタナはすぐに口を挟んだ。冷静な彼が慌てた様子である。


「そっ、それは急いでいたせいで……。後でいくらでも食べさせてやるから、今、そんなことをセス様に頼むんじゃない」

「いくらでも? いいや、また口だけかもしれないよね」


 レナはゴルタナを信用しない発言である。

 ゴルタナは困って何と言ってきかせるべきかと頭を悩ませた。彼はまだ独身で子供はない。子供に言い聞かせる手腕など持ち合わせてはいなかった。


「構わないよ。レナに甘いものを食べさせてやれるくらいにはお金を持っているから」


 見かねたセスは珍しいゴルタナの様子を横目にレナへ答えた。

 レナはうんうんと頷くと、セスからゴルタナとインゲの方に身体ごと向き直った。


「よしっ! じゃあ、次は、おじさん達」

「まだあるのか!」


 インゲは、おいおいもう辞めておけ、と目でレナに訴えている。

 だが、勝手に巻き込んでおいて図々しいのはどっちなんだとレナは思う。


「下賤な奴は図々しいことだ」


 ダリウスが小さく漏らす。視線も冷たいものをレナへ向けている。

 だが、レナにはそんなものは痛くも痒くもない。だから、何?という感じか。そんなものより、自分の身の安全と甘いものの方がよほど重要である。

 ゴルタナはしかめた顔のまま口を閉じている。


「おじさん達、絶対に私を無傷で王宮を出られるように守ってよね」

「勿論だ」


 ゴルタナとインゲは即答した。

 一応、彼等にも、通りすがりの一般人を巻き込んでしまったという思いはある。ただ、しおらしい態度ではないレナに、それほど丁寧な対応にならないだけで。

 インゲは冷やかなダリウスと王女を気にしつつ、レナにもう少し押さえろという手ぶりをする。インゲは、レナをこんなところに連れてきてしまった責任を感じ、彼女が馬鹿にされているこの状況を心苦しく思っていた。ダリウスや王女が不敬罪でレナを咎めることがないようにと、実は、はらはらし通しなのだった。


「ちゃんと守ってやってるだろう?」

「守ってないっ! 一般人にこんな格好させて担いで連れてきておいて?」

「まあ、いや、お前が嫌がるから、な」

「嫌がるのは当然。誰が牢屋に変装して潜入したい人がいるって?」

「お前、殿下の為に何かしようって気にならないのか?」

「殿下? そんな顔も名前も知らない人のために何かする気になるわけないね。だいたい、庶民一人で何ができるって」


 インゲに口答えするレナ。

 そこへ控え目な声でセスが口を挟んだ。


「インゲの言う殿下は、俺のことだよ。言ってなかったかな」


 レナはついっと横のセスを見上げる。セスが、殿下?

 その言葉でしばらくレナの頭は思考を止めた。殿下とはなんぞや。聞きなれない言葉なのだから無理もない。

 殿下は、たしか、貴族とかじゃなくて、王族につける敬称だったかな。

 王族? セスが? 王族っていうと、王様の身内とかいう?

 えっ? え? えーっ!?

 レナは口をぽかんと開き阿保面をさらしていた。

 この変態、王族だったのか。


「君の言うことももっともなことだ。私達は君を必ず守る。もちろん、帰ったら甘いものも差し出すと約束しよう」


 ゴルタナはしかめた顔のままレナにそう提案した。

 阿保面を引きつらせ、レナはゴルタナへ返事をする。その声も引きつっていた。


「そ、そう。それで、よろしく」


 引きつった顔のレナに、これ以上余計な事を言うんじゃないとインゲが無言で訴える。

 とりあえずレナはそのままインゲに頷き返した。そう言うこと、先に教えておいて欲しいよね、ほんとに。

 落ち着いたところで、ゴルタナがレナへ問いかけた。


「では、君が知っていることを話してもらえるかな」


 彼等が知りたかったことでレナが知っていることとは一体何なのか。

 ダリウスも王女も彼女の存在に不満はあったが、黙って状況を見ていた。


「王には変なやつがついていて、王を操っている。それは動く岩が大好きだからセスに探させていたみたい」

「変なやつとは何なのだ?」

「さあ。動く岩と同じような存在、かな」


 そのレナの答えに、彼等は一様に落胆を隠さなかった。結局、動く岩のことがわからない以上、さして真新しい情報とは思えなかったのだ。

 そして王が操られているという彼女の言葉を疑ってもいた。


「王についているというのはどんな姿をしているんだい?」

「はっきりはわからないけど、ぱっと見たかぎりでは小さかったよ。右手のひらにくっついてたから」


 大きさは親指の爪大ほどしかなかった。ルィンと似ているものの、だいぶ未熟な存在であるような感じだ。さっきレナに気付かなかったこともそうだが。


『奴は不器用だからな。動きが鈍い。半端なく遅い。だから意識を操るのが上手くなったんだろう。自分が動けなくとも自分を持って移動させるよう操ればいい。それにしても、自在に操るとは、腕を上げたな』


 うむむっ。ルィンはレナの手の中で唸った。

 ルィン、セス達にあれの事を話してよ。


『何でだ? あの臭いやつに? わざわざわしが? 代わりに喋ったらレナが後で文句を言うではないか』


 文句は絶対言わないよ。ほんとに、前は悪かったと思ってるって。

 代わりに彼等と話してくれれば、王宮を出る時、投げてあげるよ?

 インゲもまあまあ強そうだし、ゴルタナなんか良さそうだと思わない?

 そう内心でルィンと会話しながら、レナはインゲとゴルタナに視線を向けた。その視線は、思いっきり値踏みするような視線であった。


『な、投げて?……インゲとゴルタナに、受け止められるのか……』


 キーロンとかジェイルなんかだったら元気そうだから何度でも受け止めてくれるかも。

 レナはさらにルィンをそそのかす適当な言葉を続けた。


『うむ。キーロンとジェイルより、わしはロドイルがよい』


 そのルィンの滲む嬉しさを隠そうとする声に、レナは内心ぐっと拳を握った。手応え十分である。

 ワクワクわくわくとルィンの気分が高揚しはじめる。それは、手にしているレナの気分をも合わせて上昇させていく。

 それにしても、ルィンもキーロン達を選ばないとは、やはりもてない人はもてないんだな。レナは相変わらずジェイル達が聞いたら憤慨するようなことを思っていた。だが、レナの記憶からすっぽりと抜け落ちているベネッツよりはましな存在といえなくもない。


 レナは満面の笑顔を作り、彼等に相対した。

 セスには薄紅色の光が眩しく揺れるのを目の前で見ていた。

 王には小さなものがついていて青い炎をまとっている。では、レナは別のものがついてレナを操っているということになりはしないか?

 レナはレナではないのだろうか?

 そう考えているセスにレナは笑顔を向けてきた。



「セス。今から動く岩に変わるから、知りたいことはそっちに聞いて。じゃ」


 そうセスに告げた。

 動く岩に変わる、そのレナの言葉に一同は何を言っているんだ状態である。それでも皆、レナの様子をじっと見つめていた。

 じっと待った。

 が、何の変化もない。


「レナ?」

「何だ」


 恐る恐る声をかけたセスにルィンは即答した。

 その声も姿も何ら変わりがなく、セスにも戸惑いがあった。多少、態度が変わったのだが、そんな些細な違いがわかるほど彼女を知っている者はいない。

 レナを包む光は呼吸するようにふわふわと強弱を波打っており、さっきまでとなんら変わりがなかった。

 部屋に漂う沈黙。


「聞きたいことがないのなら、もうよいか?」


 ルィンは面倒くさそうにセスへ話しかけた。さりげなくセスから距離を離すように後じ去りながら。


「今は、動く岩、なのか? レナではなく?」

「動く岩、は奴がつけた呼び方か。不細工だな。まあ、そうだ。レナもいることはいるが、今はわしが出ている」


 ダリウスは疑わしそうな目でレナを見る。一人芝居だと思っているようだ。

 ゴルタナとインゲは、人攫い集団を捕えた時に居合わせたレナを思い出していた。捕えた男に向かって言葉をかけていた時の奇妙なレナの態度を。レナが忘れて欲しいとしみじみ思っている場面のことを。


「では、今、レナを操っているのか? レナは無事なんだろうな?」

「近付くな! お前は臭いのだから、距離をおけっ! 離れろっ、レナの匂いが腐るっ」


 レナを操っているのかと詰め寄ろうとしたセスからレナの姿をしたルィンは飛びのき、そう喚いた。

 それをセスも唖然と見る。


「臭い? レナの匂いが腐る?」

「大体、お前、奴に一度操られかけているのだから、自分でわかるだろう。鈍い奴だな」


 呆れたようなその言葉に、ゴルタナがルィンに問いかけた。


「どういうことだ。セス様が操られかけていた、というのか?」

「しばらく奴につかれていたのだろう? ここまで臭いのだから……」


 ここでようやくダリウスもこの状況を冷静に見るようになってきた。疑ってかかっていては、彼等の話についてはいけない。

 王についているものが、セスについて操ろうとしたことがある、そう言っている。

 信じ難い内容ではある。だが、王が病気であると言うよりも、今の状況に当てはまる。数年前のセスの様子、そして人の変わったような王の様子は。

 そのことはひた隠しにしてきたのだから、そうそう外部の者が知れることではない。知っているとすれば、それを仕掛けた者か。結局はレナを疑いながら、ダリウスは黙って、しかし真剣に彼等の会話に耳を傾けた。


 ダリウス達があの女官に耳を傾けていることに王女も気付いた。彼女の兄に対する態度など不満は多々あるが、自分には情報の絶対量が少ないことを感じていたため、軽率な判断は控えるべきと黙って聞き役に徹している。しかし、兄と父の状況を打開する情報を彼女が持っているとは思えない。貧相な女官に振り回される兄を王女は心配そうに見守っていた。


 セスは、この数年悩んでいたことの答えをようやく見つけた。

 以前、自分の中に何かがあると思っていた感覚は、正しかったのだ。そして、それは今、父についていると言う。父がそれに操られている。だから、今の父は、父ではないのだ。

 それがわかるまでに、長くかかった。

 では、そのついているものとは一体何なのか? 今、自分の前で立っているレナの姿を借りた、動く岩。

 セスは淡い光を揺らしているレナを見た。普通ではない光景なのだが、そこに恐怖はなくこんな時だというのにセスの緊張を和らげた。長い暗闇を抜ける前の、出口からわずかに吹き込む、青い草木の香りをのせた風のように。


 レナは広い視界でのんびりと彼等のやり取りを見ていた。

 遠くにルィンの嫌いなやつの存在を感じながら。


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