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王都にて

 

 ゴルタナは、昨晩遅く、なんとしてもセス様への拷問を取りやめさせてほしいとダリウスに手紙を書き送った。牢から戻った後、他にはどうすることもできないのだから休息を取っておくべきだと自分に言い聞かせ寝床についたものの、全く眠れず目を真っ赤にしたまま苛々と時を過ごしていた。

 ダリウスからの返事はない。もしや、読むのが遅れているのか、まだ届いていないのか。

 ダリウスの役立たずがっとゴルタナは内心で罵倒しまくっていた。口には出さないが、内心で他人をこき下ろすことは彼にはよくあることである。


 苛々と狭い自室を熊のように歩きまわっていると、外が騒がしくなった。

 そして、勢い込んでドアを開け入ってきたのは待ちに待っていた仲間達だった。


「一体どうなっているんだ!」

「セス様は大丈夫なのか?」

「お前がついていながら何をやっているんだ!」

「牢に入れられたってのは本当なのか!?」

「何をこんなところでのんびりしてやがる!」


 口々に大声で怒鳴りながら部屋へ入ってきた途端ゴルタナを取り囲んだ。

 ロドイルは黙って彼等の後ろに控えてはいる。

 そして、彼等に隠れて見えなかったが、一緒に入ってきたレナは、騒がしい彼等とは別にソファへと歩み寄っていく。座るのかと思えば、こちらに背を向け、そのソファの足元に腰をおろすと頭からソファの座面に突っ伏した。くたびれて動けない動かない喋らない、そんな様子だった。


「おいっ、聞いているのか?」

「早く説明しろよ!」

「助けに行かないのか?」

「どうするんだ!」


 彼等に圧倒されていたゴルタナに、なおも彼等の声は止まらない。


「まあ、待て。説明するから、待て」

「何っだよっ。年寄りと違って俺は待てねぇんだよ!」


 うがーっとでも吠えそうな勢いでべネッツが叫んだ。それは逆に皆を冷静にさせる効果があったようだ。他の者はとりあえず口を閉じた。

 べネッツはセスが牢に入れられたと聞いて、すぐにでも王都に仲間を連れて戻りセス様を救出するんだと意気込んでいただけに興奮も高かったのだ。


「早かったな。明日になるかと思っていた」


 そのゴルタナの問いに、インゲが答える。ちらりとレナを見ながら。


「動く岩の手掛かりを掴んだかもしれない。だから、合流するのは早い方がいいだろうと王都へ向かっていた」

「手掛かり、か」


 今更だな。ゴルタナはインゲの言葉に苦い思いを抱く。

 そして、実は、とゴルタナが話し始めようとすると、レナが立ちあがった。


「ええっと、私は聞かない方がいいと思うから、出ていくよ」


 興奮している彼等の後ろで、レナは遠慮がちにそう口を挟んだ。

 レナは非常に気不味い思いをしながら連中と一緒にここまでやってきたのである。

 彼等には早くセスを助けなければ、との共通的思いがあるからいいのだが、そこにいるレナはといえば、何だ何だ状態である。

 王宮、だの、牢、だのという言葉が飛び交い、救出、とか言っているのである。傍で聞いていれば、物騒極まりない単語ばかりなのだ。

 彼等とは一晩、いや、二晩のかかわりがあるとは言え、通りすがりの旅の者というレナには何のかかわりもなく。セスが牢に入ったからといって当然彼等と同じテンションになるはずもない。

 できれば、急いでいるんだから自分を置いていってくれると嬉しいな、と思っていた。が、叶えられることはなかった。インゲとロドイルはまめにレナを目にかけ、そこには油断も隙もなかった。


 そうしてここまで飛ばしに飛ばしてここまでやってきた。

 体力のないレナにはきつい道中だった。インゲの隣に座っているだけだったが、お尻の痛さは半端ではない。高速で飛ばすものだから馬車が揺れる揺れる。揺れると言うより、座席で飛び跳ねていたという感じだ。だから、座っているだけよりも更にお尻は悲惨なことになっている。

 そんなきつい状態でレナはへとへとだが、彼等は元気がありあまっているらしい。そして、今にも牢破りだ!と血気盛んな状態なのだ。ここにいては巻き込まれる、そう思うのは当たり前のことである。下手に牢破りの話に参加などしては、『お前は知りすぎた』と始末される小童そのものである。というわけで、レナは重い身体を持ち上げて部屋を去ろうとしたのであった。


「いや、君にも関係することだから、この場にいて欲しい」


 その言葉にレナの顔はひきつる。始末される小童一直線?

 そんなことを考えているとは思いもしないゴルタナは。


「疲れただろう。そこに座ってくれ。今、甘いものをもってこさせよう」


 レナは、どうせ始末される小童なら甘いものとやらを口に入れておくべきだ、と判断した。甘いもの、それはレナにとっては非常に憧れの代物である。これでただの果物だったら悲しいが、こういう身分のある人達の間で、口に入れると蕩けるような本当に素晴らしく美味しい食べ物が食されていると聞いたことがある。一度は口にしてみたいものだと爺様や婆様が語っていた。甘いもの、死ぬ前に食べられるなら本望か。いや、しかし死にたくはない。

 レナは再びソファに突っ伏した。あくまで座らない。お尻が痛いから。


 さて、レナが部屋から出ていかないことを確認したゴルタナは一同へ向かって話し始めた。

 セスが王女の部屋へ行ったこと。そこに王があらわれセスを牢へ入れるよう衛兵に命じたこと。その後、べネッツを迎えに送ったこと。

 ダリウスの話も彼等に語って聞かせた。王が病であるという言葉に眉をしかめたが、皆、ゴルタナへの質問をするよりも話の先を聞くことを選んだ。

 夜、地下牢でのセスの様子の(くだり)には、言葉にならない声が漏れた。


「セス様は、陛下とレナに共通点があると思っているのか」


 レナは背中に視線を浴びるが、そこに緊張感はなかった。陛下とレナに共通点がと言われても、人ならどこかに共通点があってもおかしくないと思ったからだった。彼等のように、身分が違うということはレナの考慮にはない。セスがレナに気付いたのは、光って見えるからだというのは、ちょっと驚いたが。セスのいるところでは夜に逃げてもばれるな、と見当違いのことを事を考えていた。


「おい、レナ。どう思う?」


 インゲがレナに尋ねた。


「何が?」


 突っ伏したままの座面に半分遮られた声でレナが答える。その態度は横柄である。

 インゲは、どうして呑気な様子なんだ、この俺達の気持がわからないのか!という気分だったが、下手に声を荒げても効果はないとできるだけ心を落ち着けてレナに問いかけた。その声に普段の落ち着きはまるでなかった。


「何がって、今の話を聞いていただろう? 陛下との共通点だ」

「目があって鼻があって口がある」

「それは誰でも共通だ!」

「真面目に答えろっ!」

「わかるわけないよ。陛下なんて見たことないから」


 そのレナの言葉に、唸りながらも一同は納得した。

 田舎にいる子供が王を見たことがないのは当然のことである。彼等ですら、遠目にそのお姿を拝見する機会があるものの、その様相を詳しく知っているわけではない。ただ、もう少し言いようがあるだろうとレナへ怒りが湧くのは否めない。

 ゴルタナはセスに仕えて長いので、近くでお会いする機会も多かったはずだが。そう思ったインゲがゴルタナに問うと。


「とても共通点があるとは思えない」


 ゴルタナにはそうとしか思えなかった。二人に共通するものがあると思っているのは、やはりセスしかいないのだった。


「レナをセス様のところへ連れていくか」

「うげっ」


 インゲはぼそっとそう呟いた。

 その拍子に上がった奇妙な声の発生源はレナである。セスのところ、すなわちそれは牢? レナの中で速攻導き出された恐ろしい事実に、とっさに奇声が出てもしかたないだろう。

 牢に行きたい人はいない。


「そうだな」


 インゲに賛成するゴルタナの言葉に、レナは振り向きぶんぶんと首を横に大きく振って訴えてみせる。


「えっ、いやだよ。そんなとこには行かないよ。絶対無理だよ」

「大丈夫だ」


 いやいや。全然大丈夫じゃない。何を言っているのかな。

 え? え?

 レナが目を見張る中、彼等は話を具体的に進め始めた。


「じゃあ、セス様のところへ誰が行く? 全員では行けないだろう」

「いざという時にすぐ脱出できるよう準備が必要だな」

「俺は王宮外の脱出経路を検討しておこう」


 着々と進んでいく会話に、レナは茫然とする。

 行くこと決定? 決定? 行かないって言ったよ? このままだと、まずいんじゃないかな?

 レナはうろうろと目を彷徨わせ、ルィンの姿を捜した。


『おうっ、呼んだか?』


 なぜかノリのいいルィンの声がすぐ近くで聞こえた。

 見下ろすと、ソファの足元を転がっているルィンの姿が目に入る。いつの間に。


『レナがぼーっとしておるからだ』


 ルィンの動きが軽い。赤い姿がコロコロと彷徨う様は、そわそわと落ち着きがないようにも見える。

 どうしてルィンは楽しそうなのかな。


『牢と言うのは悪人が入っている場所なのだ』


 ……そうだね。

 澄ました言葉で、しかしワクワク感を噛み殺そうとして失敗しているルィンの声に、レナは目が据わり口が一文字になる。


『悪人にはわしを受け止めてもらって構わぬのだろう?』


 ……。

 牢とは、悪人の山。つまり、ルィンにとっては嬉し楽しい期待で一杯待ち遠しくてたまらない、なのだった。ルィンを受け止める相手が大勢待っているという理由で。

 レナはソファに突っ伏した。

 牢へ行きたくないのは、私だけなのか。

 身動きしないレナの周囲を、そわそわと期待を漂わせたルィンが転がっていた。

 

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