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地下牢

 

 強い風にあおられ木々のざわめく音が侵入者の手助けをしてくれているようだ。

 ゴルタナが王宮の小さな庭園を闇にまぎれ歩いていると、ぬっと巨体が闇から現れた。

 ドージェだった。


「セス様は王宮東にある特別牢の地下にいる。今日はまだ鞭打ちだけで済んでいるが、明日からは厳しい取り調べが始まるようだ」


 淡々とドージェはゴルタナに告げた。その内容に凍りついた。

 鞭打ち? 明日からは厳しい取り調べ?

 途端にダリウスへの怒りが沸き起こる。貴賓用の牢で数日だと言ったのは嘘か? それでは、まるで犯罪者の扱いではないか。王の態度はそのような扱いだったが、ダリウスの説明で数日間牢に閉じ込められるだけだと安心していたというのに。彼等にも状況が把握しきれていないということなのだろう。大きなことを言っておきながら。これだから執務者と言うものは。

 ふつふつと沸騰しそうな頭を抱えて、ゴルタナはドージェの後を歩いた。

 彼は迷路のような道を抜け、特別牢の近くまでゴルタナを連れてきた。各箇所の見張りには話が通してあったようだ。


「ここからは自分で行け。会うだけなら、金を握らせればいい」


 そう言い置いて彼は再び闇にその巨体を消した。黒っぽい服装であるため闇に紛れやすいとはいえ、あの巨体の存在をきれいに消し去ってしまう。闇の中は特に彼等の領分であり、つくづく夜の侵入脱出には綿密な計画が必要なようだとゴルタナは思った。彼等が味方に、せめて傍観する立場にまわってくれればいいのだが。


 ゴルタナは特別牢へと向かった。牢の建物の入口には見張りが二人立っており、ドージェの忠告に従い金を握らせ中へ入る。

 彼等は格子が嵌められ見張りの多い牢から逃げだすことなどできないと思っているらしく、金で罪人に会わせるくらいは何とも思っていないようだった。ここは政治犯などが入れられる牢であり、凶悪犯がいるわけではない。中の監視人は、王宮警備の屈強な騎士達ほどには強くなく、また、人数も多くないようだった。

 入口や通路をくまなく観察しながら、ゴルタナは地下への階段を下りた。地下にはまた格子扉があり見張りがいる。再び見張りに金を差し出すと、彼等は目を合わせることもなく無言でゴルタナの手からそれを取り上げると、格子扉の鍵を開け中へ入るよう促した。ゴルタナが入ると背後で鍵をかける音がする。牢内へ入ることは簡単なようだ。

 階段下の格子扉付近には明りが灯されていたが、格子扉の内側は明りが一切ない。


 ゴルタナが手蜀に火をともし辺りを照らすと、前方には通路が伸びており、その両側に檻が取り付けられていた。その檻は幾つも小分けになり連なっている。その檻の中を一つ一つ覗きながら進んでいくと幾つ目かの格子の奥で、床にぐったりと横になったセスを見つけた。


「セス様!」


 すぐさま格子の隙間に明りを押しつけ奥を照らすが、ゴルタナの手の小さな明りでは奥までは照らせない。それでも目を凝らすと、鞭で打たれたせいだろう無残に衣服が破れ、赤く痛々しい傷が幾つもセスの背中に走っているのが見えた。ゴルタナの手は震えた。灯りを落としてしまいそうだった。


「セス様、一体、どうして……」


 格子に縋りつくようにしてゴルタナが中を覗き込んでいると、セスはゆっくりと上半身を起こした。


「ゴルタナ、か」


 くぐもった声でセスが言葉を発した。口の辺りも切れているのか、上半身を起こしたときの動きで傷が痛んだのか、セスは言葉を切り顔をゆがめた。

 それでも彼はのろのろと億劫そうに身体を持ち上げ、格子近くまで歩み寄り、肩を格子にもたれさせ座り込んだ。疲れたような顔に少しだけ笑みを浮かべたセスの顔に、ゴルタナはかける言葉が見つからなかった。王のあまりの仕打ちに、そして、セスの心中を思えば、どんな慰めも励ましも意味をなさないだろうと。


 ゴルタナは手短に小声でダリウスとの会話の内容を伝えた。

 王が病であること、現在治療中であり、王の側近達が数日中にセスをここから出す準備をしていること、などを。


 ゴルタナが説明している間、セスはぼんやりと宙を見つめていた。その空虚な表情が、ゴルタナには恐ろしく感じられた。

 身体の傷も心配ではあるが、内心ではどれほど傷ついておられることだろう。このまま執務者達人非人どもにまかせておいていいのだろうか。今すぐにでもここからお助けすべきではないのか。インゲ達が到着すれば、逃げることも可能なはずだ。

 ゴルタナが牢を破りセスを救出する算段をしはじめていると、セスが口を開いた。


「病、か。俺には別人に見えた。あれは、以前の父上ではない」

「しかし、彼らの調査では入れ替わっているとは考えられないと」

「父上ではないのだ」

「セス様……」

「レナは普通の子供に見えるのだろう?」


 いきなりの話題の変わりようにゴルタナはついていけず、とうとうセス様は気を病んでしまわれたのかと思った。

 それはセスにもわかった。ゴルタナが悲壮な顔でセスを見つめていた。

 それを見て、セスはふっとおかしそうに笑うと、急に動いたためか背中に痛みが走ったのか顔をしかめ格子にもたれかかった。


「セ、セス様」

「気がふれたわけではないよ。俺には、レナは淡い光を帯びて見える。暗闇でも光って見えるんだ」


 ゴルタナは黙ってセスの話に耳を傾けている。

 あの子供がセス様には違うように映って見えているという話は、ロドイルから聞いていた。その話から、光って見えるほど目に留まる存在として映っているのだろうと想像していた。一緒に話をきいていたインゲもそう思ったようだった。まさか、本当に暗闇で発光していると?


「そして、久々にお会いした陛下は、青い炎につつまれていた」


 その言葉に、ゴルタナの想像は限界を超えた。ごくりと唾を飲み込む。そうして、セスの言葉を頭の中でもう一度組み立てる。

 暗闇で、人が光る?

 陛下が青い炎につつまれている?

 世の中には霊だの妖精だのというものの存在を語る者がいるが、そういった類のものだろうか。そういう特殊なものが見える、と? いや、あれはお伽噺にすぎない。幻影や空想の産物でしかない。ゴルタナはセスを見つめる。セスのゴルタナを見返す瞳は、狂気など全く感じさせず、それどころか穏やかさすら漂わせていた。

 セスはぼそりと話を続ける。


「レナと陛下には共通する何かがあるのではないかと思う」

「あの、子供、と、陛下に、ですか?」


 驚くゴルタナに、セスは苦笑する。セス自身も、共通するものにはまるで見当がつかなかったからだ。

 突拍子もないことを言っているという自覚はある。セスも確信があるわけではない。だが、この目で見たのだ。二人とも同じではないが、共に他人とは違うものをその身にまとっているのを。そんな人物は他にはいない。となれば、何かがあるのだ、二人には何かが。


「俺もまるで思いつかない。だが、必ず何かあるはずだ。それが、本当の父上を取り戻す手掛かりになる」


 徐々に力を帯びるセスの声と瞳に、ゴルタナはようやくセスの言葉を受け止める覚悟を決めた。


「明日か明後日には、彼等も王都へやってきます。彼女に話を聞いてみましょう」


 ゴルタナは混乱しながらも一つの方向を見つけた。空想と否定することで時間を浪費するのではなく、セスの考えを追求するべきだ、と。今までもそうしてきたように。

 セスに頷いて見せ、ゴルタナは地下牢を後にした。



 その後ろ姿をセスはぼんやりと見送った。

 ゴルタナの持つ明りはその身体に隠れ、闇の中にゴルタナの影を黒く浮かび上がらせている。光をまとった姿ではあるが、レナや王の姿とはまるで性質が違う。その影はゆっくりと遠去かり、やがて消えていった。

 闇が訪れ、あたりはうめき声が響く陰湿な空間へと姿を戻した。

 やるせない思いと身体の痛み。どこまでも闇に落ちていくようだった。ゴルタナがここを訪れるまでは。

 しかし、自分は一人ではない。心配され、助けてくれようとする者がいる。ここで腐っているわけにはいかないのだ。ゴルタナの様子は困惑してはいたがセスの言いたいことを理解したようだった。夢幻に逃げているわけではない、戯言を言っているわけではないとわかってもらえるのはゴルタナだからだ。

 父上は、そういう信頼のおける人物を大事にする方だった。そういう側近を登用してきた。その側近達が、王が入れ換わっていると疑っていた。そう思うに足る出来事が何度もあったに違いない。


 あれは父上ではない。


 その言葉は、すんなりと自分の口から零れ落ちた。

 何度も何度も、これは自分に対する試練なのだと思いこませようとしてきた。

 王宮を離れる時は冷たい仕打ちだと思いはしたが、それでも、その時はまだ父だったように思う。だが、今は違う。

 いつから父は父ではなくなったのだろう。

 父でないなら、あれは何なのか。

 レナは一体何なのだろう。

 青い炎と淡い光。その二人の姿は似ているようで全く違う。

 レナの淡い光が膨らみ自分を包んだ時の濃密な空気を思い出せば、傷の痛みも和らぐような気がした。

 セスはゆっくりと瞼を閉じた。

 


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