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暗転の過去と霧中の現在

暗いです。さらっと斜めにどうぞ。

 

 レナ達がハムルンへ向かっている頃、セス達は一路王都への道を駆け抜けていた。

 王都が近くなるにしたがってセスの表情は固くなっていく。

 ゴルタナとべネッツはそれには何も言わずただ黙ってセスにつき従う。王都で何事もなければいい、それを切に願いながら。



 セスは王宮を目指していた。そこは二年前まで彼が暮らしていた場所だった。

 世継ぎの王子として、幼い頃から王となるための教育を受け、かしずかれて育った。数年前から政務にも参加し、臣下とともに国状を把握することに懸命だった。

 何がきっかけだったのかわからないが、ある時からセスは奇妙な感覚におそわれるようになっていた。それは政務に参加しはじめて間もなくのことだった。忙しい毎日に、些細な体調の異変など気にとめることはないとやり過ごしていたのだが、その症状はだんだん酷くなっていったらしい。

 らしいというのは、ゴルタナや親しい者から後で聞いて知ったためだ。


 セスをおそう奇妙な感覚は、突然集中力をなくし考えることができなくなるというものだ。例えば、執務室へ行かなければならないのに、行かなければと思うことが精いっぱいで、行くという行動に移せない。疲れているのだろうと自分を誤魔化していた。ふと気がつけば、廊下を歩いていたり、ぼんやりと庭に立っている。そして、どうしてそこにいるのかという経緯を思い出せないことに、その時のセスは全く疑問を抱かなかった。


 自分の側近であるゴルタナに問いかけられ、はじめてそのことに気付いたのである。なぜそんなことをしたのか、そして、記憶にないことをなぜ疑問に思わないのかと。

 ゴルタナと話した後のセスは、十分に注意を払って行動していたが、その後もそれは繰り返された。ゴルタナは以前のセスでは考えられない行動があれば止めに入ったが、セスの記憶がなくなる頻度は徐々に多くなっていった。


 当時、政務に参加しはじめたばかりで、休息時間を増やすことはできなかった。セスは、頭がぼんやりするという症状は己の精神的な弱さゆえだと叱咤した。そして早く皆に認められるようにならなければという焦りが、より一層自分を厳しく追い詰めていった。

 見張っているゴルタナには、セスが記憶をなくした時とそうでない時の違いがわかるようになり、そうなった場合にはセスを止めることに神経を費やした。

 ある時は、遠乗りに出掛ける準備が整うのが遅いと感じ、セスは関係者を罵るだけでなく罰をあたえようとした。すぐさまゴルタナが止めに入り実際に罰が下ることはなかった。また、ある時は、突然セスが執務室から外へ出ていき、馬場へ向かおうとした。ゴルタナがセスを止め、正気に戻ったセスが執務室へ戻って、気分転換に歩いてきたのだと苦しい言い訳をした。


 そんな具合で、些細なことだが度重なれば王宮の者達も不審を抱きはじめ、王子が精神的に不安定なようだとの噂をゴルタナ達は消すことが出来なかった。

 

 それまで静観していた王の側近達は、王子は心労が溜まっているようなので休養を取ってはどうかとの提言をした。そして、王はそれを受け入れた。

 政務への参加はセスには荷が重すぎるようだとの側近達の判断をセスは苦く受け止めた。世継ぎの王子として、落第したようなものである。

 信頼の回復には時間がかかるだろう。しかし、再挑戦への機会がないわけではない。その時のためにも、体調を万全にしておく必要がある。気落ちしながらも、セスは王都のはずれにある離宮でのんびりと休養をとることにした。もう一度戻りたいとはやる気持ちをなんとか静めて。

 ところがのんびりできるはずの離宮では、毎日が気を緩めるどころではなくなっていた。ゴルタナにも詳しいことは話さなかったが、その頃のセスは油断をすると遠くを見つめてどこかへ行かなければならないという気持ちが強く湧き上がってくるのだ。記憶が途切れた時は、実際に出掛けようとしているらしい。


 自分の中に自分とは別の何かがある、セスは唐突に思いついた。

 しかし、それを理解する医者や学者は一人もいなかった。逆に、気がふれる前兆ではないかとの診断を下された。

 王や側近達の信頼を回復するどころではなく、セスは症状を押し隠すことしかできなくなった。油断なく気を張り続け、ゴルタナやべネッツ達など信頼のおけるものを自分の見張りにつけて毎日を過ごした。


 隠すのが上手くなった頃、王宮へと呼び戻された。発言はできないが、政務会議への立ち入りを許されることになり、セスは用心深く振舞い続けた。

 離宮から戻って二カ月もすると、セスの症状はずいぶん軽くなった。記憶が途切れるようなことはなくなり、時々わけのわからない感情が沸き起こり混乱をきたすことはあったが他人から見て奇異な行動をとることもなくなったのである。

 ゴルタナ達も安堵し、ようやくこれから政務への復帰を目指してという頃。


 突然、父王に政務会議室へとセスは呼びだされた。

 緊急に招集された側近達は、呼び出されたセスと同様に何も知らされていなかった。


 そこで父王からの命令が下された。

 世界のどこかにあるという、動く岩、を捜せ、と。


 その王の命令に誰もが言葉をなくしてしまった。誰かがその命令の内容を問いただそうとしたが、王は誰の言葉にも耳を貸さなかった。ただ命令を繰り返すのみ。

 王はセスの発言を何一つ許さなかった。

 そうして突然、セスは追い立てられるように王宮を出ることになった。



 あれから二年を越える日々が流れた。

 あの頃程ではないが時折自分をおそう別の感情。はっと気の緩みに気付きゴルタナへ自分の行動を確認する。そして、安心するのだ。奇異な行動を起こしてはいない、とのゴルタナの言葉に、自分はまだ大丈夫だと。

 父王の態度の急変は、自分の奇異な行動のせいなのだろうと思う。厳しい人ではあるが、情のない父ではなかった。こうして自分が国を彷徨っているのも父王には何らかの意図があるのだと言い聞かせる。実際に、そういう内容で励ます手紙をくれる王の元側近もいた。だが、その元側近が王の側近職を首になったのは、セスの処遇について王へ進言したためであることを知ってしまえば、慰めの言葉でしかないことは明白だった。


 セスは王の命を受けて国を転々としているのだが、そんな事実が表に出されることはなく、自由を望んだセスが王宮を飛び出したということになっている。そのため、自分勝手な王子に王になる資格はないと言う国民の声は大きい。国内を放浪して勉強しているのだというごく少数の意見もあるのだが、大半の国民がセスに対して遊び呆けている王子という印象を持っているのが現状だった。


 セスは現状を受け入れつつ、王の命を果たそうと調査を続けてきた。

 ぐらぐら揺れる岩や規模の大きい落石など、動く岩に該当しそうなことを報告した。そこで判明したのは、王が捜せと命じている動く岩というのは、自然に動く岩のことではないということだった。生き物のような岩、のことだと。

 それが判明した時は、過去の調査報告書の写しや王宮からの返答書簡を何度も何度も繰り返し読み返した。まさかという思いで。

 王は一体何をさせようとしているのか。セスに、一生王宮へ帰ってくるな、そう告げているのではないのか。

 暗澹たる思いが一同に広がった。

 それでもセス達は命じられた調査を進めるしかなかった。不安と多くの疑問を胸に旅を続けた。王の望む答えを見つけさえずれば、王宮に帰れるはずだとの希望を持って。



 そうして日々が過ぎていき、半ばあきらめかけていたのかもしれない。国中を旅する毎日で一生を終えるのも悪くはないのだろう、と。

 そんな時だった。

 森を揺るがした轟音の調査に出掛けた森で見つけた淡く光るレナ。その時の自分の行動は、さぞおかしなものだっただろう。だが、ゴルタナ達に言わせると、その行動はセスとしての行動だったという。奇異な行動をしていた時とは違うと。

 セスは彼女のそばで光に触れていれば、自分が自分以外の何物でもないことを確信できた。自分の中の何かが動き出すのではないかという不安が消えるのだ。動き出したとしても自分には絶対に抑えられる、そんな自信が湧く。その感覚は表現できない。

 他の誰も、彼女から何の影響も受けないことの方がセスには不思議だった。

 理解のできない何かがある。

 まるで雲を掴むような状況の中、レナに出会ったことで何かが変わっていく。


 セスは王都へ向かう道で何かが変わるそんな予感めいたものを感じていた。

 それは、ゴルタナやロドイル達、恐らくレナをも巻き込んでしまうのだろう。

 流れる雲を見上げ、セスはその先にいる仲間に思いを馳せるのだった。


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