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ハムルンの町へ

 

 レナはインゲの操る荷馬車に乗っていた。

 今日は白い雲が空の大半を覆い、切れ切れに青い空がのぞいている。雲の流れは早く、風が強い。

 辺りの草地がさわさわと風の波を描き出していた。マントと縛った髪をなびかせながら、レナは大人しくインゲの隣に座り馬車に揺られていた。

 ルィンは、道の前方を転がっている。キーロンが先頭を走っているのだが、その馬はルィンを警戒してか速度を上げたがらないようだ。


 そんな様子で領主館を出てしばらく走った後、道中に小川を見つけたので休憩を取る。

 キーロンが後方へ合図をし、道から外れ小川へと下りた。インゲ達もその後へ続く。


 小川のほとりで、のんびりと時間が流れていく。レナは水の流れを眺め、インゲ達の会話に耳を傾けた。


「それにしてもお前達、昨夜はやけに早く帰ってきたな。あれだけ大勢の美女がいて一人もものにできなかったのか?」


 インゲはキーロンとジェイルに話しかけた。

 その言葉に二人は同時に顔をしかめた。あまり聞かれて嬉しい話ではないようだ。


「多過ぎたんだよ」


 はぁーっとジェイルは大きな溜息をつく。

 キーロンもそれに同意し、会話に参加する。


「そうそう。はじめは、大勢の美人に囲まれて気分良かったんだけどな」

「可愛い娘も好みの娘もいたけど、一言、どこから来たのかって尋ねたら、俺に向かって皆が一斉に答えるんだ。会話になんかならない」

「みんなが騎士様ーって話しかけてくるもんだから。目がうるうるしてて、どの娘も可愛いかったよなぁ」

「俺は、選べなかった。二人可愛い娘がいて。それが失敗だったとは……」


 二人は顔を見合わせ、がっくりと肩を落とし溜息をついた。

 インゲは理解できないといった表情をあらわにする。ロドイルは、無表情だが、会話は聞いているようだ。


「美女に慕われて、よかったじゃないか」

「それが、後から領主隊が到着してさ」

「あいつら、可愛い娘を一人ずつ選んで自分の馬に相乗りさせ、他の娘達を荷馬車に詰め込んだんだ」


 酷いよな、と言わんばかりに訴えかけるジェイル。そうだそうだとキーロン。

 どこが酷いんだ?とインゲが問いただす。

 すると、キーロンが嫌そうに口を開いた。


「俺達だって、可愛い娘と相乗りしたかったんだよ」

「むっさい男が無理やり自分の馬に乗せやがって。俺が目をつけてた娘を……」


 ジェイルは思い出したのか怒りがこみ上げているらしい。


「お前達が先に選べばよかっただろ?」

「選べなかったんだよ! 選ばれなかった娘がかわいそうだろっ!」

「あの娘だって、あいつに連れていかれるとき俺を見ていたのにっ」


 要するに、二人は美女達を前に喜んでいると、後から来た奴等が美味しいところを持っていかれてしまった、ということらしい。

 選び放題の状態でありながら、なんだかんだと結局は全く手が出なかったとは。インゲは慰めあっている二人に呆れてものが言えなかった。

 そして、つい。


「だから、お前達は未だに一人なんだよ」


 ぽつりと漏らしたインゲの言葉は二人にグッサリと突き刺さった。

 二人とも、非常に素晴らしいチャンスだったとわかっているだけに、呻き声しか上がらない。


「くっそう。あいつら、愚鈍者のくせに」


 悔しそうに呻くジェイル。その隣で、キーロンはレナに目を向けた。何度見ても、ボサボサ頭の細っこい子供である。


「まあ、セス様の配慮には感謝してるよ。可愛い娘達に羨望の目を向けられるなんて、そうはないからなぁ。そばにいるなら、やっぱりああいう娘がいいよ」

「セス様の趣味はわからないな」


 キーロンは自分を慰めるようにそう言った。ジェイルも残念な過去を振り払い、キーロンに同調する。昨夜はあれでもセスよりはましな夜だったと彼等は思っているらしい。

 それを哀れな目でロドイルが見つめていた。


「何だよ。何かあるのか?」


 ロドイルの視線に気付いたジェイルが問いかける。


「いや、別に」


 ロドイルは口を噤んだ。

 二人はレナをそばにおいていたセスを気の毒だと思っている。昨夜、救出された美女の一人である領主の娘がセス様の部屋へしのんで行ったとは、知らせない方がいいだろう。ロドイルはそう考えてた。交代でセスの夜間警護に当たったインゲも当然知っており、ロドイルは彼と顔を見合わせ確認しあった。彼等の心の平穏のために、余計なことは言うべきではない、と。


「さて、もうすぐ次の町ハムルンに着く。町の食堂で昼食をとり、神殿を捜そう」


 インゲの言葉で休憩は終了し、一行は町へ出発した。




「神殿を捜すのが任務?」


 インゲの隣で荷馬車に揺られながらレナが問いかけた。手綱を握るインゲは、レナの方を見ることなく、大きめの声でレナに答えた。馬車の音にかき消されないように。


「あぁ、お前は知らないのか。神殿へ行って、町の話を聞くんだ」

「ふうん」


 話を聞くのが任務だとは、騎士の仕事としてあまり相応しいとは思えない。レナは仕事にもいろいろあるんだなと思った。

 インゲは話を続ける。


「俺達は動く岩を捜している」


 続けられた言葉に、レナは戸惑った。

 何を捜してるって?

 思わず横のインゲをジロジロと見つめてしまう。何か聞き間違えた?、とレナは疑問を顔に貼り付けている。

 インゲは前を向いたままでもそのレナの様子を感じ、苦笑いで続けた。


「誰もがそんな顔をするよ。何を言ってるんだって、な」

「あ、うん」


 レナはその通りだったので、何とも言えず座席に座り直した。


「動く岩の話を捜してるってことは、そのことを聞くために神殿に行くの?」

「そうだ。町の神殿には情報が集まるからな。それにしても、お前は笑わないんだな」

「笑うって何を?」

「動く岩を捜してるなんて言えば、大概が冗談だと笑うもんだ」

「冗談なの?」

「いいや、本当だ」


 二年と少し前から彼等は動く岩を捜して、国内を旅しているらしい。

 レナは、ルィンを見た。

 岩ではなく石なら、ぴったりの存在がレナの視線の先を転がっている。自分で好きに転がっている石がそこにあるのだから、好きに動いている岩があっても不思議ではない。勝手に移動する池や踊る山があってもおかしくないのかもしれない。

 レナは想像を膨らませ、のんびりと流れる景色を眺めた。


「早く見つかるといいね」


 ごく普通の返事としてレナが答えると、逆にインゲの方が驚いていた。


「見つかると思うか?」

「見つかるんじゃないの?」

「その根拠は?」


 インゲが食い下がる。

 レナは何気なく答えたというのに、インゲはレナの何かが引っかかったらしい。


「根拠って、ただそう思っただけ」


 沈黙の中、ガタガタと揺れる馬車が絶えず音を生み出している。

 レナは話が終わったのだと思うほどに長い沈黙。

 その後で。


「お前は、動く岩、をどんなふうに思った?」


 インゲが冷静な口調でレナに問いかけた。

 先程までの軽い会話の続きではないかのように、真剣さが垣間見える。そして、慎重に言葉を選んでいるように。

 任務に関わることだからだろうか。レナは騎士の任務について詳しい話はやめてもらいたいと思った。インゲ達は、余計な事を知りすぎたな……とレナを始末する悪人、ではないと思うが。人を殺める武器を持つ人の仕事内容に首を突っ込むものではないと思うことは正しいはずだ。

 レナが黙っていると、インゲがなお問いかける。


「単なる印象でいいんだ。動く岩、その言葉だけでは聞く人によって想像する内容が変わる。お前がどう思ったのか知りたいだけだ。参考までにな」


 真剣そのもので、参考までに、と言われても。あまり気は進まない。

 しかし、渋々ではあるが、レナは正直に答えた。


「勝手にごろごろ動いていく岩のことかなと思った」


 レナの答えを受け、インゲは黙りこんだ。

 真っ直ぐ前を睨むように見つめている。何かを思案しているようだ。

 その視線の先に、自由に転がっている赤く輝くルィンの姿がある。ルィンは見えてはいないのだろう。前方に真っ直ぐと伸びている道を見つめているだけなのだ。

 馬達が反応しているということは、馬達にはルィンの姿が見える、あるいは、感じることができていることになる。

 どうして人には見えないのだろう。レナは不思議に思った。そして、見えているし声も聞こえる自分は、馬達と同レベルの存在ということか。レナはその考えに顔をしかめた。だから、動物に嫌われているのかもしれない。と。

 レナが勝手な想像を働かせている間にインゲが何かの結論を導き出したらしく、再び口を開いた。

 

「お前は、勝手にごろごろ転がる岩が見つかるんじゃないかと言うわけだな?」


 インゲはレナの言葉を確認するように繰り返した。

 もちろんレナはその言葉に同意する。そう言ったのはレナなのだから。


「そういう昔話とかそういう逸話を耳にしたことがあるのか?」

「ないよ」

「普通、岩とは動かないものだ」


 インゲは話そうとしつつも、どう言えばいいのかわからず、言葉に詰まっているようだ。

 レナは戸惑いながら、言葉を捜して話を続けようとするインゲをゆっくり待つ。


「普通は、勝手にごろごろ転がる岩、という表現はあまり思いつかない」


 そんなものだろうか。

 レナはインゲの言葉に耳を傾ける。馬車の音の方が大きくて聞きづらい。


「人はまず知っているものを思い浮かべる」


 レナはインゲが何を言いたいのかわからず、ただ黙って聞いていた。

 インゲは話し続ける。レナが答えようもなく黙っていることも承知しているようだ。


「つまり、だ。動く岩と聞いて、笑わない人間はそういうものもあると思っている場合が多い。動く岩を、グラグラと揺れる岩のことだと思う者もいれば、山から落下する岩を想像する者もいる。町の古い逸話で岩が歩いて恋しい岩に寄り添ったという話があればそれを思い浮かべる者もいる」

「そうなんだ」

「そこでお前は、勝手にごろごろ転がる岩、と答えた」


 知っているものを思い浮かべる……確かに。レナはそう思った。勝手にごろごろ転がる石を知っているから出た発言なのだから。ルィンに出会う前のレナなら、そんな表現はしなかったのかもしれない。


「はっきり言おう。自由に動く岩を想像した者は、ほとんどいない。今まで数人しかいないんだ」


 それは、尋ねた人数が少ないからなのでは? レナは内心そう思ったが口には出さない。

 そして、話の流れ的に、あまり嬉しくない展開になっているように思うのは気のせいだろうか。さらっと、見つかればいいねと言っただけなのに。

 もしかして何かを疑われているのだろうか。変な発言で? うーん、悪いことはしていないつもりなんだけどな。レナの顔は曇る。


「何も責めているわけじゃない。ただ、何がお前にそんな表現をさせたかを知りたかっただけなんだ」

「それってそんなに重要なこと?」

「重要だ」


 真剣なインゲの言葉に、レナも一応本当のことを話すことにした。そうでないと、いつまでも追及されそうだったからだ。本当のことと言っても、包み隠さず話すという意味ではない。自分も頭がおかしいと思われたくはないし、他人に見えていないことを自分が見えていると説明するのは非常に面倒なことである。


「勝手にごろごろ転がる石を見たって話を聞いたことがあるから」

「石? そうか、勝手にごろごろ転がる石、か。どんな風に転がるんだ? 石なら坂があれば転がるだろう。勝手に転がるっていうのはどういうことなんだ?」


 インゲ、しつこい。

 レナは曇らせた顔をしかめる。目が据わっていて不機嫌そのものだ。


「教えてくれ、どうなんだ」

「どうって、言葉通りだよ。勝手に、ごろごろ、転がる石。そのまま。上にも下にもどこにでも転がっていくんだよ、石が」

「上にも?」

「だから、勝手に、なんじゃん」


 ふてくされているレナを忘れて、インゲはぼそりと呟く。


「上にも、勝手に転がる石……か」


 インゲは考え事をはじめたようで、それからレナに話しかけることはなかった。

 レナは静かになったインゲを不審げに見ていたが、黙ったままなのであの話は終わったのだろうと勝手に解釈した。


 やがて前方に町が見えてきた。ハムルンの町である。 

 荷馬車と騎士を乗せた馬三頭は、予定通り町の食堂で遅い昼食を取り、神殿へと到着した。

 神殿では神官達と話をする際、レナも同席させられてしまった。

 この場にいてもいいものだろうかと思いながら、騎士達、数人の神官達に混じっていた。

 会話は主にインゲが進めていく。レナにした質問よりは丁寧にだが、結局は、動く岩、についての話を聞き出すためのものだった。

 たいした成果は得られなかった。この町には岩の逸話がなかったのだ。町の周囲には草地があり、その周囲を森や林が取り囲んでいる地形で山は少し遠い。山は木々で覆われているので、森やそこに住む獣の逸話は豊富にあるのだが。

 インゲ達は情報がないことに別段気落ちすることなく、夜を過ごす場所を提供してほしいとの交渉に入った。

 なる程、こうやって旅を続けているのか。レナは、神殿で頼めば一泊くらいさせてくれるんだと新たな情報を得て、そのうち役に立つかもしれないと思った。

 騎士達が頼むのとレナが頼むのではかなり事情が違うだろうということはあまり考えてはいない。


 レナは一行とともに提供された夕食をとり、神殿の一室で雑魚寝することになった。一応、下には藁がしかれ柔らかく、洗濯されたシーツも借りられ快適である。昨晩ほどではないが。


『レナ。今日は悪い奴がいないのか?』


 レナがルィンを呼ぶことがないので非常に残念そうなルィンが転がってきた。

 今日は全く悪い奴に会わなかったね。でも、そのうち会うんじゃないかな。騎士達は明日また移動するし、昨晩みたいに悪い奴に遭遇する確率は高そうだよ。

 レナはルィンに答える。少しでも元気づけようと言葉を捻りだす。


『昨晩は最高の夜だったからな。うむ。こいつらなら、また遭遇するか』


 ルィンはにやにやと昨晩の興奮を思い返しているらしい。


『よしっ。昨晩みたいなのが来るなら、少しくらい待ってもいいぞ』


 ふっふっふっ、とでも笑っていそうな上機嫌のルィンはその辺りを転がっている。藁に埋もれているが、ちらちらとその赤い姿が見え隠れしていた。

 そういえば、インゲ達が捜しているという動く岩、見つけてどうするつもりなんだろう?

 そんなことを思いつつレナは藁の寝床で眠りについた。



 今夜はキーロンとジェイルが交代で夜間の見張りにつくことになった。

 インゲがいつになく沈黙が多くレナに張り付いている様子に、ロドイルは異変を感じていた。セスからレナのことを頼むと言われているのだが、その役目をすべてインゲがこなしていた。インゲがセスのようにレナを気に入ったのかと言えばそういうわけではなさそうだ。まるで気付かないキーロンとジェイルはもう少し周囲に注意を払わせる必要があるだろう、そんなことをロドイルは考えていた。

 そしてインゲは昼間のレナとの会話を反芻していた。動く岩のかけらを見つけたかもしれない。それは彼等を放浪の旅から解放する糸口になるのかもしれない。糠喜びにすぎないかもしれないと打ち消す心とは裏腹に、止められないほど湧き上がる。早くセス様へ伝えなければ。動く岩と捜し続けて、やっと得た手応えだった。

 インゲははやる心を鎮めようとするが落ち着くことが出来ず、眠れぬ夜を過ごす。


 平等に訪れる夜は、それぞれに違う夜の姿を見せていた。

 強い風の吹きつける音が木戸を鳴らし続けた。朝が来るまで。

 


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