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人攫いと賑やかな夜(2)

 

 男達が馬でレナを追いかけてくる。

 レナがちらりと後ろを見るとその差はぐんぐん縮まっていく。


 ルィン!

 レナが声をかける前には、既にレナの横を転がっていた。


『わしの出番だっ!』


 月明かりに照らされルィンのキラキラがいつもより倍増しているようだ。レナはそんなルィンを手ですくいとり、振り向きざまに横から投げた。


『うおおーーーーーーーっ』


 ルィンの歓喜の声をあげて直進していった。が、軌道がやや低すぎた。馬が自分へ向けて飛んでくるのを回避しようと前足を振り上げる。

 うわあっ、男は暴れだした馬の上から放り投げられた。

 ルィンは軌道を修正し上昇へ切り替えており、落下していく男にかすりもしないと思われた。が、しかし。


『ははははははっ、この見事な飛行技術を見るのだっ!』


 レナはご満悦で叫ぶルィンに背を向け走り始めた。

 ルィンの言葉だと、ルィンを投げさえすれば、かなりのところ自分で制御し目標へ到達するようだ。

 サイドスローで投げたので、馬の脚の横を飛んでいくかと思われた。今までで一番、目標を大きく外してしまっていたのだから。だが、ルィンはカーブをかけたり止まって急降下したりと何でもありのようである。


『らっかあああぁぁぁーーっ』


 楽しそうなルィンの声が響く。

 うわああっ、という声を上げ男が馬から落ちる音と、暴れて悲鳴をあげる馬のいななきがレナの背後から聞こえる。何も落下して打撃を受ける男に追い打ちをかけなくてもいいだろうに、ルィンはそんな配慮はしないらしい。

 暴れている馬は一頭だけに留まらないようで、レナの背後に迫る気配はない。遅れてついてきていた馬達も騎乗者に反抗しているのだろう。興奮したルィンがそのあたりを転がっているせいで。


 レナが背後の様子をうかがうと、馬車から炎が立ち上っている。驚いて足を止め目を凝らした。ドレスを着た女性達が集団で馬車から離れていくのが確認でき、レナはホッとする。

 燃える馬車の周辺では、騎士姿の男と見張りの男二人が剣をあわせている。他にも見張りの男達の数人と騎士が交戦しているのが目に入った。


 誰かが助けを呼んだのかと思ったが、迫りくる男二人に気付いたレナは考えるのをやめ即座に走り出した。

 うっかり馬車の方を見ていたため距離を詰められてしまっていた。すでに男の顔が判別出来るほどまで迫っている。

 レナが走っていると、背後からレナの右横でヒュッと何かが空を切る。その直後、その何かによって石が砕かれ、破片がレナの袖を切り裂いた。赤く細い線を描き血が滲む。痛みはない。かすった程度だ。

 その何かの正体は、鞭だった。

 再び鞭をしならせようと男は手首をかえし、鞭がシュルッと後方へと引き下がる。

 レナは横っ跳びぎみで身体を低くし、地面へ転がる。と、先程までレナがいた場所をしなった鞭の先がビシッと叩き、はじかれた小石が辺りに飛び散った。


 転がったせいでレナは足を止めてしまい、男と睨み合う格好になった。その間にもう一人男が追いつき、鞭を持つ男と二人でレナを挟みこむように近付いてくる。

 レナは剣を振りかざす男と、鞭をしならせる男に挟まれた。二人はじりじりと距離を狭める。が、レナが何かをすることを警戒してか、すぐには近寄ってはこない。

 レナの側にはルィンが転がり寄ってきていたが、どちらを先に狙うべきなのか?


 レナが迷っているうちに、どちらの男も人の悪そうな笑いを浮かべて剣と鞭を振りかざす。反撃してみろよ、とでも言いたそうな余裕の雰囲気である。

 仲間が騎士達と戦っているのだから、子供を二人で相手せずにあちらへ行けばいいのに。レナは思ったが、二人はレナしか見ていない。

 ルィンを握ろうと手を伸ばしたところで、男二人が別の方向をちらりと見た。

 剣を持つ男がとっさに剣を振る。

 カキンッ。

 高い金属音とともにキラッとひかる物体が飛んでいく。男が剣ではじいたのだ。


「レナっ」


 金属物の飛んできた方向から、レナ達の前に第三の男が現れた。その声の主はセスだった。

 ということは、あそこで戦っている騎士は、あのご一行なのだろう。

 男達がセスに気を取られている間にレナはルィンを手に握り腰を上げた。


「大丈夫かっ?」


 セスはそう言いながら、レナを背後に庇うように男達に対峙した。

 左右の男が剣と鞭を構えているのだが、リーチを考えると鞭男の方が邪魔だろう。レナはそう判断し。


 さあ今夜の最後、楽しんで、ねっ!

 レナはセスから僅かに離れて手を振り上げた。


『わしはっ、わしはっ、まんぞくだああああぁぁぁぁーーっ!!』


 ルィンの満足な声はそのまま勢いに反映され、鞭男の頭を目掛けて矢のように飛んでいった。

 鞭を手に男は思いっきりのけぞり、その大きな身体が宙を舞う。顔面にルィンを張り付けたまま。

 レナはまるで時間の流れが急激に落ちたような錯覚を覚えた。重力に逆らって男の身体が宙に浮き、その手に持った鞭がゆるく波打つようにその後を追い、地面へと落下していく。

 その顔面で、これでもかこれでもかと顔を踏みにじり、その姿をのめり込ませようとするルィン。

 レナが見ている光景は誰も見てはいないのだろうが、セスも、もう一人の男も、不意に吹っ飛んだ男に気を取られていた。

 仲間の状態に気を取られている男よりも先にセスが我に返り、男の剣を自分の剣で弾き飛ばす。


 男は剣を失い腰の大きなナイフに手をかけるが、引き抜くより早くその男の首にセスが剣を突き付け決着がついた。

 セスは手際良く手持ちの縄で男を縛りあげていく。

 馬車の周辺のあちこちでもすでに交戦は終わり、縛り上げる作業に入っているようだった。


「大丈夫かい?」


 セスは馬車の方を眺めているレナに話しかけてきた。レナはぼんやりとセスの作業を見ていたらしい。

 すでにセスは二人を縛る作業が終え、剣も鞘に納めている。

 そんなに興奮していたとは自分では思っていなかったのだが、こんな非日常的な危険にさらされたため緊張の糸が切れたのだろう。ルィンの興奮の影響もあるのだろうが、レナにはどっと脱力感と疲労感が押し寄せていた。


「私は大丈夫。女の人達は? 馬車が燃えているみたいだけど」

「皆、無事だよ。君一人がこんなところにいるってことは、あの騒ぎのもとは君なのかい?」

「いや……」


 レナは言葉を濁す。

 そんなレナの姿をセスは上から下まで後ろも前も確認し、腕の傷に目を止め顔をしかめた。

 あぁ、あの鞭男のせいでついた傷か。レナが腕に目をやると、ぱっくりと袖が破けており、細い腕に血が筋になっていた。浅い傷だったようで、流れる量は少ない。しばらく放っておけば治るだろうと思う。

 のだが、セスはレナの腕をそれはそれは渋い顔で見つめていた。


「女の子なんだから、無茶をしては駄目だ。さ、手当てをしよう」


 セスはレナの腕をとり、道へと歩き始めた。レナは嫌でもついて歩かざるを得ない。腕を持ち上げるようにして引かれているのだし、とても振り払えるような力はない。

 セスの手はレナの二の腕を掴んでいたが、あまりの細さに手の力を緩める。掴む手の指が届いてしまいそうな程の細いレナの腕は、ちょっと力を込めれば簡単に折れてしまいそうだ。


「ちょっと。これでは歩きづらいよ」


 レナが抗議すると、セスはレナを腕に抱え上げた。

 えっ? えっ?

 レナのあわてた声を無視してセスは歩き続ける。黙々と歩くその様子からセスは不機嫌なのかもしれない、とレナは思った。

 セスに縛りあげられた鞭男の顔の上で踊っている上機嫌のルィンとは対照的だ。


「ゴルタナ、薬を出してくれ。レナが怪我をしているんだ」

「怪我を? あちらにありますが、ひどいんですか?」

「いや傷は浅い」


 セスは年配の男と言葉を交わす。

 怪我ってほんのかすり傷だから、とレナは思ったが、二人の会話に参加はせず馬車の方を眺めた。女性達はキーロン、ジェイルという若い連中に警護されているようだ。馬車自体は既に屋根は燃え落ち、赤々と全体に炎が回っている。御者席で気を失っていただろう男達も、道端に縛られ転がっていた。

 一応、終わった、のかな?

 レナは、悪態をつく見張りの男達と騎士たちの舌戦を他人事のように眺めていた。


「レナ?」


 セスが腕からレナをおろしたのにぼんやりしているからなのか、レナに呼びかけた。


「ああ、うん」


 レナはセスの指示に従ってその場にしゃがみ込む。セスはレナの腕に水を掛け血を洗い流すと、塗り薬のようなものを取り出し傷口に塗っていく。その薬が少し血を滲ませて赤くなる。

 ぼんやりとそれを見るレナのお腹が、ぐうううぅぅっ、と盛大な音を鳴らした。

 

「お腹がすいていたんだね。もう少し我慢しておくれ。もうすぐ救援がくるから」


 セスは立ち上がり、ゴルタナに話しかけた。


「別隊には連絡したのか?」

「はい。ジェイルが走ってます。間もなく到着するでしょう、あの部隊が愚鈍でなければ」

「女性達のことは、別隊に任せばいい」

「キーロンとジェイルは、女性達に命の恩人との賛辞を受けて楽しそうですから、領主の屋敷まで女性達を警護させては?」

「そうか。こんな機会はそうないからな」


 話しこむセスとゴルタナを余所に、レナはルィンを視線で探した。

 速度の強弱で軽快感を表現しているルィンは楽しげに転がりながらレナの方へと向かっていた。


『レナーーーー、頼みがあるんだぁーーーーっ』


 ルィンはご機嫌で見事なフットワークを披露しながらレナの側へやってきた。

 くるくるとレナの周囲を回って見せる。


 ルィンのお願いって……不吉なことしか思いつかない。そう眉をしかめるレナに、ルィンは。


『さっきはレナのお願いをきいたじゃないか。わしのお願いもきいてくれよう』


 甘えている、らしい。

 レナの窮地を救ってくれたのはルィンだし、お願いとやらを聞いてあげたいのは山々だが。よからぬことをしでかすのでは、との思いは消えない。

 レナは悩んだ。ずいぶんと悩んだ。ええいっ、命の危険にさらされるのでなければ願いをきくべきだ。と、レナは決心した。非常に非常に悪い予感しかしないのではあるが。


 いいよ、何?


『わしを握ってくれ』


 溜息をついて、深呼吸する。大丈夫、大丈夫。自分にそう言い聞かせてから、レナはゆっくりとルィンに手を伸ばした。

 ルィンを手に納めた途端、ふわっと全身を襲う浮遊感。興奮したルィンにレナの感情も同調する。そして、世界が意識が広く広く膨らむ。

 意識が遠くなる。身体に留まらない大きさで、なおも拡張を続ける。

 そんな中、レナの身体は立ち上がり、すたすたと歩き始めた。


「どこへ行くんだい、レナ?」


 セスが問いかけるが、まるで無視だ。ルィンの意識が強いせいか、ルィンがセスを臭いと表現した理由をなんとなく感じ取った。他の人からは感じない何かの香りがついているような。それが臭いというのは、ルィンの苦手なものの香りだかららしい。

 香りと言っても、人の感覚の嗅覚とは違う感覚なのだが。

 そんな風に思っていると、ルィンは立ち止まった。縛られた男達が集められている場所だ。

 レナの姿をしたルィンはにこやかな笑顔を彼らに向けた。


「お前達、なかなかの腕前だった。特に鞭男、お前は特によかったぞ。む、まだ寝ているのか」


 レナの言葉を、最初は、馬鹿じゃないのかという目で見ていた男達だったが。レナが鞭男をゆすり声をかけていると、次第に奇妙なものを見る目に変わっていく。

 あのラグを倒したのか? あのラグを、この子供が? どうやって?

 あの騎士が倒したんじゃないのか?

 いや、この子供だ。見たんだ。子供が何かを投げるたびに、誰かが倒れていくのを。みんな、一撃で。

 本当に、ラグを失神させたのか?

 一撃で? ありえない!

 失神している奴等は、みんな、この子供がやったんだ。

 暗殺技か?

 

「また腕を上げて来い。待っているからな。明日でもよいぞっ。いつでも専属にしてやる! お前なら何度倒れても、立ち上がりそうだからなっつ」


 片手で鞭男の肩を掴んで大きくゆするが、男は目を開けなかった。


「うむっ、起きないな。仕方ない、お前達、今の言葉をこの男に伝えろよ」


 レナに言葉をかけられた男達は何とも言いようのない顔でレナを見つめ返していた。

 ルィンは用が済んだとばかりに、レナの手から滑り降りた。


 男達の視線も、その見張りに立っていた唖然とした顔の騎士達の視線も、全てがレナに注がれている。

 そんな中、拡張していたレナの意識は自分の身体へと収縮していく。

 レナはこの場でぜひ気絶したかった。

 やはりルィンに発言させるんじゃなかった。命の危険はないけど、絶対正気を疑われている。誰もがポカンと変な顔で見つめているのだから、絶対にそうだ。

 次第に顔が引きつってくるが表情を固定したまま、レナは何事もなかったかのように男達から離れた。


 やっぱり、やっぱり、やっぱり。

 ルィンの大、大、大馬鹿もーーーーーんんっつ!


 レナは拳を握りしめ、歪めた顔でスタスタと速足で歩いた。

 できるだけ早く、この場から去りたくて。

 この場にいた人は全ての記憶を今すぐ消し去れ、そう願いながら。


「レナっ、今の言葉はどういう意味なんだ! あんな男を専属にって、どういうことだ? 俺よりあの男の方がいいっていうのか!?」


 焦ったセスの声がレナを追いかける。

 頼むから全て忘れてよーーーーーーーっ。

 セスの声に返事もせず、レナは足を留めずに歩き続ける。


 ルィンは鼻歌もどき笑い声を辺りに振りまきながらレナと同じ方向へと軽やかに転がっていた。

 こうして賑やかな夜は更けていくのだった。


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