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人攫いの集落

 

 レナが目を開けると、そこは暗い場所だった。やがて闇に目は慣れ、馬車の中らしいとわかる。ガタガタと揺れる中、レナは身体を起こそうとしたができなかった。手首を縛られているのだ。


 そういえば、悪人に背後から殴られたんだった。レナは意識を失う前のことを思い出した。

 肘をついて上半身を起こすと、横には女性が三人も横たわっている。そのうちの一人はおそらく先程の女性だろうと思われた。

 この馬車は荷物用なのか窓がない。後方に出入り口があるようだが、レナが足をのばし押してみても開かなかった。外から閉じられているのだろう。

 馬車の中は壁板の隙間から光が入り込んでいるので真っ暗闇というわけではない。

 レナは壁に近付き、隙間に目を凝らす。

 すでに、外の風景は緑の木々や草地が見えており、レナが気を失っている間に町を出てしまったようだ。


 ふうっ、とレナは溜息をついた。

 獣除け香を持っていても、悪人には役に立たない。いったいどこへ連れて行かれ、どうなってしまうのだろう。

 レナは横に流れていく風景を隙間から眺めた。

 ルィンがこの馬車にあわせて転がってついているのが見え、その姿にホッとする。ルィンがいるから何とかなるというわけではないのだが、心細さは軽減するようだ。

 馬車を操っているのは男一人で、馬に乗った男二人が馬車に同行しているようである。

 時々、その馬が交互に前へ行ったり後ろへ行ったりしているのが見える。馬に乗った男二人は腰に大きなナイフを下げており、そのナイフ一振りでレナの身体を二つに裂くことができそうだ。それ程に太い腕を彼等は持っていた。

 話声からも三人だけであることはわかったが、レナにはどうすることもできない。

 馬車は小道へとそれ、そのうち道のない林へと入り込み、最終的には木造家屋が並ぶ小さな集落のような場所へ到着した。


 馬車の後方の扉が開き、数人の屈強そうな男達が中をのぞきこんできた。

 レナは他の女性の横に息を潜め寝た振りをする。


「おいっ。子供なんかどうするんだ?」

「うっかり見られちまってよぅ」

「子供でも女なら売れるだろ。一緒に奥へ入れとけ。人数はこれでそろった。今夜中には出られるな」


 男達は女性を肩に担ぎ出していく。レナも乱暴に担がれ、危うく目を開けそうになってしまった。鳩尾に肩が食い込み頭と腕が下にたらされた状態で、男が歩くごとに揺られる。レナは非常に気持ちの悪いのを必死で我慢し続けた。


 レナは他の女性達と一緒に集落中央にある四角い建物の中へ放り込まれた。そこには藁か干し草のようなものが敷き詰められていたお陰で、地面へと落下する衝撃はだいぶん和らげられた。

 放りこまれてから男たちが出ていくまで目も口も閉じたまま我慢していたが、ガタンッという扉の閉まる音にレナは薄目を開けて周囲を確認した。

 板張りの簡素な建物で、高い位置に窓がある。光と風はそこから入ってくるようだが、その窓には格子がはめられている。格子は中の女性が逃げられないために嵌めてあるのかもしれない。こんな集落の真ん中にぽつんとあるこの建物から逃げ出せば、すぐに見つかってしまうだろうが。

 窓から入り込む日差しはやや赤みを帯びており、すでに夕刻になろうとしているようだ。レナは起き上がり辺りを見回す。

 一緒に運び込まれた三人の女性はまだ気を失ったまま動かない。そして、小屋の隅には何人もの女性が項垂れ座っていた。女性達はみな手を縛られ縄で繋がれている。

 レナの手の縄の先はと確認すると、気を失った三人の女性の手縄に繋がっていた。これでは満足に動けない。どうやら女性が数人ごとにかたまっているのは、その縄の繋がっている人達のようだ。

 先に入れられていた女性達はレナ達を胡乱な眼で一瞥しただけで興味なさそうに視線を落とした。どの女性も美しく、ほつれた髪に埃をかぶったドレスを着ていても目を引く容姿だ。その服装から、一般庶民よりは身分が上ではないかと思われる。

 その中にレナが含まれているのは、いささか違和感があった。男が言っていたように、女性を攫おうとした現場に遭遇してしまったためレナは連れて来られてしまったらしい。


「うぅっ」


 気を失っていた女性の一人が意識を取り戻したようだ。頭を振りながら身を起こそうとして、手が不自由なのに気付いた。彼女は横になったまま視界に入ったレナへ問いかけてきた。


「ここはどこ?」


 しかし、その答えをレナが知るはずもなく。短く答えた。


「さあ」


 女性は辺りを見回し、はっと身体を起こした。他の女性が目に入ったのだろう。女性達に問いかけた。


「どこなの、ここは? どうしてこんなことになっているの?」


 だが、彼女の問いかけに誰も答えない。それどころか視線を合わせようともしない。


「誰か、誰か助けてっ。家に帰してっ、誰かあっ」


 女性は大声でわめき始めた。その声を上げることで、自分の中に湧き上がる恐怖を打ち消そうとでもするように。そして、立ち上がって扉の方へと歩いてこうとする。

 その声に、気を失っていた女性達が目を開けた。他の女性が繋がれているのも構わず、大声でわめく女性は立ち上がり扉へと歩く。上半身を起こしたばかりの他の女性も引きずられ、這うようにして進んだ。レナも四つん這いで進まざるを得なかった。彼女は進まない女性を足で蹴ってでも進めようとするので。

 扉へ辿りついた女性はドンドンと扉を腕で足で叩き、外へと訴え続けた。


「誰か、外へ出してっ。助けてくれたら、ちゃんとお礼はするから。ここから出してぇっ」


 そうわめく女性のそばで、一人の女性が青ざめた顔でぼそりとつぶやいた。


「人攫いに攫われたのね。売られるんだわ」


 売られる? ここにいる女性を売ろうとしているのか。レナはようやく合点が行った。だから美しい女性が集められているのか、と。

 騒いでいたせいか、扉の向こうで男性が怒鳴った。


「静かにしろっ! 黙らないなら、黙らせてやってもいいんだぞ」


 野太い声に、女性が扉に縋るようにして話しかける。


「話を聞いて。助けてくれたら、たんまりお礼を弾むわ。だからお願い、私を助けて」


 必死で扉へ向かって彼女が訴える。だが。

 ドカッ。

 扉を何かで打ち付けた鈍い音。扉が壊れるのではないかというほどに軋み、埃が宙を舞う。


「黙ってろっ」


 継いで男の怒鳴り声が響き、ビクッと女性は扉から身体を離した。

 女性の声がぱったりとしなくなったため、男は扉の向こうから歩き去った。女性は扉の前で膝を折りその場に座りこんだ。

 その女性に繋がれた二人の女性は青い顔でビクビクしていたが、男が立ち去ったことに安堵したようだった。ほんのわずかだが。

 窓から差し込む陽が女性達を赤く染め、部屋の中の影が次第に闇の色を濃くしていく。

 

 ルィン。

 レナが呟くと、ルィンはレナの眼の前に現れた。ふさふさとした干し草の中から。


『何してるんだ、レナ? ここの男達は悪い奴ではないのか?』


 レナはいきなり現れたルィンに眼を見開いた。一体どこから入ってきたのだろう。

 多くの男達に囲まれたこの状況で、ルィンの声にはわくわくと期待感が隠せない。レナの状況はまるで気にならないようだ。

 何って、あの男達に捕まったみたい。レナはそう答えたが。

 

『捕まった? あの臭い男の時と同じだな。じゃあ、わしの出番か?』


 昨日の状況とはかなり違うのだが、ルィンにとってはたいして違いがないらしい。

 ルィンを投げようにも手は縛られているし、一人にぶつけて倒してもあれだけ大勢いては、すぐに切り殺されてしまうだろう。腕の縄を引っ張ってみるが少しも外れそうにはない。


『引っ張れば腕の糸くらい切れるだろ』


 糸じゃないよ、こんな丈夫そうな縄、引っ張ったくらいでは切れない。刃物でもないと。

 あまりにも簡単な口調のルィンに抗議するようにレナが答えた。

 刃物なら背中の鞄にまだ入っているかもしれない。レナの手を縛ってから鞄に気付いたのか、鞄はどうでもいいと思ったのか、レナは自分の鞄を背負ったままだった。


『仕方ないな、わしを手に持て』


 ルィンはつまらなさそうにレナへ告げる。いろいろ期待しているくせに、とレナは思ったが。

 レナはルィンに言われた通り夕陽に照らされた赤い石を手に取り両手で握りしめた。すると、じんわりと興奮と浮遊感が沸き起こる。身体の奥から力が漲り、その開放を待っているかのようだ。レナが腕を動かすと、あっという間に手首の縄は切れた。まるで幻のように、切れる感触もほとんどなく。

 縄が切れる音に、レナの近くにいた女性三人が一斉に顔を向けた。その視線の先には、千切れた縄がレナの手首から垂れている様があり。

 あ、という口で音を発せずに無言で、三人はレナの顔と手首を交互に視線を動かしている。


「まだ黙っていて。ここでは逃げられない。夜には移動させられるから、その時まで待とう」


 三人に向けて小声でレナは話しかけた。レナはまだ縛られているように切れた縄を手首にまいた。

 さっきまで叫んでいた女性がレナへと身体を寄せ小声で問いかけた。


「助かるんでしょうね?」

「それはわからない。でも、逃げるチャンスなら、作れるかもしれない」

「そう。一番、あなたが当てになりそうだわ。夜まで待ちましょう」


 彼女は扉の近くから移動し、他の女性達とは距離をおいた場所に座り込んだ。レナと他の二人も当然のように従わせる。四人の中では一番主張が激しい女性のようだ。

 一緒に繋がれている二人の女性に限らず、隅にいる女性のほとんどが黙って大人しく怯えている。その中にあって、この女性はかなり元気がある。空元気を出しているというのもあるだろうが、元々、大人しい女性ではないようだ。美しい女性ではあるのだが。


 陽が沈み小屋の中を闇が覆い始めると、すすり泣く声や、鼻をすする音が漂いはじめた。

 男達は、美しくて大人しい女性を選んで攫っているのかもしれない。レナは泣くことすら声を殺している女性達を眺めた。攫われて幾日もすれば誰もがあのようになるのだろうか。

 元気のよかったあの女性は、落ち着かない様子で手を開いたり握ったりを繰り返している。気が強そうに見えても、深まる闇が不安を募らせていくのだろう。

 刻々と過ぎていく時間。

 レナは構えていたからか、この間ルィンを握った時ほどの感覚はまだない。じわじわと湧き上がってくるものは感じるのだが、それはまだ身体の奥で息を潜めているようだ。

 今この時、ルィンはどうしているのだろう? レナが疑問を浮かべると。


『いるぞ。ここに』


 即座にレナの中で声が響いた。自分の中にルィンがある、不思議な感覚だ。自分の中といいながら、すでに自分の範囲がよくわからない感覚になりつつある。身体は動かせるし、その指の先にまで神経があるのはわかる。ただ、意識はそれに留まらない。

 手を伸ばしたわけでもないのに、その小屋の壁にふれようと思えば触れることができる、そんな感覚だ。

 そこにいるだけで、小屋の外の状況すら把握することができる。目に見えるわけではなく、感覚としてとらえるのだ。小屋の周囲には一人、二人、裏に三人目の男が立っている。

 

 馬車を準備している男がいる。女性達を運ぶのであろう、レナが運ばれてきた馬車よりも一回り大きな窓のない荷馬車が小屋の近くへと運ばれている。

 篝火がたかれ、男達が続々と建物から集まっており小屋の周辺が騒がしくなってきた。皆腰に剣と大きなナイフをさしており、見るからに盗賊集団だ。

 年齢は歳をとった者から若い者まで幅広いが、誰もが屈強そうな男ばかりが十数人程集まっている。


 小屋の中には、四~五人程の女性が一つに繋がれており、それが四集団ある。全員でも女性は二十人足らず。十数人もの男が見張るとなると、余程のことがないかぎりドレスを身にまとった女性が逃げのびることはできないだろう。だが、このうちの数人でも逃げおおせたら、助けを呼べるかもしれない。

 美しい女性たちが商品なら、逃げたものを捕まえるにしても彼女らを殺しも傷つけもしない可能性は高い。レナはその範疇に入らないだろうが。


 扉が開かれ、男達があらわれた。これから馬車へと乗せられるのだ。

 レナ達は扉の近くにいたため真っ先に馬車へと引き立てられた。指図する男に、女性達は大人しく従っていく。レナもその後に続く。縄が切れていないように見せるのに苦労したが、なんとか無事に馬車へと乗りこんだ。次々と女性達が乗り、壁に沿って全員が座るとほぼいっぱいだった。


 馬車後方の扉が閉じられ、真っ暗な闇に包まれた。

 息を飲み手を握りしめる女性達。

 緊張感が張り詰める。隣り合った女性の温もりに、各々が微かな気休めを求める。


 重い沈黙の中、ガタンッと馬車が揺れ動き始めた。


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