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テミスの町は素通りで

 

 テミスの町の入口で、セスはレナを下ろした。町の中は人も馬も多いので、一行が立ち止まるのは邪魔になるのだ。


「本当に、大丈夫なのか? 僕が一緒にいこうか?」

「大丈夫。ありがとう、連れてきてくれて」


 レナは笑顔でセスにお礼を伝えた。昨日から食べさせてもらい、馬に乗せてもらい、多少変態だとしてもレナは申し訳ない気持ちになった。だが、セスの言葉には下手に同意しないよう注意する。

 うっかり失言しようものなら、セスが喜んでついてきそうだったからである。


「おじさん達も、ありがとう」


 他の人にも声をかけたが、苦笑をかえされた。


「おじさんは、ちょっとなぁ」

「まぁ、元気でやれよ」

「じゃあな」


 口々に別れの言葉を口にする。セス以外は再会を期待してはいない。

 レナは皆に手を振って、町の方へと歩き出した。


 歩き出したレナを、一行が馬で追い越していった。

 セスだけは一行の一番最後尾について、何度も何度も振り返っていた。道には人などが多く、余所見をしながら馬を操るのは危険だというのに。

 レナは遠ざかる彼らを、とぼとぼと歩きながら見送った。

 さっきまでは困ると思っていた人でも、いなくなると寂しくなるものだな。そんなことを思いながら。


 ルィン?

 レナはルィンに呼びかけた。特に用があったわけではない。ただ少し、一人になるのは寂しいと思っただけで。


『残念だったなぁ』


 妙に気落ちしたルィンの口調が、今のレナと同じようだったので、レナはおかしかった。ルィンとレナでは意味がまるで違うのだから。

 レナは気を取り直し、町に並ぶ店を見て回ることにする。

 テミスの町は街道沿いにあり、あちこちから商品が集まっていると靴屋の主人が言っていたのを思い出したのだ。


 カデナの町と同じようにこの町にも高い建物が林立している。ここの建物はカデナ程の高さはないが、一つ一つの建物が大きいものが多いようだ。建物の合間を細い路地が通っているが、路地は曲がりくねっているようで大通りから路地奥は見通せない。

 大通りに沿っていくつか店が並んではいたが、立派な店構えでレナには入れそうにない。

 それを横目に歩いていると、大通りの脇にある広場で布を日除けにはった下に台を並べた小店がいくつも軒をならべていた。台には様々な果物、野菜、布、粉などが並べられており、その小店の間を多くの人が行き来している。景気のいい声で値段の交渉をしている者や商品の売り込みをしている者でずいぶんとにぎわっていた。


 レナはその広場の中へと足を踏み入れた。その小店は食材を並べたものが一番多いようだ。

 カデナの町でみた獣除け香もあったが、小さな一角にひっそりと置かれている。その周囲には、昨夜の料理に使っていた粒らしきものも置いてあり、他の食材に比べて高価な商品の一角であるようだった。

 一通り眺めて回ったレナは、のどが渇いたので水を飲み日陰で休憩しようと路地へ向かった。建物の陰に腰かけようと思ったからである。

 

 喧騒を背後に、女性の悲鳴がレナの耳に届いた。ごく短い声だったけれど。

 賑やかな背後からではない。レナの目の前にある路地の方からだ。

 レナは注意深く耳を澄ませ路地へと足を運んだ。女性の声が単なる驚いた声ではなかったことが気になる。レナが進む先には何もなく、気のせいだったかと思ったころ。路地が三股に分かれており、レナの左手の路地に箱型の馬車が止まっていた。狭い路地を占領しているその馬車の隙間にレナが視線を向けると、宙に浮いた女性の腕が力なく不自然に揺れていた。

 なんだろうと馬車の横から覗いてみると、男がドレスを着た女性を抱えているのが見えた。その女性は意識がないのかぐったりしており、ごっつい体格で大ぶりのナイフを腰にさしている男が女性を腕に横抱きに抱え上げていた。ドレスをきた女性と釣り合いが取れる様相ではない。


 これは? レナには男がどう見ても悪人に見え、先程の短い悲鳴はこの女性ではないかと思った。


 ルィン!

 レナはルィンを呼んだが、喜んで転がってくるルィンを目で確認すると同時にレナは後方から衝撃を受けた。


「さっさとしろっ。見られちまったじゃねぇか!」


 なんだ、獣より人の方が危険なのか……。

 背後から聞こえる男の声を最後に、レナは意識を失った。




 一方、テミスの町を出たセスの一行は、次の小さな町で昼の休憩をとっていた。

 セスが始終後ろ髪を引かれる思いであるのは、皆わかっていた。一行の一番後ろを走り、何度も振り返っていたのだから。その前を走るキーロンとべネッツは気が気ではなかった。テミスの町へ引き返すのではないかと、セスの行動には神経を尖らせていたのだ。


「セス様、元気ないな」

「あの子供がよっぽど気に入ってたんだな。食堂のねえちゃんが愛想ふりまくってんのに、まるで反応しないぜ」


 キーロンとべネッツは景気の悪そうな表情で互いの顔を付き合わせて小声を交わした。交代で食事をとることにしており、今はキーロン、べネッツ、ロドイル、セスの四人が食堂にいる。他は既に食事を終え、外で馬や荷物の見張りをしている。立派な馬が並んでいれば、盗みたくもなろうというものだからだ。


「セス様、子供が好みなのか?」


 べネッツが思い切ってセスへ質問してみる。キーロンがべネッツを横から肘でつついて止めようとしたが、べネッツは最後まで言い切った。普段ゴルタナのいるところでは尋ねられなくとも、こういったさし向かいで食事をとっている場では聞けるものだ。


「いや、違うよ」


 苦笑気味にセスが答える。


「そんなに不思議なことかな?」

「普通の男なら、十二~三歳の女の子に言い寄ったりしないもんだろ」


 ぼそっとべネッツが言葉を返す。

セスは首を振ってべネッツに否定してみせた。


「レナは十六か十七くらいだよ。子供に見えたのは、少し身長が低いのと痩せすぎてるからかな」

「えっ、そんな年頃の娘だったんですか?」


 キーロンとべネッツが顔を見合わせる。てっきり十三歳くらいの子供だと思っていたのである。レナがそのくらいの年齢の男の子の体型と同じくらいであったために。

 どうにも、女の子という格好ではないので、レナを娘の年齢だと考えを変えることができない。


「それにしても、あんな格好をしているのに。よく遠目で可愛い女の子だってわかりましたね」


 キーロンは昨夜から抱き続けている疑問をセスにぶつけてみた。べネッツはよく言ったと言わんばかりの目をキーロンに向け頷く。ロドイルもセスを見て、返事を待っている。

 セスは三人から向けられた視線から、キーロンと同じことを他の二人も思っているらしいと知る。この三人が思っているということは、食堂の外にいる連中も同様なのかもしれない。

 困ったようにセスは答えた。


「あれだけ目立っていれば誰だって気付くだろう?」

「目立つ?」

「あの森では誰も見つけられませんでしたよ。あんな薄汚れた色の服じゃ、木陰に紛れてわかるはずがない」


 普段は無口なロドイルが会話に参加する。彼も不思議に思っていたらしい。

 セスはセスで奇妙なものを見る目で彼らを見返しながら答えた。


「あんなに淡い色でふわふわしてたら、木陰でも見えるよ。むしろ暗い方が目立つだろう?」

「何の話だ? 子供の話だよな?」

「だから、レナのことだろ? ふわふわして、淡いピンク色がかっていて、時々赤が混じる時があるんだ。手を触れずに、よく我慢したと思うよ、我ながら」

「昨夜は触れて怒らせていたんじゃありませんか?」

「ああ、あのくらいは、触れたうちに入らないだろう?」


 ロドイルの言葉に、セスはばつが悪そうな顔をして少々拗ねぎみに答えている。

 キーロンとべネッツは、ロドイルのようにつっこむどころではない。

 淡いピンク色でふわふわ? 暗い方が目立つ?

 キーロンは、やっぱり森の魔女なのか、と青ざめていた。

 べネッツは、幻覚を見せる薬にしてはセス様だけに効くというのは無理があるような、よほど腕のいい薬師なのかと首をかしげていた。


「あの子供は、セス様には一体どのように見えているのですか? 我々には普通の少年の格好をした子供にしか見えません」


 ロドイルがセスに尋ねた。

 キーロンとべネッツに比べて、彼は冷静に判断できるようだ。

 そのロドイルの言葉に、セスもようやく自分のみているものと彼らが見ているものが違うのだということに気がついた。


「そうか。他の人にはそんな風にみえているのか」


 セスは口元を緩めた。自分だけが見える特別な姿、そこに優越感を感じて。あの可愛らしさを理解できないなんて気の毒にとは思うが、己だけが堪能できるというのも乙なものだ。セスは一人、レナの姿を思い出し、悦にいった。


「彼女は、淡い色で、とにかく可愛いんだよ」


 セスは多くを語らなかった。レナの情報を出し惜しみしてのことである。少しの言葉で誰かがそれに気付くのを避けたかったし、知らせたくもなかった。

 セスには、レナはふんわりと柔らかな光をまとわりつかせているほっそりとした娘として見えているのである。レナを包むものがほんのりと薄紅色に染まった時の様子は息を飲むほど幻想的で、それを森で見たとき一瞬で目を奪われたのだ。それはすぐに物影へと隠れてしまったが、その仄かなものは陰から滲み出ておりその存在を隠しきることはなかった。

 ふわふわと揺れるそれは、セスを誘っているようで、近くに行きたくて仕方なかったが、森の調査をするという本来の目的を逸脱するわけにもいかず我慢していた。そうするうちに彼女は森の奥へと逃げてしまった。

 その向かった方向から、一旦逃げただけだと思った。こちらに彼女が気付いているのはわかっていたからだ。遠くに見える彼女の僅かな光から、遠回りをするつもりであると予測できたため、道で待つことにしたのである。また逃げるようなら追いかければいい、そう思い。

 仲間の誰ひとりあの彼女を見ることが出来なかったのなら、昨日からの自分の行動に渋々従っていた理由もわかる。昨日の自分は普通ではなかったとセスは思う。余裕がなかったのかもしれない。あの光に心を奪われてしまったために、普段なら気を配るべき仲間のことなど邪魔にしか思えず、ただ、彼女に近づきたかったのだから。

 彼女の光がふわっふわっと息遣いと同じように強弱する様子は、いつまでも眺めていたい包まれてみたいと思わせた。セスは、そうして隣のレナを飽かず眺めた。強弱するごとに自分へとかかる彼女の淡い光とそこにある甘い香りを感じながら。

 眺めているうちに、レナが興味をもち意識を向けると、そちらへと身体の一部であるかのように光がすうっとのびるのに気付いた。

 鶏肉の焼けるのを待つ間は、美味しそうに焼ける鶏肉にのび、しばらくすると隣の鶏肉へと移る。レナがどれに惹かれているのか手に取るようにわかった。見えているのだから当然だが。

 レナは一番焦げのついた鶏肉に興味を示しており、その鶏肉へと何度も光がのびては引っ込む。その鶏肉の串が火から離され誰かの手に渡った時のがっかり感は、声に出して笑ってしまいそうなほど微笑ましいものだった。

 その肉の串が回ってきて彼女に手渡した時には、一瞬で薄紅色に染まった光が膨張し自分をも包みこんだ。その時は息苦しいほど満足感が押し寄せ、その感覚は言葉にできない。それはわずかな時間だったはずだが、ひどく甘い残像をセスの中に残したのだった。



 セス達は食事を終え、食堂を出た。


「セス様、落ち着いたみたいだ。あの子供、妙な薬でもつかってたのかね」


 食堂へつくまでの苦悩をにじませた様子が嘘のように消え笑みを浮かべているセスに、ほっとしたようにべネッツが言った。

 そのべネッツにインゲとゴルタナは眉をしかめて詰め寄った。


「何があったんですか?」

「何をしたんだよ」


 二人に問い詰められ、べネッツは目を白黒させる。なぜ不機嫌なんだ、この二人は? セス様が正気にもどってよかったじゃないか。べネッツはそう思っていた。

 そしてキーロンはジェイルに小声で怪しげな話をし始めた。


「ジェイル、やっぱりあの子供は魔女だったんだよ」

「ええっ、本当か?」

「ああ。セス様は魔女に取りつかれていたようだ。あの子供が淡い色で可愛く見えていたらしいぞ」

「淡い色って何だ?」

「さあ? とにかく、魔女に操られて惑わされていたんだ。今はもう吹っ切れたみたいだけど。あれ以上一緒にいたら、危なかったな」

「そうなのか? 一体何の話をしていたんだよ。詳しく話せよ」


 こそこそとキーロンとジェイルがレナ魔女説について話しこむのを、ロドイルは冷めた目で眺めていた。

 ロドイルは、二人に説明するのも面倒なので、そのまま空想を膨らませより誇張していく魔女の話を聞き流すことにした。作り話としてはもう一つ捻りが欲しいと思いながら。

 笑みをたたえたセス、それに不審を抱くインゲとゴルタナ。

 すっかり解決したと思っているべネッツ。

 魔女話に熱中するキーロンとジェイル、その話を澄まし顔で聞くロドイル。

 一行は、目的地のリットンの町を目指して出発したのだった。



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