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騎士たちとの夜(2)

 

「おい。誰か、明日、セス様を娼館へ誘えよ」


 ぼそりとキーロンがそう言った。膝を抱えるようにして、一つだけ貼られた小さな天幕を見ながら。

 セスとレナを除く五人が火を囲むようにして座ってカップの酒を傾けていた。


「娼館いっても無駄な気がするぞ。だいたい、俺らと違ってセス様はどこの宿へ行っても女に誘われてるから不自由してないしな」


 料理を担当していたインゲが答える。

 それに若いジェイルが驚いたような声を上げた。


「そ、そうなのか?」


 だが、その驚きには誰も反応しない。

 それは日常茶飯事であり、別段驚くことではないからだ。


「ああ。お前は知らんかったか。セス様は母性本能をくすぐるタイプらしくて、どこでもこっそりセス様の部屋へ忍んでくる女の一人や二人はいるんだよ。それがはち合わせすると面倒なことになるんだが」


 ひょろりと背の高いベネッツがジェイルへ説明してやった。


「それならなんで、あんな子供を構ってるんだ? 何もあんな汚い子供を相手にしなくても」

「子供だからいいのかもしれんぞ。誘ってくるのは人妻ばかりで、飽きたのかもしれん。もっと変わったのに手を出したくなった、とかな」

「それにしても。もっと他にあるだろう」

「そうだよな。セス様なら選び放題だってぇのに何だってあんな子供に言い寄ってるかねぇ」


 ジェイル、インゲとべネッツの話の間に、キーロンが虚ろな目で口を挟んだ。


「セス様、朝からおかしかったよな? あの森に行ってから」


 その言葉に一同が顔を見合わせる。今日一日の奇妙なセスに誰もが思い当たるからだった。



 今朝、一行は前日に轟音をたてて森を揺るがしたものの正体を突き止めるため森へ出かけた。

 そこで見たものは、大きな穴だった。とても人が一晩で作れるようなものではなく、倒された木々や土をかぶった周囲の状況から、かなり大きな威力のあるものがここへ落下したのだろうという結論が出された。

 その調査の最中、セス様は一人、一方向をずっと気にしていた。何度も何度も一点を見ていた。その視線の先は、誰が見ても木々の暗がりがあるばかりで別段注意を引きそうなものなど見当たらない。

 しかし、セスはその方向を見て、ぽつりと言った。


「女の子が森で迷ってるみたいだ。なんて可愛いんだろう」


 その言葉に、皆がセスの見ている方向を確認したが、もちろん何も見えなかった。何一つ動くものがなく、ただ、木々が揺れているだけだった。

 しかし、セスの視線が逸らされることはなく、そちらに気を取られているのは一目瞭然だった。

 それから調査を終え町へ帰ろうという時、セスは森を出て道に差し掛かろうという場所で、彼女を待つと言いだした。しばらくして来なければ、彼女を探しに行く、と。

 そのセスの発言がおかしいと誰もが気付いていた。口には出さなかったが。

 なぜ森で見かけた子供をここで待つのか。なぜここに来ると思っているのか。セスは普段ならこんな訳のわからない発言をする人ではない。身分柄、よく考えて発言するということを教え込まれているからである。しかし、現在のセスは、普段のセスではない。


「子供を本当に見たのですか? その子がいたとして、こっちにくるとは限らないでしょう」


 一番年長のゴルタナがセスにそう問いかけたが、セスはきっぱりと断言した。


「いや。彼女はこちらへ来る」


 その理由を明らかにはせず、そこを動きそうにないセスに一行は黙って従うことにした。

 しばらく待っていると、汚い少年が道を歩いてきた。

 可愛い? 女の子? 聞き間違えたか? 

 そんなやり取りが仲間内で交わされる中、セスは子供を心配そうに見つめていた。

 あれか? あれなのか? 皆は無言で視線を交わしあった。交わされる視線には、誰か間違いだと言ってくれ、そんな思いが込められていたのかもしれない。だが。


「女の子が一人では危険だ。皆は先に町へ行っていてくれ。こんな大所帯で彼女の後をつけたら彼女が怖がってしまう」


 セスは眼の前の道を通過していく子供から目を離すことなく皆に告げた。


 セス様は後をつけるつもりなんですね?

 皆は目を見開きセスを凝視していたが、周囲のことなど目に入っていない様子で、セスはふらふらと子供の後を追うように歩きだした。そのセスの顔は心配そうではあるのだが、それだけではないものも感じさせる。

 一行のうちの数人の背中には冷たい物が流れ落ちるほど、その時のセスは一種異様な雰囲気を醸し出していたのだった。


「もしかすると妹君を思い出されておられるのだろうか」


 ゴルタナがぽつりと呟いた。セスの歳の離れた妹が、あの子供とそれほど変わらない年齢だと思い出したからだった。

 あの異様さでは、それは違う、との思いもよぎったが、各々、無理にでも自分を納得させる理由としてその意見は歓迎された。

 ゴルタナの言葉を合図に、一行はセスの後につき従い歩みはじめた。子供に追いつかないようゆっくりと。

 子供の歩き方は女の子のようではあるが、どうやら後方の集団を警戒しているようだ。それもそうだろう。子供の後を、騎士連中がのろのろとつけていれば不審に思うのも無理はない。

 結局、延々と子供の後を付け回し、今に至っているのである。

 その間、口に出して子供に対して追及することは憚られた。誰かがそう牽制したわけではない。ただ、疑問に思ってはいけない、深く追求してはいけないと思わせたのだ。セスの子供を見つめる瞳をみてしまっては。



「あの子供、もしかして森の魔女か何かだろうか?」


 気味の悪そうな表情を浮かべてキーロンが誰にともなく問いかけた。


「そんなのいるわけねぇだろ?」

「そうでもないと説明がつかないじゃないか。あんな汚い子供にフラフラと引き寄せられるように付いて歩いてさ。挙句、あんなにべったり始終くっついていたがるなんて」

「いねぇよ、魔女なんざ。それよか、薬で幻覚を見せてるとか考える方があり得るだろ」


 べネッツが強く否定するも、キーロンとジェイルは二人して気味悪がっていた。二人はまだ二十歳そこそこの若造なので、そういう噂に惑わされるのかもしれない。

 そこへ、ほとんど自分から話出すことのないロドイルがぼそりと言った。


「セス様、一目ぼれしたんじゃないか?」


 その一言にみな茫然とする。あり得ないだろう、あの汚い子供に誰が一目ぼれするかよ?とは思うのだが、今日のセスの様子に断言することもできず。

 沈黙が訪れた。

 そこへ。



「胸を触るなバカッ。何度も言ってるのにっ」

「あうっ、痛いよ、レナ」

「触るなって言ってるのが聞こえない?」

「男に胸を触ってもらうと大きくなるんだよ?」

「下手に触られて変形したらどうする。それに、大きくなったら困るんだよ」

「女性は大きいのがいいよ。僕が丁寧にこの手で」

「黙れ! この変態がっ」

「うぐっ」


 言いあう二人の声の後、小さな天幕から子供に足蹴にされ転がり出たセス。

 子供が天幕から現れ、一行の方へ仁王立ちで睨みつけた。そして皆へ向かって怒りを込めて告げた。


「おじさんたち、その変態を私の寝床へ入れないように見張ってて」


 そう言い放つと彼女は天幕の中へ姿を消した。

 

「ううっ、レナ。ちょっとした親切心だったんだ。許してくれよ」


 天幕の外から子供に訴えかけるセスの姿は哀れではあったが。その前の会話を思うと、皆、ため息をつくばかりだった。

 何がどうしてこんなことになったのだろう。

 彼等にとっては、激動の一日となったのだった。



 いったい何なのだろう、あの男は。

 天幕に戻ったレナは怒り心頭である。ルィンがその周りをご機嫌で転がりまわっていた。

 セスを撃退できたのは、もちろんレナがルィンをセスに投じたからである。ひょいっと投げただけでも、大の男がうめき声を上げて動きを止めるだけの威力があることが確認できた。

 レナは投げたくて投げたわけではない。

 せっかく肉を手渡してもらい、セスのことはいい奴だと思っていたところだというのに。


 天幕で身体を水に浸した布で丁寧に拭うことができた、まではよかった。それが終わると、セスはレナを腕に抱いて横になったのである。

 朝晩は冷えるからと言って二人の身体を布で覆いレナの背中に密着してきた、までは、まぁ許せる範囲内だったのだが。セスの手がやわやわとレナの胸元を触り始めれば、すでにレナの許容範囲ではない。

 レナとしては口で抗議し、セスの手を振り払った。だが、セスはまるで反省せずに繰り返そうとするものだから、ルィンの登場となったわけである。

 一度目はほんとに軽く投げた。ルィンにも軽くね、と伝えて。

 しかし、その考えが甘かったようで、セスに反省の色は全くなくすぐさま胸に手をのばしてきた。そこで、右手首のスナップをきかせてセスに投げつけたのだ。

 ルィン的にはどちらも中々面白かったらしい。


『やはり受け止める対象がいると違うなっ』


 飛距離とか速度とか滞空時間とかは関係ないのかな?

 レナはルィンに問いかけてみたが、満足な答えは得られなかった。


『飛距離、それも楽しさ倍増しそうだが、この前みたいに到着地点に受け止める相手がいないのは感触が悪い。速度はあまり関係ない、か。だが、滞空時間はやはり受け止められる期待感が長く楽しめてそれはそれで面白いようだな。この男で、試してみよう』


 うーん、あの男は変態みたいだから、またチャンスはある、のかな?

 変態に関わりたいわけではないけど、ルィンを投げる手近なターゲットとしては、捨てがたいか。

 レナは悩みながら、独り、天幕の中で眠りに就いたのだった。



「レナ、もうしないから。一緒に寝てもいいよね?」


 セスが小さな声でそう言いながら、こそーっと天幕の入口を開こうとしていると、背後からゴルタナが彼の手を止めた。


「セス様、貴方はこちらでお休みください」


 冷たい一言だった。追い打ちをかけるように、他の連中が声をかけてきた。


「大丈夫だよ。その子の見張りは俺たちが交代でしてやるから、心配せずに眠ってくれ」

「セス様、見損なったよ」

「あんな子供に手を出さなくても、いつも感触がいいの味わってんだろ?」


 みな次々とセスへ向かって文句を並べていると。バサッと天幕の布が開き、中からレナが顔をのぞかせた。


「レナっ」


 一瞬で喜びの顔になったセスとは反対に、瞼を半分落とした状態でレナは一行を横になめるように睨んでいく。じろりと一周したところで。


「五月蠅い」


 静かに一言を告げ、レナは天幕の中に消えた。


 レナぁとがっくり肩を落とすセスを見ながら、一同は複雑な気分だった。

 天幕は本来セスのためのものである。野宿をする場合でも、天候が悪い場合や女性の連れがいる場合に使用されるのだが。

 女性がいてセスがその女性に追い出されるということが、過去に一度もないが、そういうことがあっても別におかしくはない。だが、その女性が、あの子供なのはどうしても納得がいかない。

 皆、こうまで情けないセスを見たくはなかったと思うのだった。

 寝付きのよいレナは天幕の中で穏やかな眠りにつき、外ではそれぞれが思い思いに悩ましい夜を過ごすのだった。



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