邂逅
雄叫びをもってダランの命令に答えた戦士達は、四方八方に散らばった。そうして一人一人が思いのままの得物を構え、人間のもとへと走り寄る。
対する人間は、砕けた腰を無理矢理起こし、立ち上がる。「血塗れ」のダランに気圧されたとはいえ、正規の訓練を受けた兵士たち。指揮官の指揮のもと、屈するものかと武器を握る手に力を込める。
片手に斧を持った一人のリザードマンが人間にもとへ走りより、その勢いのままに斧を振りかぶる。
対するは見事な鎧を纏った――恐らくは騎士であろう男。豪奢な紋様と重厚な鎧、手にした幅広の刀身と、大盾から発する淡い光が男の装備が魔力付与を受けていることを示し、その事実が男に地位のある騎士であることを自明させる。
リザードマンは、ぼろ布で全身を纏い、刃こぼれのした斧を片手に持つのみ。
舐めるな。
騎士は思う。
気違いどもが。戦争屋が。
自分達の生まれ持った力に慢心した屑が。
人間の力、教えてやる。
騎士は、祖国において広く名を知られた高名な男であった。
その冴え渡る剣技、厚い忠義心、面倒見の良さから王に重用され、騎士の中でも上位、紅の印をつけることを許された騎士であった。
彼の身に纏う鎧も、剣も、盾も、全て王国より下賜されたものであったのだ。
これらは男の弛まぬ鍛錬の証、国への忠義の証。男の誇りそのものであった。
だから、リザードマンには殺意と恨みしか湧いてこない。
リザードマンとは、戦う為に生まれてきたかのように絶大な戦闘力を誇る種族だ。強靱な膂力に瞬発力、耐久力を兼ね備えた、生粋の戦闘民族――――
この裏切り者め。
生まれついた力だけで、調子に乗りやがって。
人間の力、見せてやる。
男のもとへ向かうリザードマンが手にするそれは、片手斧に過ぎない。
ならば、手にした大盾をもって受け、手にした剣で串刺しにしてやる。
男は盾を構える。王国の象徴たる竜を彫られた鉄製の大盾。魔力付与による補強がなされたそれは、上位に位置する騎士の、男の勲章。
リザードマンは構えられた大盾に躊躇なく振りかぶり――――
カパ、といっそ、間抜けさすら感じられる音と共に、容易く大盾ごと男の頭を打ち砕いた。
砕けた鉄に混じり、肉片と骨片が飛び交い、血飛沫が舞う。
頭を砕かれた男は、一瞬にしてその生命を散らし、地面に伏した。
騎士は確かに強かった。
長きにわたり培った剣技も、戦意も決して低いものではない。
身に纏う鎧も、大盾も、剣も、かなり質の良いものだ。
――――単純に、男が相対したリザードマンの方が、強かった、それだけの話だ。
男の強さは、「人間の中では」という場合に過ぎない。
亜人と戦った経験のない男には、分からなかった。
根本的な違いが、種族の差が。
そしてそれはこの場にいた全ての人間が同様だった。
――――虐殺が、始まった。
第二話 邂逅
血と、錆びた鉄の臭い。それがダランの鼻をくすぐる。
砕けた鎧と、ちぎれた肉と、荒んだ土が大地で混じった異臭を風が運ぶのだ。
ダランは空を見上げる。すがすがしいほどに爽やかな青空。雲一つなく、風が舞う。徐々に冬に近づきつつある冷気をまじえた風が心地よい。
転じて、視線を大地に向ける。
首の山――――いや、肉の山というべきか。
ダランの前には配下が刈り取った人間の首が集められ、うずたかく積み上げられていた。
それをダランは忌々しげに見る。
本来ならば誇るべきそれが、憎たらしい、侮蔑のようなものにしか見えなかったからだ。
キシュガル族は倒した敵と、死んだ仲間の首を刈り取り、一カ所に積み上げる。それは自らの強さを誇ると同時に、敵への敬意の表れでもあるのだ。
自分達はこれほどの敵を倒したと、敵はこれほど自分達の仲間を倒したと。
全力で戦い、敗れたならば、それは誇るべきことだ。
戦士は命をなくせど、その魂は、強靱な意志は守られる。
ならば、そこに敵も味方もない。
戦った者たちには最大限の敬意を。それがキシュガルの教えだ。
だが――――と、ダランはその山を睨みつける。
こいつらには誇るべきものなど何もない。
あったのはどうやって逃げるかということ、それもどうやって周りの人間をうまく使って逃げるかということばかり考えている。
配下の仲間に追われた人間どもは、我先にと逃げ出した。周りの人間を盾にするように逃げ出した。わざと足を引っかけ逃げ遅れるものを作り逃げ出した。
その横では死んだ人間の物を漁っている輩もいた。
どさくさに紛れて死者のものを奪おうというのだ。
汚い――――、とダランは思う。
同族同士で奪い合い、殺し合う。
誇るべきものも持たず、守るべきものもない。
ただ、生きようとする。
泥をすすって、他者を汚して、ただ生きようとする。
生きることはいいことだ。
だが目的もなく、生への執着だけで生きているような人間が、ダランは気にくわない。
そのような人間どもに、敬意を払うべく首を積む必要があるとは、どうしても思えなかった。
だから、ダランはこいつらの首を「意義ある首」と思いたくなかった。これはただの肉の欠片だ。肉の山でしかないのだ。
こんなもの、形式的なものに過ぎない。
◇
人間を片付けて、一息ついたが、まだ問題が残っている。今回の依頼主だ。
この場にいたのは依頼主の手下でしかない。自分達を汚した奴らを、ダランは、キシュガルの戦士達は決して許すことはない。
依頼をしたのは隣国の領主。
たかが人間とはいえ、その軍事力は軽視できるものではないだろう。
何百という敵兵をわずか20人で下したキシュガルの戦士だが、いくら精強といえども損耗は無視できないものだった。
戦士達に目を転ずると、包帯を巻いているものがちらほらと目に映る。
死者こそ出なかったが、何百という相手と戦うと、どうしても損傷は避けられない。
特に魔力が付与された武器の攻撃は、戦士達の屈強な肉体にも傷を付けうるからだ。
人間程度の膂力では、それでも傷が骨に達することはないが、即座に次の戦闘というには支障が生じよう。
まずは、休ませる必要があるが、まずその前に――――
「おイ、人間」
ダランは、城壁の隅に目を転ずる。
そこにあるのは砂礫の大地と、城壁にこびりついた血痕。周りには肉片と化した遺体が累々。
一見何でもないように見えるが、ダランは捉えていた。
生命が発する気配を、人間が発する粘着質な、へばりつくような――――それでいて怯えた感のある視線を。
「いるノはわかってイる。さっさと出てこい。」
「・・・いやぁ、わかっちまいましたか。けっこう隠形には自信があったんですがねぇ」
フゥ、とため息をつきながら一人の男が姿を現す。
周りにいた戦士たちからも驚くような声が上がる。
それを横目にダランは苛立ちながら男を見据えた。
人間ごとき隠形にキシュガルの戦士たちが気づかないとは。如何にこちらが疲労していたとはいえ、こいつは腕が立つようだと思う。だが、「たかが」人間ごときに不意を突かれかねない状況だったことがダランに怒りと警戒感を抱かせた。
灰汁の強そうな男だ。ごつごつとした強面のひげ面だが、にやにやと笑う様はどこか人懐っこさを感じなくもない。樽が突き出たような太鼓腹だが、丸太のように太い腕と、巨根のような足――何よりも、その隠形術と炯々とした目つきがただ者ではないことを窺わせる。
旅人が身につける丈夫そうな衣服だが、その中からは不自然な胸の膨らみが見て取れた。十中八九鎧だろうと当たりをつける。
わざわざ戦場において、防具を隠すことがまた胡散臭さを誘う。
訝しむようにダランが男を見据えると、男はにんまりと笑みを浮かべた。
「そう怖い顔をしないでくだせぇよ、旦那。キシュガルの血塗れのダランの勇名は、人間の間でも広く聞き及んでいやす。騙すような真似なんざいたしません。――――ああ、あっしは、こいつらとは関係ありやせんぜ。ちょいと、旦那に依頼をしたくてここにいるんでさぁ。どうです?ちょいと話だけでも聞きやせんか?」
ダランはじっと男を見つめた。随分と手慣れた様子だ。リザードマンたる自分を、ましてや「血塗れ」と呼ばれた自分を見ても物怖じしないその態度、修羅場をそれなりにくぐり抜けた男なのだろうと思う。
ダランの勘は、この男への警戒を呼びかけるが、それでもいいと思った。
休息が必要なのは事実だし、この数で領主の城を落とすのは面倒だ。
それになにより――――とダランは男を見据える。
男は臭った。
ダランの良く知る、なじんだ臭いがした。いくら洗っても隠しようのない血と脂と――――人々の怨嗟の臭いが。
今度は、面白いことが待っていそうだ。
そうダランは、直感し、笑みを浮かべた。
◇
ああ、やっべ。
その一言に尽きるぜ全く。
リザードマンの奴ら、依頼主側の虐殺始めやがった。
相手が人間で、物足りなかったからってか?
リーダーがいけねえよ。
一応、怪我してる連中もいるってのに、お構いなしに命令しやがった。
わけがわかんねえ。
いや、しかし本当にとんでもねえなあいつら。
「血塗れ」の化け物ぶりは十分にわかったが――キシュガルってのは皆ああなのかね?小柄な――並の人間程度の背丈――の奴でも、素手で大剣の一撃を受け止めやがる。そいでもって鎧ごと相手の土手っ腹を貫くんだ。素手でだぜ。斧を持った奴はただの一撃で上級騎士の頭をかち割りやがった。大盾を構えたその上から、ただの一撃だ。
ただの鉄製の武器じゃ、相手にできねえな。魔力付与されたものなら、多少は効くみたいだが。
普通はリザードマンっつっても、もうちょい攻撃が効くんだがね。少なくとも素手で攻撃を受け止めるような奴は見たことねえな。
ああ、あっという間に皆殺しにしやがった。
一応隠形はしてるが、早いこと逃げた方がいいな。
早いとこ逃げて、上の連中に報告を――――って、おい、気づいてやがるあの野郎。
やっべ、呼ばれてるぜ。さてどうすっかなぁ、このまま殺されるのはごめんだけど、とても見逃してもらえそうにねえし・・・
ええい、なんとしても生き抜いてやる、人間様は口だけは達者なんだぜ。
◇
砂礫の大地を走る馬車のけたたましい音色は、いつのまにやら草原の大地を駆ける重厚な音へと変わる。日は高く昇り、冷え込んだ朝より暑さも増していく。
地平線の彼方には、黒ずんだような印象を与える森があり、騎乗にあるダランは彼の地に思いを馳せる。
――――獣人か。
ドリクセン帝国とサンセベリア王国の境にて行われた、ダラン率いるキシュガルの虐殺から、二日。ダラン達は国境沿いをなぞるように南へと移動した。向かうは獣人の住まう慟哭の森。任務内容は叛乱の討伐。
サンセベリア王国に反旗を翻した獣人達。彼らは自らの住まう森を自国と言い張り、税の徴収に応じないという。しかるに、あるべき秩序を守るために彼らの長を討伐して欲しい――――
それが今回の任務の詳細だ。
詳細というには余りに簡略なものだが、それはダランにとって、キシュガルにとってどうでもいいことだ。
キシュガルの男は戦によって生計を立てる。それが一族の決まりなのだ。
戦い、それに見合った報酬を受け取る。それ以上であり、それ以下でもない。
簡略であればあるほどいい。
それがキシュガルの考えだ。
森に住まうは、エルフといくつかの獣人達。束ねるは熊型の獣人だという。
熊型。
それは獣人の中において剛力で知られる種族。その耐久力も高く、以外と身のこなしも良い。
少なくとも、人間よりは強いだろう。
先のそれは、戦いとはいえない。雑魚を屠ったところで、道具頼みのくだらない生物なぞ、倒したところで意味がない。
ちらりと、任務の依頼をした男を見る。ダランの視線に気づいた男は、人を食ったような笑みを浮かべた。
胡散臭い男だが、提示した料金はなかなかのものだった。先日の国境での戦闘では、苛立ちしか得るところがなかったが、今回で前回の分も取り返せばいい。それだけのことだ。
そう思い、ダランも笑みを浮かべた。近づきつつある闘争の予感に、打ち震えながら――――




