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人外闘争伝   作者: HR
16/16

肉塊

ヴェルン公国には、厳密には王がいない。

以前の戦争(人間が言うには蛮族の侵攻)によって、サンセベリア王国のヴェルン侯爵領が侵された。その侵略をはねのけた恩に報いるために、当時の王が委任統治という褒美を賜ったということになっているからだ。


そのため、王国から半独立したというのが正確なところで、今もなお公国の最高位は侯爵である。

公国ではなく王国になるべきだという声も領地では燻っているが、現実的な視野で物を見ればその困難さは言うまでもない。



公国はサンセベリア王国から北へ飛び出るような形をしている。その規模は戦争当時の規模で20分の1程度。中央に比べ痩せた土地とはいえ、決して無視できる規模ではないが、現在も公国という形で影響力を残していることを見ると、王国は上手く立ち回ったのだろう。

東にはロキュヌー山脈を隔てて神聖ルマヌシュ法国があり、こことは表面上は上手く取り繕っているが、仲の悪さはいうまでもない。



……戦争は、公国にとって生存競争に他ならなかった。

国家の全てを戦いに向けてもなお足らぬ程。

戦力の差をどうにかするためにも、公国には人手が必要だった。

強力な身体能力、強大な魔力を保有するような亜人が。



人間の国であるが、排他的という程ではなかったのが幸いか。

亜人は戦争に加担し、公国はかろうじて首の皮一枚繋がった。

そして総力戦体制とでもいおうか、その異様な状況は亜人と人間の間に一定の協調関係を生み、ある程度の融和が生まれたのだ。



だが法国は人間至上主義を躊躇いもなく掲げる国だ。それが山脈を隔ててとはいえ、隣の人間国が亜人を認めるなどあってはならないと激怒した。王国を経由して多くの宣教師が訪れ、積極的に亜人の危険性を説き、排除するべきだと気勢をあげ、勝手に『実行』した。



激怒したのは侯爵も同じであった。

同じ釜の飯を食い、轡を並べて戦った彼らは、姿形が違うとはいえ朋友である。彼らを姿が違うからと排除を計る、その腐り濁った眼には哀れみすら覚えるともはや挑発といえるような発言が公式に残されているところをみると、相当に怒り心頭だったらしい。



すわまた戦かと、公国の皆が思ったが、そうはならなかった。

以前程ではないとはいえ、蛮族の攻撃があり、また周辺の諸国家も牽制に動いたのである。



法国は北方に底が見えない大峡谷があり、その先には鬱蒼とした森が広がる。三方は国に囲まれ、西にはヴェルン公国、南にはサンセベリア王国がいる。無数の岩石が広がる荒れ果てた大地が緩衝地帯となっているが、牽制程度ならば容易だろう。



南東にはサンセベリア王国と争うドリクセン帝国がおり、北方にはカザフトリフ帝国、そしてその二国の緩衝地になるようにテンタス王国、プロシテ商連合、パラミア共和国が存在する。



二つの帝国はその名に恥じない広大な領土を持つ国家だが、無数の領邦が内部にあるのがネックとなり基本的に鈍重だ。

だがこの機を好機とみたのか、二国が法国との境界線に兵を派遣したのである。

その結果人間種と争うつもりはないと法国は兵を蛮族に集中、お互いに此度の一件は後にするとしたのであった。要は棚上げだ。



……こういった経緯があり、公国には亜人が多くいる。



だがそれをおとなしい方の坊やはともかく、血の気の多い方に説明するのは厳しいだろう。

ロアーはそう思う。

戦場では関係がなくなるというのもある。



「まあ、纏めてしまえば領主がお亡くなりになった後、後継を巡って国内が二分になったんだわ。それでお互い資源が足りなくなって鉱石目当てに山に押し入った挙句、山の奴らを怒らせちまった。そんなところさね」



だから、極めて端的に今の状況を言った。



「成程なぁ、勉強になったわ」



カラカラとした笑みでライルが答える。



勉強になったではない、そのくらいは自分で調べやがれ―――というのがロアーの内心の叫びだ。



薄々分かってはいた。

あのような場で躊躇いなく致死性の魔術を放とうとする見境のなさ。

教養の感じない言葉遣い(相方はそうでもなかった)。

まるで協調という感情を抱かせないその態度。



自分がほっぽり投げていたら、確実にひどいことになっただろうからこれで正解だとは思う。流石に味方を殺しまわれたら目も当てられない。自分が殺す前に、奴は2、30人は道連れにしていただろう。


結末なぞ分かり切っていたからこちらで引き止めたが、やはり面倒だというのは本音だ。



無知なガキが名誉だ栄光だ金だと目が眩んで傭兵になることは珍しくない。

辛い農村での搾取され続ける生活から逃れて、一攫千金を目指そうというのだ。勿論そんなのは上っ面だけの紙切れ程の価値もない下らない吹聴事なのだが、そういう知識を教えてくれるような者は多くない。失敗した奴らは口を噤むし、成功した奴らはこれ見よがしに成功譚を撒き散らす。

まともに止めようとするのは親くらいのものだろうが……まあ、まともな親がいたら、柱に括り付けてでも止めるかもしれん。そんな親がいるとは思えんが。



そんなガキは、自身の無能を棚に上げ、無駄に意気軒昂だ。

だが大概はすぐ現実にへし折られる。

借金という現実に。





―――ああ、装備がない?大丈夫だこちらで用意する。

ほら槍だ、なんとか使いな。



あ、金は後で返せよ。

は?高すぎる?ふざけてるのかクソガキ。ぶっ殺されてえか。武器一つにいくらかかると思ってやがる!






こんな感じだ。

槍一本、体に不釣り合いな大きさのものでどうにかなるわけもない。

まともな防具もなく、それから更に借金を重ねて手に入れたおんぼろの盾を持って、どうにかしようと足掻くのだ。




生き延びるだけならどうにかできるが、それは経験を積んだ者の話。

借金を背負い、必死に金を稼ごうとする子供は、功を得ようと焦った挙句碌なことにならない。

少なくとも、ロアーはそんな子供の末路を見てきている。



哀れなものだ。個々の能力は脆弱な人間の、さらに脆弱な、かろうじて少年を脱しようという者が助けを得られず死んでいくのだから。

まあ、数だけは多いのだから気にしないのも人間らしい。



……だが、このエルフは違う。



野垂れ死んできた多くのガキと同じように粗野で無教養だ。情報の精査は勿論、最低限の周辺知識すらない。

だがその魔術は発動前ですら、力強い魔力の奔流を感じさせる。

荒々しさは目立つが、それでもなお才能の片鱗を見せつけてやまないと言っていい。



鍛えればかなりの腕前になるだろう。とても誰かの下につくとは思えないが。

取り敢えずは、どのくらい使えるか。上手く立ち回れるかだ。せめて囮くらいにはなって欲しいが、最悪のことも考えねばならない。



殺し自体は慣れていそうだが、問題はそっちなのだから。



しかし、エルフも大分減ってきたみたいだな。



二人のエルフを見ながらロアーは思う。このあたりにあったエルフの集落の者達は、皆逃げるか捕まったかだと聞いている。人間達にエルフは大人気らしく、特に女がいいのだとか。



……俺からすれば、蜥蜴人と交わるようなものか。悪趣味にも程がある。



別種族を躊躇いなく犯すという気持ちの悪さを感じながら、二人の辿ってきた路を想う。



碌な生まれではないことは明確。

そしてこのあたりではエルフは少なく、おそらくは。



まあ、だからどうということもない。

良くあることだ。

たくさん無くして、たくさん奪ってきたのだろう。



良くあることだ。

本当に。






基地についてから、ロアーに詳しく話を聞いた。

やはりというべきか、知らないことが多かったのが明らかになり、ライルは知識の欠落を自覚する。



自分がどの勢力かも知らないというと、流石に剣呑な気配が漂ったが、何も言わない斡旋所の奴らが悪いと逆に睨みつけてごまかした。



自分達がいるのが、ヴェルン侯爵直系だという長男の陣。対する相手は次男坊だそうだ。

こちらが赤い旗、相手が黒い旗だと覚えろと言われると、成程と納得する。

簡単なのはいいことだ。





早速戦場に出るのだと勇んでいたが、それは明日以降。

まずは点呼だそうだ。人数を把握するのと、識別章という、相手を区別するタグを支給するのだとか。

それで敵味方を区別するそうだ。



大人しく列に並ぶが、妙に疲れる。これほど多くの者と一緒にいたことはないライルは、ここで漸くこういった疲れがあるのだと知った。無意識の圧というのか、人口密度の多さ故の窮屈さというものだろうか。

それとも、臭いだろうか。人が多く集まれば、それだけ鼻につく。不愉快な臭いを探知してしまう己の感覚が、今だけは厭わしい。



居並ぶニコを見ると、同じように落ち着かなさげだ。大丈夫かと聞くと、大丈夫だという。

あまりそうには見えないが、頑張らないといけないので、そうかと流した。



タグというのを受け取ってみると、貧相な銅板に粗末な紐を括り付けたものだった。

これを首に取り付け、戦うとのこと。

勝手に壊れてしまいそうなので、魔力を付与する。子供の玩具レベルだが、何もしないよりはましだろう。

見た目も少しは艶がでて、ましである。




そんなことを考えていると、演説台の上に装飾の派手な鎧を着た男がいた。上位の指揮官だろうか、自分には重くて使い道のなさそうな鎧だが、売ればいい金になりそうだ。




「聞け!傭兵共!これより将軍より訓示がある、謹んで拝聴せよ!」



居丈高な声に苛立ちを感じるも、取り敢えずは話を聞こうとする。



「あー、うん、おっほん!」



出てきたのは肉塊だった。

そうとして形容できない、全身に肉が張り付いた姿。顔から足先まで張り裂けんばかりに膨らんだ肉体は、何か新種の魔獣のようにライルには見えた。



……いや、本当にそうなのではないだろうか。



兵士達に運ばれた様子から、満足に動くこともできないのでは、満足に指揮はとれまい。

垂れ下がった脂肪のためか、瞼は恐ろしく細く、視野も狭そうだ。

身に着けた装飾品は立派で、黄金や宝石、それに魔力付与されたなんらかのエンチャント。身に着けたものだけで間違いなく一財産だろう。

金銀財宝を身に纏ったモンスター。実においしい獲物だ。そんな奴がいれば、率先して狩りにいこう。



「よく来てくれた、傭兵諸君!私は偉大にして正当なるヴェルン侯爵に仕えるボルドーと言う。諸君らには偉大なる方にお仕えする栄誉が与えられるのだ。まずはそれを理解するように」



肉塊が何か言っている。

垂れ下がった脂肪の割に、良く通る声だ。



「諸君らの任務は、正当なる侯爵閣下に敵対する愚か者の誅殺である!愚かなる偽物と、下賤なる魔人が卑劣にも攻撃を仕掛けてきている。歯向かう愚か者に正義の制裁を与えるのだ!」



正義の制裁。

鼻で嗤える。



「正義は常に我らにある!必ずや勝利し、正義を知らしめよ!そうすれば栄誉はお前たちのものとなる!」



うるせえよ。

糞が。






―――なあ、おっさん。


名前で言うのが嫌で、いつもそう言っていた。



ん?どうした坊主。


あの人は、そういう自分に、何ともいえない、困ったような笑みを浮かべていた。



坊主じゃねえ、ライルだ。


じゃあ、俺もおっさんじゃないな。ちゃんとした名前がある。


……俺も戦う。

まだ大人達よりは弱いけど、人間相手なら負けねえよ。あんな奴ら、一撃だ。



今でも、そう思う。

今より幼い当時でも、一撃で人間を殺す自信があった。

人間を多く見てきた今でもそう思う。


まあ、確かにな。

お前さんは大したものさ。大人達も驚いている。

将来が楽しみだとな。


だったら……!


続く言葉は、言わせてくれなかった。


だからこそ、だ。

誰もお前に死んでほしくないのさ。

ライルとニコ。二人揃って村の宝だ。

次へと繋ぐ、俺たちの希望なのさ。


そう言われると、何も言えなかった。


戦いたかった。

守られるだけじゃないと、叫びたかった。

でも、それを大人達は望んでなくて。


まあ、見てろ。そう易々と、俺たちは負けんよ。


快活に笑うその姿に、何とも言えない感情を抱いていて。

……今ならわかる。

あれは、予兆だったのだと。


大人達は強かった。

文字通り一捻りだった。

凄いと思った。


特に、おっさんは凄かった。

どんな鎧を纏った戦士も、鎧ごと屑肉となるその膂力は圧倒的で。

最強なんだと思っていた。

獣人ドランは、最強なんだと―――



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