道程
いやぁ、困りました。
最近はどこも物騒でして。
近辺では野盗がどこもかしこも溢れていまして、困ってしまいますですはい。
え?
荷物の安全に運びたいなら、護衛を雇えばいい?
ええ、おっしゃる通りでございまいますはい。
ですが困ったことがございまして。
最近は護衛が野盗と化すことも多くて。
困ってしまいますですはい。
商人 ライザー
知識とはただ溜め込めていても意味がない。知性を養い、研鑽するという意味では有意義ではあるが、それを現実に生かさなければ、無知であるのと変わらないだろう。全ては、生かしてこそ意味がある。
「あ―――、なんだそりゃ?」
言い換えれば、教えても意味がないということもある。
ヴェルン公国。
内戦中に別勢力からの攻撃を受け、三つ巴の交戦状態と化した地である。
ヴェルン侯爵が支配する国であるが、そもそもはサンセベリア王国から委任という形で独立した国である。ロキュヌー山脈という肥沃な山岳地帯がありながら自ら手放すようなことをしたと、今世において王国は愚かさを指摘されるが、独立した当時はそうも言っていられない状態であった。
サンセベリア王国が腐敗に塗れていた過去のことだが、現在の国境では真北に位置する神聖ルマヌシュ法国をさらに越え、死の森を超えた先にある野蛮の地から邪悪なる存在が侵攻してきた。その勢いは恐ろしく、法国はサンセベリア王国に応援を要請。常日頃自らを至高と他者を見下す奴らが頭を下げたと貴族達が嘲笑ったとか。
……いや、どうでもいいだろそんなこと。
我ら貴族が卑賤なる輩を討伐せんと、王国の貴族達が向かうも惨敗。当時は王権が弱く、王家による統制も取れない状況であるため敗北も当たり前と現在は見られている。
多くの貴族達が早々に尻込みし、自らの領地を守る義務があると領地に引きこもる中、そうも言ってられない領主がいた。国境の最北端、野蛮なる地に接する地を統治する、ヴェルン侯爵である。
引きこもろうが最後、自らも滅びる未来しかない侯爵は、王国の例に漏れず王家を軽んじていたが愚かではなかった。国境を接するがため現実を直視していたためか、王国の中でも優れた軍備を保有しており蛮族と果敢に戦い、侵攻を阻止。敵の目を掻い潜りながら法国とも協力し、かろうじて追い返したのだとか。
ここで問題となったのは、王国として援軍がなかった点である。
当初の戦闘の後、早々に撤退した貴族達からは、奮戦を期待するとの通知で終わり、それどころかどさくさ紛れに農村を荒らしたという報告が残っている。
義勇軍なる者達はいたらしいが、王家、他の貴族からの援助は実質的にゼロどころかマイナスになりかねず、それが侯爵家のみならず、彼らの領地の民達からも反感を呼ぶ。
……ふん、馬鹿ばっかりだ。
怒りに燃える侯爵は、王家への反発を否応なく強めていく。深刻な対立を防ぐため、王国は侯爵に褒章として独立を提案。これを侯爵は受諾し、以後ヴェルン公国に名を改めることになる。
とはいえこれも、公国にとっては受難でしかなかったというのが事実らしい。
「……法国とも協力して敵を追い返したけど、戦争で失ったものは戻らないからね。瀬戸際で食い止めたけど、物資は底をつき、軍隊もかろうじて統制を取れているだけ。徴兵した兵隊の多くは殺され、農地は敵だけでなく、味方にも荒らされた。そもそも、独立させたのも、王国にとって都合が良かったというのが今の主流の考えらしいね」
要するに、緩衝地帯というものらしい。
意気揚々と赴き、大損害を被った王国は、仮想敵国に対しての壁を必要としていたのだ。ロキュヌー山脈にある鉱脈を諦めても、地政学的に有効であったのだろう。
「当時は鉱脈もさほど興味がなかったらしいね、今ほど採掘技術も良くないし、そもそも山に徒党を組んで入れば殺されかねなかったしね。だから、国……というよりは貴族かな、彼らにしてみれば負債だったみたい」
それよりは、肥沃な平野で畑を耕し、物資を潤わせ、人口の回復を図ることが急務だと考えたらしい。
将来的な収益よりも、短期的な利潤を優先したということか。
「ううん、それは違うよ。鉱脈自体は他にもないわけではないし、さっきも言ったけど、山脈に下手に入れば殺されかねなかったからね。深夜にひっそりと採掘しようとしても、上手くいかなかったことが殆どらしいよ。」
まあ、彼らは鼻が効くらしいからね、と女は続けた。
「今は多少ましになったけど、王国の兵力と生産力は直結していたからね。兵が減った分食料生産力も減るから、鉱石は二の次だと切り替えたというのが本当のところだと思うよ」
南部の貴族には、蛮族の地と思われていたみたいだしね、と続けてぼやく女。
「いや、話は分かったけどよ、それが何なんだよ」
「……そうやら、見解の相違があるみたいだね」
ぐわっと、女がライルを見つめる。睨むという程ではないが、心なしか覇気がある。最初のおどおどした様子はどこに行ったのだろうか。
ライルは落ち着かなげに視線を惑わす。
ニコを見ると、ほんわかとした笑みでこっちを見ていた。ダメだ、役にたちそうにない。
傭兵として登録済ませた二人はおんぼろ酒場を見つけ、そこで飯を食おうということになった。
だがそこで酒を飲んでいると、女が絡んできた。
魔術師だという女の話は興味深く、情報を仕入れるつもりで話を進めていくと、この調子だ。
「いいかい、今現在の情勢というのは、必ずなにがしかの繋がりがあるからそうなるんだよ。政治や経済、文化や地形、宗教……神々からの神託というべきかな?精霊からの導き、色々の要素が繋がりあって、時には協調し、時には否定して歴史は紡がれていくんだ。なら、僕たちのこの状況を解明するためにはかつてを知る必要があるんだよ。」
このあたりにはエルフはいないらしい。
だから、女は二人から話を聞きたかったのだとか。
「ヴェルン公国が徴兵制にうんざりして、常備軍を増やしたこと。常備軍では保持に問題があって、傭兵を雇うようになったこと。人手不足と危機感から、自然と人間以外の種族が交じり合って生きていること、それは全て一つなぎなんだ。それを理解しないと、思わぬしっぺ返しを食らうことになるんだよ、エルフくん。」
えるふくん、などと己をおちょくるような言い草だが、もはや苛立つ気力もない。というより、この女と話していると妙に毒気を抜かれる。
しかし、この女が何を言いたいのか、ライルにはさっぱりだ。
女は呆れたような顔をする。
「いやぁ、エルフくん、よくそれで生きてきたねえ。それでは長生きできないよ。いいかい、人生は常に選択なんだ。この荒んだご時世、一つの選択が死を招くといっても過言ではないのだから、上手く立ち回らなくてはいけない。立ち回るには何をするか!?わかるかいエルフくん!」
「……知るかよ、とりあえず敵は殺せばいい」
「じゃあそっちの可愛い方のきみ!」
「えっ!ち、知識でしょうか」
ニコの答えに女は笑みを浮かべる。
「その通りだよ!生き残るために最適な選択をするには、知識が必要なんだ。周辺社会への理解、習俗の把握、文化の違い、そういったものを知っていることで無駄な争いは防げるんだ。相互理解によって、争いは防がれ、少なくとも争いは減っていく筈だ!少なくとも、僕はそう思ってる!敵は殺せばいいんじゃなくて、理解するべきなんだ!」
……なんというか。
「おおっと、話がずれてしまった。要するにだ、知識は力なりってね。さて、そこで僕がこのあたりの話を教えてあげよう。なぁに、一杯奢ってくれればそれでいいんだ。安いものだよ」
女の言っていることは、良く分からない。ただ、黙って聞いていた。
一瞬、女の双眸が光ったような気がしたが、気にならなかった―――
◇
ニコは自分が臆病であると理解している。
戦は、怖い。戦場では簡単に人が死ぬ。殺しも、盗みもできればしたくない。ひたすら、静かに暮らしたい。
少年にしては、不釣り合いなくらいニコは安定志向だ。彼くらいの年ならば栄誉や名声、英雄といったものに憧れるのが普通だから。
エルフは自然と協調して生きる、穏やかな種族―――そういう面があるのは確かだ。
森で精霊達と交わりながら、自然の中で生きていく。そういう選択をするものは種族的な性なのか非常に多い。だが、闘争心や嗜虐的な―――人間のような感性がないわけではない。
要は比率の問題だ。おとなしい人間と荒々しい人間。集団の中でどちらが多いかで、集団の動きは変わるだろう。言ってしまえば、エルフと人間の差異はそのようなものだ。違いは確かにあるにはあるが。
馬鹿馬鹿しい、そうニコは内心吐き捨てる。
英雄?
勇士?
賢者?
全て馬鹿馬鹿しい。
何故ライルが足掻くのか、内心ニコは理解できない。
無駄だと分かったじゃないか。大人達が、あの無敵だと皆が信じていたあの人が殺された時。
「鋼鐵」
「壊乱」
「神閃」
誰もが聞いたことのある、戦場に輝く星々。燦然と輝いていたというそれらに負けはしないと豪語し、事実として故郷の誰もが相手にならない強さを誇った、自分たちの「英雄」が殺された時、無駄だと分かったじゃないか。
だから、ニコは本当は静かに生きていたいのだ。
森の中でひっそりと、誰にも知られずにいればそれでいい。人間達のそばにいると、ひどいことになるのはここまでの旅でもう十分わかっていたから、なおさらそう思う。
人間なんかと、本当は関わりたくなんかない。
森の奥へと身を潜めて、隠れてしまえばいいと今でも思う。
……そうしないのは、ライルがいるからだ。
故郷の人々がばらばらになり、自分たちも行く当てもなくさ迷わなくてはならなくなった。いつも強気な友人―――もう今となっては、相棒とでもいうべき友。
彼はとても強く、才能に溢れている。
だけど、軽率な時も多い。だから、自分がいざというときは助けるのだと、心に刻んだ。
今、この時のように。
「ふぅん、僕の魅了にかからないんだ……やるね、坊や」
「誰なんですか、あなたは」
ニコは、戦いが好きではない。そのためか、自然と興味は守りに重きをおくようになっていた。結界や盾、状態異常への耐性といった、ライルが疎かにしがちなものに。
いや、ライルが疎かにするからこそ、ニコが重きをおくようになったのか。
「僕が誰かって?いやだなあ、ただのしがない魔術師だよ」
嘘だ。そうニコは確信する。そもそも初めから違和感は付きまとっていた。ライルに話しかけてきたこと。それにライルがさして反発しなかったこと。
過剰すぎるほどに他者に厳しい彼が、この女には悪態をつく程度にしか反応せず、同じ席に勝手についても嫌味こそいえ、手を出そうとはしなかった。女だから?彼がそんなことを気にしたところをみた覚えはない。どさくさ紛れに盗賊に襲われた人間の女を射殺して、荷物を奪うくらいには荒んでいる彼が、気にする筈はない。
自分もそうだ。『今も』彼女に不快感を抱かない。
気付いたのはつい先程、女がはっきりと魔術を行使したからだ。耐性が高かったために、ニコは抵抗することができた。空虚な表情を浮かべるライルを横目に、警戒を強める。
ニコが見たことのない手練れだ。戦いとは違う、相手にそもそも戦意を悟らせない戦い方。未知の脅威に、危機感を募らせる。だというのに、警戒するそばから警戒心が抜けていく。
まるで、無意識に害意がないと思い込まされているような。
「ん―――かわいいね。何も取って食おうなんておもわないさ。ちょっと君達が気になったから話しかけてみただけ。ま、何か情報が取れたらなぁって思ってはいたけどね。ほら、言ったでしょ?知識は力だって」
女の舌が、嬲るようにニコの頬を舐めまわす。女の小馬鹿にしたような目が、ニコを突き刺す。
なんなんだこの女。さっきとまるで違う。
表情も態度もまるで別人だ。どちらが女の本当の姿なのか、まるで判別がつかない。
君の悪さと恐怖が無理やり中和される違和感に耐え、ニコをじっとしていた。
冷や汗と痙攣が止まらない。
「あはは、まあ明日また会いましょう。私もちょっと用事があってね。傭兵として戦場に出るんだぁ」
女がニコの頭を撫でる。
またね、と言って去っていった。
―――喧噪が蘇る。音を断っていたのだろう。いつのまに、とはもう思わない。あの女なら、気付かれずに魔術の行使も可能だろう。
ん?と相棒の声がする。
魅了が解けたのだろう。
なんでもないよ、とニコは笑って言った。
そう、なんの問題もない。
性質の悪い敵からは、僕が守るばいいだけなのだから。
◇
「あ?どこかに入れ?」
ライルが聞き返す。他意はなくとも、威圧的なのはいつものことだ。
……傭兵が根無し草というのは間違ってはいないが、全てではない。行く当てのない者たちが身を寄せる場所ではあるが、普段農地を耕す者達が、金を稼ぎに戦地へ赴くというのは決して少なくない話だった。
そうすると、いくつかの村で纏まって動くという動きが出てくる。顔見知りの方が動きやすいためだ。
そしてこれは、農民に限ったことではない。自然徒党を組んで動く者達が出るのは至極当然の流れだった。
傭兵というのは基本的に一人では動かない。一定の集団で集まり、纏まって動くのが普通だ。
戦う人間だけに限らず、その男にくっつく女というのも必要だ。洗濯や食事、裁縫等々、男だけでは回らないことは多いのだ。装備の補充や整備といった、軍隊でいう後方担当の作業もまともに行えば相応の時間がかかる。
だが、言ってしまえば社会の爪弾きな彼らに、そんなことを考えられる者など多くない。
だから、否応なく人がいるのだ。荒れ果てた村で、食うに困る女や、その荒らした村で連れ去られた女といったものが。そうして、悲喜交々入りみだり、彼らは一つの集団となって動いている。
「ええ、こちらとしても、統制が取れないと困りますので」
淡々と中年の男は言う。
面の厚さに比例するかのようにでっぷりとした腹が印象的だ。
「一応登録はしておりますが、二人となりますとやはり問題がございまして……どこかの団にはいり、そこから仕事を請け負っていただくというのが規則になります。」
「面倒くせぇ」
「規則ですので、もし従っていたただけないのでしたら、給金を支払いかねます」
「ちっ、どこに入れってんだ」
ここに来たばかりで、知り合いなぞ昨日絡んできたうるさい女くらい。傭兵団の知り合いなぞ一人もいない。
「はっは、やっぱりそんなことだと思ったぞ、坊主」
……一人、いや二人ほどいないわけではなかった。
心証はともかくとして。
「こいつらはこっちで引き受ける。それで問題ないか?」
「ええ、あなたでしたら問題ありません。よろしくお願いします。では、手続きの方を……」
「ああ、わかった。そういうことだ、よろしく頼むぞ坊主」
わざとらしいくらいに快活な笑みだろう、口角を歪めたその竜人の顔に思いっきり魔力弾を放ってやりたい。
「勝手に話を進めるなおっさん」
「そういうな、お前さんくらいのじゃじゃ馬、どこだろうと扱い兼ねるだろうさ。ここは黙って俺のところにつきな。なぁに、悪いようにはしないさ」
黙って天引きされたら、何されるか分かったもんじゃないしな、とその竜人は肩をすくめる。
なんのことだかよく分からないが、竜人の言い方からすると、悪い方には転がらなそうだ。
とにかく、金を稼ぐ必要があるのだ。
そのために傭兵になったのだから。
それに、とライルはちらとニコを見る。
黙ってうんうんと頷いていた。
この竜人のそばで戦えるというのなら、それはいい糧になるだろう。
強者の戦いを見れば、何らかの形で参考になる。
そう思い、ライルは頷いた。
◇
戦場へ、傭兵達は赴く。
その様は例えるならば、騒がしい蟻の群れ。
列をなして歩んでいく姿は正規軍とは違い、非常に色とりどりだ。
どこから持ってきたのか分からない、薄汚れて錆びた鎧に、サイズの合っていなさそうな兜をかぶった傭兵。
ろくに防具もない粗末な衣服に錆びた茶色くなった兜をかぶり、盾代わりなのか板切れを背中にしょっている傭兵にも見えない男。
逆に筋骨逞しい肉体に艶のある鎧を着こむ男や、兜に何の鳥だろうか、色とりどりの羽を取り付けた者。
玉が混じっているのか、どこかの部族の装飾品か、じゃらじゃらと鎧に引っ付けた動く展示品のような姿。
武器もまた様々だ。一般的な剣に槍、弓から、メイスやモーニングスター、斧槍に弩、杖に斧、ナイフがなんの統制もなく雑多に皆が持ち、その合間を縫うように良く分からない装備をした者達がいる。そして各々誇るように掲げる紋章が刻まれた旗。
妙に小綺麗な者と、絵に描いたような傭兵達が入り乱れる。
それは人間だけの話ではない。亜人と一括りにされる者達もまたばらばらだ。
背丈が違う。
並みの人間の倍近い、掲げられた旗の先端に届く背丈から、腰程度にしかない者までばらばらだ。
耳の形、色、模様が違う。
尻尾の形、長さ。
人間に近い皮膚の者、毛深い者、羽の生えた者。
装備は勿論、人間とはそも生命としての規格が異なるのだという光景が二人の前に広がっている。
本当に、様々なのだ。
纏まった金があり、いい装備を手に入れた者。
そうした者達を戦場で殺して奪った者。
金も実力もなく、貧相な装備で上手く立ち回る者。
ふてぶてしく、確実に稼ぎを得ようとする者から、貧相な装備で一財産稼ごうと夢見る新入り。
ごった煮のような、混沌とした光景が広がっていた。
こうした群れの中、ライルとニコも馬車を引き連れ、道を行く。
野盗から奪った馬車に多くの荷を積むことができ、まとまった食料に水、寝床に移動手段が確保できたのが大いに助かる。彼らに会えたら、感謝の言葉の一つでも言いたくなりそうだ。
長蛇の列を、馬上に見つめる。
この蠢く巨大な群れの中では、自分たちも一匹の蟻にしか過ぎないような錯覚を抱いてしまう。
……やはりと言うべきか、竜人は一つの団を率いていた。特に名乗る名前はないらしい。
「取り敢えず、俺の名前くらいは覚えておけ。ここではロアーと名乗っている」
そばにいた竜人をおっさんと連呼していたためか、呆れたような顔をされた。
「『名乗っている』って……偽名かよあんた」
「皆似たような者さ、大なり小なりな。」
当たり前のように偽名を名乗る男に呆れを覚えるが、ロアーが言うには別段問題になることではないらしい。そもそも元いた場所にいられなくなった者達が多く集まる性質から、いちいち気にしてもいられないのだとか。
「このご時世、人のいなくなった村なんざ珍しくもなくてな。丸ごと村が消えるならともかく、都市が一つ潰れると出生記録そのものがお亡くなりになるなんてことも良くあることさ。だから、誰も気にしやしないのさ。それよりは、しっかり敵をぶっ倒せってことだ」
「……人間の、村が消えるのか?」
「ああ、そうだ。」
ロアーは言った。
別に人間の村が丸々消えることは、珍しくも何ともないと。人間を支配している貴族のお方々は、下の人間を気にすることなんかないと。
「人間同士もよく潰しあうし、俺たちがぶっ潰したこともある。そういう依頼も良くある話さ。」
楽しくもなんともないが、物資の補給には丁度いいと、ロアーは言った。
その表情からは、なんの感情も読み取れない。本当に、何の興味もないのだろうか。
「……」
人間同士で争うのか。
ライルの胸中に疑問が沸き立つ。
村では横柄な人間が好き勝手していた。どうみてもただの雑魚にしかすぎない、飽食の果てに突き出た醜い腹の役人と名乗る人間達が。
自分たちを見下しているからだと思っていた。人間がエルフや獣人といった亜人を見下すからそうするのだと。
だが人間同士で争うことは、そんなに当たり前のことなのだろうか。
喧嘩は村でもあったし、人間の汚さはよく見ているつもりだ。
人間の野盗が、人間の女を襲っているのも見た。
人間同士でも争うことはあるだろう。
―――言い方だ。
違和感に気付く。
『よくある話』とロアーは言ったのだ。
それでは、人間同士で殺しあうのが良くあることのようではないか。
しかも『依頼』と言っていた。
一体、どこからだ。
―――ロアーの団の者達とは、一通り面通しをした。
一目みて、強いと思った。村の大人達と比べては分からないが、少なくとも自分よりは。
『おっさん』と比べられるのは、ロアーくらいだろうか。自分は文字通り遊び相手にしかならなかった自覚はあるので、具体的にはわからないが。
何かの獣の血を引いているだろう獣人達。竜人は、ロアー一人だった。
それと飯炊きなどをする雌が数人。
合計10人程度。
少なくとも、自分が会った人間達では叶うまい。ヴェルン公国にくる途中で会った野盗では、嬲られて終わりだ。
「なあ、依頼ってのは、人間からのか?」
「そうだ」
「どこからだ?」
「依頼人の名を伏せるのは、仕事を受ける際の常識だぞ坊主」
「ライルだ、坊主じゃない」
そういうと、ロアーは小馬鹿にした笑みを浮かべた。
苛立ちが沸く。だが、それは後だ。
「言える範囲でいい。教えてくれ」
そういうと、ロアーは少し驚いた様子だった。
だが、少し間を空け、面白そうな笑みを浮かべると答えた。
とある高貴な生まれの方からの依頼としか言えないと。
なんだそれは。
ライルは呆然とした。
高貴な生まれなぞ、人間の支配階級。つまりは王なり貴族なりだ。
そういった者達の依頼でロアーは人間の村を潰したのだと。
何故人間が人間の村を潰すのだ?
争うのなら、戦う覚悟のある者同士で勝負をつけるのではないのか?
村を潰すこと自体が目的なのか?
困惑が、広がっていく。あまりに理解できないことが多い。
幼い頃、人間の魔術を放ったことを咎められた時を思い出す。
不貞腐れる自分に何ともいえない表情を浮かべた大人達。
『じきに分かる』
そう言っていた。
―――煙の臭いが鼻につく。
何かを煮込んでいるのだろう、料理の臭い。
それに混じる炭化したのだろう、墨の臭いだ。
だがそれだけではない、
ここからでも、感覚が鋭敏な自分達には分かる。
「もうそろそろ、前線基地に到着だ。ようこそ二人とも―――戦場へ」
慣れ親しんだ、殺し合いの臭いだ。