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人外闘争伝   作者: HR
14/16

斡旋所

七転八倒としか言えない状況ですが、完結を目指して。

プロット的にはまだ三割に届いていない。

描いたキャラクター達を最後まで走らせたい。

熱狂の渦は、未だ絶えず周囲を焦がした。

 一人の人間を中枢に据え、人間、亜人問わず熱を帯びた感情が空間を埋める。歓声と怒号が響き渡る中、ライルは辟易とした様子で酒場へと足を運んでいた。


 一体、なんだぁありゃあ。


 ライルにしてみれば、今までの常識が覆るかのような光景だった。


 ヴェルン公国。大貴族ヴェルン侯爵の治める国であり、数少ない本当の意味で人間と亜人が平等な国と聞いていた。その風聞が確かなものなのだろうと、先ほどの光景は実感させるに値するものだった。人と亜人が肩を並べ、一人の男の話を聞く。それすらも自分の暮らしていた所ではありえなかった。人間は亜人を見下し、亜人もまた人間を嫌った。人間というのは屑だと教わっていたライルにとって、新鮮そのものであった。


 だがまあ、それこそ願ったりだ。


 驚愕がライルの意識を満たし、それに次いで混沌とした感情が押し寄せる。

 森に暮らしながら、近くに現れる盗賊や旅人を襲い稼ぎを得るような生活にはうんざりしていた。限界に達していたと言ってもいい。自分たちのしていたことは追剥でしかないことは理解していたし、このままでは惨めなままだということも自覚していた。罪悪感というものは、一欠けらも抱いてはいなかったが。

 喜びに怒りと憎しみが混ざり、名状し難い、強いて言うならば渇望とでも言おう感情がライルを満たす。

 嘗て受け続けた侮蔑、嘲笑。卑屈に這いつくばる日々。


暴力。

衝動。

憎悪。


ここから、始めるのだ。

ニコと共に、もう一度。

全て――――



 


 「あ、あの・・・やめて下さい!」


 「だからよお、何も取って食おうってわけじゃねえって。ちょっと酌をしてくれりゃあいいのよ」


 「で、ですから僕はそんな――――」


 「可愛いねえ!エルフの嬢ちゃん。おじちゃんムラムラしちゃうよ!」


 下種としか思えない品のないだみ声に、慣れ親しんだ弱気な声が微かに漂う。未だ視界には入らずも、優れた聴覚は相棒がトラブルに巻き込まれたことを感知する。

 内心舌打ちしながら酒場へと走ると、案の定相棒――ニコが人間の男に付き纏われていた。おどおどした様子のニコに、下卑た顔を紅く染めた男たちが詰め寄っていく。


 「な、仲間を待っているので辞めて下さい!それに僕は男ですし・・・」


 「男ぉ?おいおい、そんな可愛い顔と声で、嘘をつくのはちょいと無理があるんじゃないのかなぁ」


 「そおそお。ちょいと髪が短いからって、おじちゃんの目はごまかせないんだよねえ」


 「っ!?さ、触らないで下さい!」


 酔漢達が、ニコの肩は髪をべたべたと触れる。アルコールの臭気が混じった口臭が不快だったのだろう、ニコはいやいやと身を捩る。


 「いい加減にしろや糞ども」


 このような胸糞悪い光景を見せられて、黙っていられるほどライルは温和ではないし、愚かでもない。ただでさえ人間だというのに、しかも酒で己を見失った者達はどうしようもないというのが世の常だ。怒気を孕ませながら、ライルは男たちを睨みつける。


 「黙っていればつけあがりやがって・・・痛い目に会わねえと分からねえのか、ああ?」


 黙ってやられていれば、相手は更につけあがる。自分より弱い相手に、人間はどこまでも屈服を迫りくる。生まれて十数年の日々が、そういった考えを確信に至らしめていた。

 男達を睨みつけると、次いで迫られていたニコへと視線を向ける。


 「お前もだニコ。いつも言ってるだろうが、ウジウジするなって。それが相手をつけ上がらせるって俺はいつも言ってるぞ。いい加減どうにかしろよ」


 「う、ごめんライル・・・でも僕は・・・」


 ライルの怒気は収まり、呆れたような口調へと変わる。ニコはいつものようにごめんと謝った。

 相変わらずだと、ライルは思う。自分は魔術師として確かな腕だと自負しているが、ニコとてかなりの腕なのだ。守りに徹すれば自分でも打ち破るのは困難であるし、攻撃魔術も決して弱いものではない。少なくとも、人間の下手な魔術師では相手にならない程度には。


 こんな人間程度、追い払うのは容易いはずだ。牽制程度の風の刃を飛ばして、誰かの手首を切り落としてしまえば慌てふためいて逃げていくだろうに。

 まったく、ぬるい奴だ。


 「おいおい、これまた美形じゃあねえか」


 「へへ、わざわざ来てくれるとは嬉しいねえ」


 ・・・本当に、胸糞悪くなる奴らだ。


 ライルが男達を睨みつけようと、思考の鈍麻したこいつらでは大して意味はないらしい。確かにライルとて、容姿は中性的で整っており、華奢な肢体は男性的なものを感じさせない。だがその双眸に宿る怒気は確かであり、そもそも全体的に暴力的な雰囲気を纏っているのだが、体しか見ようとしない人間では察する能力も持ち合わせていないのだろうか。


 先ほども酒場で同じような目にあっていることもあり、ライルの機嫌は急降下。

 亜人だからというのではなく、そもそも自分たちの容姿に問題があるのでそれもまた苛立たしい。こんな糞どもに気に入られるなぞ、腹立たしさしか湧きはしない。


 構うことはないと、ライルは拳に魔力を集中させる。こんな奴らの相手をしている暇はないのだ。さっさと叩きのめして斡旋所を探さねば食うにも困る。腕の一つや二つ、切り落としてやろうと術式を脳内で構築し、今まさに放たんとしたその時だ。


 「俺の店の前で騒ぐなって言ってんだろうが!!叩き潰すぞ手前ら!」


 鼓膜を揺さぶる怒声が耳を襲う。間近で発された音の波動は、感覚の鋭いエルフにとっては酷なものだ。耳を押さえ、しかめっ面になりながらニコを見れば、同じように呻いていた。酔漢も頭を抱えていた。


 「遊びたければ娼婦と遊べっつってんだろが糞ども!少しはその腐った頭を使いやがれ!」


 どうやら、人間でも俺と同じような考えの奴はいるようだ。

 それだけでもこの国に来た甲斐はある。

 そう思い、ライルは薄く笑みを浮かべた。



 ◇



 「すまねえなあんたら。ここに来たばっかりだろうに、馬鹿な奴らと関わらせちまった」


 男の意外な言葉に、ライルは驚いた。

 人間が、エルフである自分に謝る。

 それは、今まで絶対にあり得ないことだった。死にかけ、惨めに這いつくばっているために命乞いをするというものはいたが、こうして平時(戦争中だが)にそのような言葉を聞けるとは考えてもいなかった。


 「・・・どうして俺達が新参だと?」


 とはいえ、そのようなことで感動している暇などはない。相手が対等に相手をするというならば、こちらもそれに従えばいい。見下してくるならばそれに見合った対応をすればいい。無論、警戒を解くことはできないが。


 「あんた達みたいのがいれば、いやでも目立つさ。仕事柄、そういった情報には早いんでね」


 そういって笑う姿は不気味だった。先ほどの男よりはましだが、脂ぎった顔立ちにどこか好色な視線を感じたからだ。ライルにとって珍しいことではなかったが、森にくる兵士達とはまた異なる雰囲気が警戒心を抱かせる。


 「俺達が、目立つのか?他にも亜人はかなりいるようだが?」


 「そりゃあそうさ。これだけ綺麗なエルフは、そう会えるもんじゃあないからな」


 どうやら、自分達の容姿はこうした場所でも目立つようだ。

 顔が体がとそればかりを見る人間には相変わらず辟易するが、入国したばかりでこれなのだ。避けられない問題なのだと諦めるしかないだろう。――――納得は決してしまいが。


 「そうか。それより、傭兵の斡旋所を探しているんだが、この近くか?」


 面倒事は御免だとライルは話を変えることにした。都市で暮らすならば、金を得なければ生活はできない。盗賊紛いのことをしていたために、そういったことはよく理解していた。


 へっと、男の顔が驚きに歪んだ。その表情がライルに不安を掻き立てる。傭兵としての戦力ならば、亜人である自分の力はどこも欲しがるはずだ。それなのに予想外だと言わんばかりの表情は、何か自身の知らない事情があるのだろうか。


 「傭兵・・・?あんた、戦場に行くのかい?」


 「この時期に来る連中は、傭兵か商売人のどちらかだろう」


 男の問いにライルが答えると、男はいや、だがと言葉を濁す。

 やはり、何かあるのだろうかとライルは思った。種族全体として高位の魔術師である自分達は、様々なことをこなすことができる。力仕事こそ苦手だが、魔術に関することならライルも自信を持っているし、手先も器用だ。人間の代理で精緻な術式を書くことも容易に行える。


 もしかしたら、とライルは黙考する。自身が誰かの密命を帯びて行動しているのではと相手は疑っているのではないか?エルフというのはただでさえ数が少ないのだ。そもそも人間と関わる亜人はそう多くなく、エルフと言えば傲慢だというのが人間の考えだと聞いたことがある。だとすれば、こうしてエルフが戦場に出るということが異常で、それは嘘、あるいは何かの策略があってのことだと考えているのかもしれない。


 だとしても、自分達にはそういった裏などない。それゆえに何もごまかすことなどない。疑われても、堂々と押し切れば問題はないだろう。


 ――――そこまで考えていたのだ、次のライルの行動は苛烈だというのも、少しは許されるはずだ。


 「いやあてっきりよ、貴族様の妾にでもなりにきたのかと思ったぜ」


 「糞が!」


 怒りにまかせて放たれた蹴りは、小石を蹴飛ばしたかのように容易く男を吹き飛ばした。その衝撃は華奢な体とは対照的に激しく、男は近くを通った荷馬車の中に叩き込まれる。中の荷が藁であったのが幸いだろう。肋骨が何本か折れただろうが、死ぬことはあるまい。


 「行くぞ、ニコ」


 驚愕した目で自分を見据える相棒を気に留めることなく、ライルは馬車に飛び乗った。






 ――――つくづく、人間という存在は不愉快だ。


 それは、ライルにとって依然として変わらない感情。

 故郷にいた日々を思い出しても、目に映るのは横暴なくせに弱くて卑怯な連中だということしか頭には残っていない。森の中で細々と暮らす生活で、奪えるようなものはないというのに何かと徴収だといって押し寄せてきた覚えがある。


幼心にその勝手な振る舞いには腹が立ち、一度風の魔術で吹き飛ばしたことがあった。すると彼らはあっさりと吹き飛び、木々に叩きつけられた。その時には驚いたものだ、人間というのは大したことがないじゃないかと。次いで疑問に思ったのだ、何故大人達はこんな奴らに従っているのだろうかと。


その疑念は、幼いライルにとって当然のことだった。

大人達に驚かれる程に活発な彼だったが、それと同時にその身に宿した魔力も幼子としては破格といってもいいものだった。だが、破格といえどあくまで幼子の内。大人相手には手も足も出なかった。


なのに、とライルは思った。自分より遥か上の実力を持つ大人達。それが従う人間という存在はこんなにも弱いのだ。エルフの中で弱小の部類に入る自分が力を振るえば、簡単に倒せる程に。

分からなかった。


何故大人達が、こんな連中に従っているのか。

知らなかった。

人間という種族が、どういうものなのか。

気付いた時には、全ては遅すぎた。





 別の酒屋へ行き、斡旋所の場所を聞くことにした。やはりというべきか、自分達の姿は目立つらしい。故郷では当たり前の姿だが、今まで殺してきた奴らの反応も似たようなものだった。こういったものはどうしようもないが、馬車で道を進むだけで一々凝視されるのは不愉快だった。


 通りを進み、いくつかの路地を曲がると酒場らしき場所があったので入ることにする。面倒事に巻き込まれたら困るので、今度はニコも連れていく。馬車の番がいると言われたが、先ほどの光景を見てしまえば大した意味はないと言うと押し黙る。ちょうどいいのでそのまま一緒に店へと入った。


先ほどの店と異なりかなり干からびた感のある店だ。石壁はぼろぼろで、今にも崩れそうにも見える。だが――と、ライルは感じ取る。店の中から漂う魔力の気配を。


 煤けた木製の扉を開ける。感知の魔術であろうか、小さな余波が店内を駆け巡る。

 かつかつという足音と共に、奥から現れたのは一人の老婆。


 「おやぁ、これは珍しいお客さんだね」 


皺だらけの顔に笑みを浮かべて、老婆はしわがれた声を発した。


 「斡旋所を知りたい。どこに行けば傭兵になれる?」


 ライルは簡潔に要件だけを言った。老いぼれた肉体には不釣り合いに強大な魔力。少なくとも、人間ではあるまい。


 「エルフとは、随分珍しい。しかも・・・かなり若そうだねえ」


 老婆の浮かべた笑みに不快感を感じ、ライルは苛立つように声を荒げた。


 「どうでもいいだろそんなこと。さっさと言うこといえ」


 「おやおや、このエルフは礼儀ってものを知らないらしい!傲慢な奴は珍しくもないが、短気な奴は初めてみたよ!」


 「てめえっ」


 苛立ちが募る。小馬鹿にしたような態度が気に入らない。若いからって馬鹿にするのか。軽く吹き飛ばせば言うこともきくだろうか。いやぁそうに違いない。ならさっさとやって――――そう思った時だ。


 あ、あの――――と、おずおずと声を発する者がいる。誰なのかはいうまでもなく、ライルの相棒であるニコだった。


 「ぼ、僕達傭兵になりにこの国に来たんです。どうか斡旋所がどこにあるのか教えていただけないでしょうか?」


 おずおずと、しかし真摯に。ニコの態度は舐められ、相手につけ上がらせる原因を与えるようなものだ。しかし、この場合はそれが役にたった。


 「おや、こっちの坊やは随分と礼儀正しい。立派なもんだねぇ」


 なんのことはない。ライルの物言いは、相手に不快な印象を与えるものだ。暴力的な物言いは、交渉を優位に進めることもあるが、必ずといっていいほど反感を生む。実力差があり、相手がそれに屈するならば問題はないが、そうでないならば、容易く衝突の道を歩むことになるだろう。

 絵にかいたようなでこぼこコンビ。それが、ライルとニコである。



 ◇



 話し合いは、ニコが担当することになった。


 ライルに対し、老婆が小馬鹿にするような態度をとるために話が進まないのだ。

 しかし、彼の物言いにも大いに問題があるのは言うまでもない。

 憮然とした表情のまま、ライルはニコと老婆のやり取りを遠目に見ている。


 「・・・そうなんですよ。つい最近森から出てきて、目新しいものばかりなんです」


 「おやおや、それにしては随分としっかりしているねえ。この辺りの連中の方が、よっぽど汚らしいよ。随分良い親がいたようだ」


 「あはは、親というか、森の人たち皆が家族みたいなものですから」


 「なるほどねえ、向こうはそうやっているのかい」


 全く、なんだそののほほんとした会話は?


どうしてニコはそうのたのたしていられるのだ?

決まりの悪い、苛立ちともつかない感情を胸に閊え、ライルは窓の外を見る。埃を被った硝子を通してみる景色は濁っていたが、道を歩く人々の姿はそれでもなお良く見えた。先ほどの広場程ではないが、獣のような耳、獣と同じ顔をした者は珍しくない。服装も、革製のぴちっとしたものから布を何枚も掛け合わせたようなものまで様々だ。中にはトラの皮を被った輩までいるが、それを気にする者もいない。


本当に、亜人と人間が暮らしているのか・・・


やはり、不思議な光景だ。当たり前のようにある、非日常の世界。故郷では有り得なかった光景が、目の前には何気ないものとして転がっている。


 望んできた筈なのに、落ち着かない。そんな雰囲気を、ライルはこの国から感じていた。

 老婆と話すニコを見る。普段のおどおどした姿ではなく、穏やかで理知的な雰囲気を纏わせている。そういえば、とライルは思い出す。


 ああして笑っているのを見たのは、故郷を抜けて以来始めてだと。


 「ライル、斡旋所の場所は分かったよ。・・・そろそろ行こうか」


 「ん?あ、ああ・・・」


 ニコの言葉に、漫然とした思索を止める。どうやら、もう話は済んだらしい。

 店の様子を見るに、酒場ではなかったらしいが、場所が分かったなら問題ないだろう。

いつもこうして笑っていてくれるならば嬉しいが、世の中そう上手くない。何か言いたげな表情をしていたが、黙することにする。


 「じゃあな、婆さん」


 「ちっとはまともな言葉遣いを覚えてこいよ、坊主」


 「へいへい」


 年寄りの諫言は、聞き流すほうが無難だろう。





 「ところで、ニコ」


 「なんだい?ライル」


 斡旋所へと向かう道中、ふと気になってライルは尋ねた。


 「あの婆さん、一体何者なんだ?随分強い魔力を持っていたようだけどよ」


 「ああ、そのこと?」


 ニコは爽やかな笑みを浮かべた。


 「ハーフなんだって。人間とエルフの」




 「ハーフぅ?んなもん聞いたことねえぞ」


 ハーフエルフという存在。それに、ライルは訝しげな顔を浮かべた。

基本的に、異種族間でも交配は可能だ。しかしその種族は限定される。母親がエルフならば、人間の種を植え付けられようと生まれてくるのはエルフの子だ。

その逆もまた同じ。可能性は低かろうが、例え子種がエルフであったとしても、母体が人間ならば生まれてくるのは人間のはずだ。少なくとも、彼はそう教わった。


「最近は、少しずつだけど増えてるらしいよ。あのお婆さん、肉体は人並みだけど、魔力は僕たちよりらしい。ほら、だからああやって術が張られていたんでしょ。人間じゃあ、あれほど細かいのはできないよ」


 「まあ、そりゃあそうだろうが・・・」


 手先の細やかさと魔術式の緻密さは深く関わる。細かな配置を考慮することで、式の強固さや柔軟性は大きく左右されるのだ。馬鹿力ばかりで不器用なトロールやオークなどには決して編み出せはしないし、人間でもかなりの訓練を積まねば式の構築は難しい。

 加齢により体の自由が効かなくなった状態だというのを考慮すれば、あの老婆がハーフだということもおかしくはないかもしれない。


 ――――ハーフねぇ。


 なんとも言えない違和感を感じる。数少ない同胞ともいえるエルフは、お互い協力しあうというのが当然らしい。森を出てから他の仲間に出会ったことはないが、中にはああいった半端者もいるのだろう。


 薄汚い人間と、同胞の混血。

 その二つが混じり合った存在に、自分はどう接すればいいのだろうか。

 仲間なら大事にすればいい。

 敵ならば潰せばいい。

 では、その両方が混ざった者には――――?


 石畳を進む馬蹄の音を聞きながら、ライルは言葉にできない感情を抱いた。






 斡旋所は、広場から程近い場所にあった。

 広い場所に大々的に傭兵を集めるのかと思ったが、実はそうでもないらしい。一度登録だけをして、それから場所を告知し指定された場所へ赴くというのがヴェルン公国における斡旋方式なのだとか。


 ライルは堂々と、濁った瞳にぎらついた気迫を乗せて斡旋所の連中へと睨みを聞かせる。というのも、やはり自分たちは少々毛色が違うというのがライルから見ても分かるからだ。


 周りには自分たちのように小柄な者は殆どいない。いたとしてもドワーフのようながっちりとした体型だ。線の細い者がいても、それは戦いへと赴くために引き締められたものであり、ライルとニコのように華奢といえるものではない。


 男たちの、好奇の眼差しが二人を襲う。


 気配に敏感な二人は、先ほどまでの下卑た視線とは違うと感じた。欲に塗れた視線がないわけではないが、それよりも自分たちを見極めようという気配が強い。


 ――――舐めるなよ、くそども。


 こういった手合い、自分たちを見定めようとする者たちへのライルの考えは至って単純だ。睨みをきかせ、自分たちが上なのだと誇示し、屈服させる。黙っていてそうなるならばそれでよし。だめならば、力を振るう。それだけのことだ。


 「――――っとぉ、ガキがこんなところに何の用だい?」

 

 男が一人、前に立った。

 細身の、若い男だ。なんとも言えないにやけた顔に、左手には紫煙を上げる煙草が握られている。

 恐らくは――――人間。周囲に当然のように入り混じる亜人たちと、毒の臭気にあてられてはっきりとはしないが。


 「悪いことはいわねえ、さっさとお家に帰って、ママのおっぱいでも飲んでな。可愛い僕ちゃんたちには、それが似合いさ」

 

 「あ、今なんつった?このカス野郎」


 「ママのところに帰れって言ったのさ、坊や」


 無言の圧力。それは両者から巻き起こるものだ。

 ライルは幼いとはいえ、その魔力は誰が見ても一目するだろう力強さを宿している。ましてや、はっきりとわかるように右手に集中しているのだからその危険性は明らかである。


 だが、この男は飄々とした態度を崩さない。


 にやついた笑みはそのままに、体からは無駄な強張りを感じられない。それは危険を認識していながらも、なんらかの対策を練っているということだ


 苛立ちが、ライルの激情を加速する。


 なんのことはない。黙らせるには力を示すのが一番だ。そのためならば、多少の流血は当然のこと。挑発してきたのはあちらの方なのだから、いくらでも言い訳はできる―――!!


 ……無論、それはライルの傲慢である。


 男の言葉は、挑発といえなくはない。だがそれは、相手に殺意を抱かせる程の内容なのかというと、決してそのようなことはないのだ。刃傷沙汰になれば、罪を問われるのは無論ライルである。だがそれを理解するほど、ライルは社会というものを知らなかった。気に食わない者とは自分達を殺そうとするものか、売り飛ばそうという屑のみ。それ以外の存在を、ライルは知らなかった。


 だから、ライルは躊躇わなかった。

 容赦なく、男の命を奪わんとする。一瞬、男の笑みが歪み、体を動かさんとしたその時だ。魔力を開放しようとしたその瞬間。


 ―――ライルの右手は、ざらついた何かに、覆うように掴まれた。

  

 「てっめえ……!?」


 邪魔されたことに苛立ち、掴んできたそれが誰かの腕だと認識する。それと同時に相手の顔を見んとしながら拳を振り上げ――――ライルの顔は固まった。


 その顔立ちは、掴まれた感触と比べれば意外にも人間に近い。戦火を生き延びたためか、戦士の常か、顔には細かい傷が見て取れる。間近で見たためにはっきりわかるその力強い眼光は、並大抵の者では萎縮してしまうだろう。事実、ライルはその瞳を見た瞬間体を強張らせた。


 ――――竜人。


 亜人の中でも数が少ない、蜥蜴人の上位種と言われる存在。

 寂れた茶褐色のコートを身に纏ったその男は、ライルの右手を容易く押さえつけていた。殺意を込めたその右手を握りしめながら、僅かの痛痒も疑えない。鱗に覆われたその強靭な肉体は、魔術にも耐性を得ているのか。


 「落ち着け、坊主」


 「っ……あぁ!?ざけんじゃねえぞ手前、この離しやがれ!!」


 ライルは男から離れんとするが、膂力が圧倒的に違うのかぴくりとも動かない。苛立たしげに男を睨み付けるが、鋼鉄のような瞳から読み取れるのは呆れの感情。


 「お前も、その手に握っているものを離せ。ここで殺しあうつもりか?」


 「別に、そういうつもりはなかったんですがね。その餓鬼、あっしの思っていた以上にいかれてやがるんで。お灸を据えるくらいは構わないでしょうや?」


 「その得物でか?」


 じろりと、竜人から剣呑の気配が立ち上る。それを察したのか、男は呆れたような仕草をした。


 「へーへー。わかりやしたよ。別に旦那に喧嘩を売るつもりはないんでね。けどそこまでいうなら、その餓鬼どうにかしてくださいや。味方を殺そうとする奴なんざ、誰も信用せやしませんぜ」


 そう言うと、男は去っていった。


 「全く、何を考えているエルフの小僧。たまたま俺がいたから良かったものの、それを解放しようとするなんて自殺願望でもあるのか?」


 緊張がほぐれ、周囲に喧噪が戻ってくると漸く男は掴んでいた腕を離した。それと同時に話す表情には、どことなく柔らかさが滲み出る。

 

 「っち、うるせえよ」


 相変わらず口が悪いものの、ライルにもいくらか余裕がでたのか、どっかりとその場に座り込んだ。大人しく――――とは言えないが、ライルが竜人の言うことに従ったのにはもちろん理由がある。それは周囲の視線を気にし、己の行動を恥じたからでは勿論ない。


 勝てない。


 それが、ライルがはっきりと理解したことだった。

 この男には、地力の差は勿論、不意を突いたところで返り討ちに会うことが目に見えている。

掴まれたその瞬間まで、まるで気配を感じなかった。一目見た瞬間勝利を諦めてしまう程の覇気を持つ相手だというのにだ。


それは、気配の断ち方もライルより相手が上手ということを意味する。


 悔しさを抑えきれず、自然、歯ぎしりしてしまう。

 奇襲、不意打ち。それらはライルにとって十八番といえるものだった。

 単純な膂力は仕方ない。エルフの筋力なぞ、たかが知れている。

 身体の技巧も、悔しいが構わない。いずれ年月を経て、鍛え上げてやる。

 だが、自分を生き延びさせたといっても過言ではない分野で負けるとは、それもこんな筋肉達磨に!


 「あの……す、すみません。仲間がご迷惑を」


 ニコがわざわざ竜人に謝る。自分のせいだと嫌でもわかるため、何も言えない。ただ怒りで竜人を睨みつけるだけだ。


 「ああ、まあ、気をつけな。新参だからと、ここでは誰も甘くはないんだ。事情はお互いあるだろうから、別に帰れとはいわないさ」


 実力も大体分かったしな、と竜人が続ける。


「とはいえ、ここに集まったやつらは全員味方なんだ。多少の諍いはともかく、殺し合いになるようならば、こちらも手段は選べない」


 一瞬。

 刹那の間に浮かべた冷徹な瞳がライルを貫く。それだけで自分が負けたのだと否応なしに悟ってしまった。


「……ちっ」


悪態をつくだけで、精一杯だった。




いたたまれなくなったのだろう、急いで登録を済ませると、二人組のエルフが立ち去っていく。

それだけで場の空気が弛緩し、緩やかになる。


「やれやれ、とんでもねえくそ餓鬼が来やがった」


ためらいなく椅子に座り、机に脚を投げ出しそうぼやくのは、エルフに突っかかっていった男だ。


「お互い様だ、グリー」


「ちょいと待ってくれ旦那。俺は良かれと思ってやったんだぜ?あんなガキがいたところで碌な目には合わないって、皆分るでしょうが」


旦那と呼ばれた竜人の忠告に、男―――グリーはぼやくように言う。

実際、グリーの言っていることは間違いではない。一目みればわかる華奢な肢体、殺気に満ちていてもなお分かる整った顔立ち、野蛮な男達の世界には、あまりに非力だ。

少なくとも、見かけだけは。


「あの若さで、大した魔力だ。あの一撃を喰らったら、皆仲良く挽肉だろうさ、そのぐらいは分かるだろう?」


「え―はいはい、嫌でも分かりますよ。頭のいかれたクソガキだってことがね」


まあ、あんた一人だけなら何ともないんでしょうが。


憮然としたグリーの表情に、竜人は苦笑する。


「ああしなければ生き残れなかったんだろうさ、悲しいことだが。あの調子じゃこちらの流儀に従ってくれるか疑問があるが、まあどうにかするしかない」


まるで針鼠だと、竜人は思った。それもとびっきりに頭のおかしい。


「いやー頼みますよ旦那。あれはちょいと私の手にゃ余る」


とはいえ、今のこの情勢で暴れられても困る。混沌とした、先の見据えない状況でも、傭兵としてやることは一つなのだ。金髪の坊やが先走らないよう、睨みは聞かせる必要がある。


「まあ、おいおい教えていくさ。そう焦ることはない」


死ぬならそれまでであり、どうしようもないのなら、分かり切ったことをするだけだ。

 

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