【Stealth】2 潜伏先は良く考えて
「はい。あしかがハウス」「順子君かね。うちの莫迦娘がきていないか」「え? 」
轟音と共に鎧武者が『あしかがハウス』の管理人室に飛び込んできた。
「唯は何処だぁあぁああああああああっっ 」激高する鎧武者。真。
お前はどこの連載36年の漫画の巡査部長だ。
「ちょっとゴーキョピークに行くとヒマラヤ山脈に旅立ちました」
平然と大嘘をつく潤子と和代。
普通そんなところには行かない。いくとしても作者の母くらいだ。
話は先月にさかのぼる。
『あしかがハウス』
築65年のアパートであり、潤子と和代の下宿先である。
もっとも、周辺住民に正式名称を呼ぶものはおらず。
曰く『猫屋敷』。曰く『猫の臭いがする』。曰く『ぬこ好きの楽園』。
大家は代々続く風呂屋であり、彼の風呂屋は時代の流れでコンビ二と風呂屋を同時経営している。
よくわからないが、番頭がコンビ二店員を同時にやっているのだ。
その番頭こそが。
「はぁい。潤子ちゃん。今日も可愛いね。今度おじちゃんとデートしない」「うふふ。残念」
長袖を着ていても豊満な胸元が目立つ少女を四十代の男が必死で口説いている。
とりあえず股間をしまえ。繰り返す。股間が色々と『ファイアー! 』しているのは何とかしろ。
「和代ちゃん。俺来年高校行くぜっ。付き合ってくれよな」「あはは。このおませさん」
御存知、潤子と和代である。
「なんかさ。すっかりこのアルバイト馴染んじゃったね。私達」
「野郎共に絡まれるのがデフォなのは前と変わらんけど、前ほど悪辣じゃないしな」
「アパート代タダにしてもらえたしね」「うん」
高級デザインマンションでの派手な生活がいきなり月収6万4千円になった二人にとって可也大きい。
と、いうか、学費だけで6万余裕で超えている。破綻しないほうがおかしい。
「今更学校の勉強する羽目になるたぁ」「学費タダの瀬戸際」
「まさか風呂屋の番頭に落ち着くとは」「適材適所」和代の憂鬱は止まらない。
「終わった終わった。ぬこ~! 」
あしかがハウスには二十匹以上の猫の家族が暮らしており、住民と同居状態である。
普通は管理人なり大家が追い出すところだが、猫好きの彼らはそんなことをまったくしない。
猫を抱きしめて至福の表情を浮かべる和代をなるべく遠くからみようとする潤子。
潤子は軽い猫の毛アレルギーである。
「じゃ、私トイレ洗ってくる」「お、すまね。飯は作っておく」
「猫の毛入れちゃダメだよ。着替えてからお願いね」「わかった」
ちなみに、ボットンである。住民の共同管理となっていて、掃除に参加しない住民は退去させられる。
「和代ちゃーん。電話貸してっ 」「はいはい。山川さん。というか携帯持ちましょうよ」
「面倒じゃないか」そういって微笑むのは四十代に入ったばかりのマッチョなイケメン。
恐ろしいことに、このアパートはいまだに管理人室にある公衆電話しか電話がない。
管理人室は老夫婦の生活の場だったが、昨今は二人がその仕事を引き継ぎつつある。
「はい。あしかがハウス……20号室の川上さんっ! 電話ですよ~」
各部屋には連絡用のランプがついている。電話くらい引けばいいのに。
「そのくせケーブルテレビ回線は全部屋完備なんだよね」「無駄に変なところだけ環境がいいよな」
インターネット料金は無料である。潤子にはありがたい。
そんなあしかがハウスに闖入者が現れたのは先月のことであった。
「かくまってください」唯だった。
「唯さん。どうなされましたか」
「御父様に追われています」「……」「……」
なろう投稿がバレてPCを取り上げられたという実にくだらない理由で屋敷を抜け出たそうだ。
他の学友の家は即座に父親バレしてしまうとのこと。
「(あたしら、時々身バレして死にかけているのにこの莫迦お嬢様は)」「(いわないいわない)」
無言でアイコンタクトをかわす二人。
二人は故郷のヤクザから跡取り息子の『ムスコの仇』として追われている身である。
さすがにお嬢様育ちの唯に番頭をさせるわけにはいけないと判断した潤子は。
「トイレ掃除とアパートの維持管理と、猫ちゃんの世話。宜しく」仕事をブン投げた。
喜んでと首を縦に振った唯だが。
炊事場が共同で、和代が住民とノリノリで雑談しながら料理をするのに絶句した。
というか水場も共用で各部屋に無い。水道は部屋を出て使用するのに絶句した。
電話がない事実に絶句した。
「ここは日本ですか」「大日本帝国じゃね」
唯の受けたカルチャーショックを和代は可也的確に表現した。
「こ、こ、このような悪辣な環境でお二人は生活していらっしゃるのですかっ 」
糞便がこびりつき、酔っ払いが嘔吐したものが残るトイレの掃除を命じられた唯は遂に泣き出した。
「悪辣言うな」「ぬこがいれば私はそれでかまわない」
超高級マンションが恋しい潤子と、貧乏生活が染み付いている元ナンバーワンの娘はため息をついた。
それでも、「良い執筆はボロ屋でも掃除をキッチリした環境が重要だ」と潤子の説得を受け、
和代に「普段やら無い経験は確実に執筆の力になるだろう」といわれた唯はトイレ掃除も猫の世話も一通りこなせるようになっていったが。
「助けてくださいっ おふたりとも」「お幸せに。唯さま」「唯さん。御父様とお幸せに」
泣き叫ぶ唯を引き摺っていく騎士姿の真。
ほろほろとタマネギ片手に涙を流す二人の娘の手にはそれぞれ200万円の現金が握り締められていた。




