【かくれる】5 堀川唯の消失。(ただし連載中小説)
「素敵な小説をお書きになっていらっしゃるようで」
冷たい笑みを潤子は浮かべていた。
思えば勝手に親友認定され、文芸部に入部させられ、あっちこっちに引っ張りまわされた恨み辛み。
社交的に見える潤子だが、実はそんなことはない。本当は和代にしか心を開かない。
つい最近まで和代の腕を抱きしめて動かないほどだったのだ。この数ヶ月のストレスは相当なものだ。
「もみゅ? 新堀って小説なんか書くんだ」
お前、文芸部の部長にナニ言ってるんだ?
「ほむほむ」
潤子から一瞬で自分の携帯電話をひったくった遥。
ポチポチとユーザーページを閲覧する。
「なんか面白そうだから後でゆっくり見る」
「お、お、お、お待ちを遥さんッ?! 」
官能小説だなんて遥には死んでも悟られたくない。
というか死を意味する。今までの清純なイメージと違いすぎる。
「潤子様ッ ぼうっとしてないで助けてくださ……」
潤子の普段の愛想のよさは、和代と誰にも態度を変えない遥以外には。
愛嬌のある笑みはそのままで表情が凍っている潤子を見て唯は黙った。
潤子は普段ぼうっとしているように見えるが、それは思索を他人に邪魔されたくないだけなのだ。
「ダメです。遥様! 」「いいじゃん。新堀」
遥は身のこなしが軽い。携帯電話の画面を見ながら合気道を嗜む唯の手を楽々かわす。
「読まないで下さいッ! 削除してくださいっ! お気に入りからっ!? 」「ん? 削除? 」
遥はイマイチ操作がわかっていない。
そして、残念なことに彼女は賢いとはとてもいえない娘である。
操作のわかっていない彼女はなかなか目当ての小説が見れず、
ポチポチと操作を繰り返すうちにたどり着いた『小説情報編集』の下にある『削除』を押した。
「あ。消しちゃった」
確かに見るなとは言ったし、お気に入りにするなとは言ったが小説ごと削除しろとは言っていない。
順子はこのバカバカしい状況に思わず噴出しかけたが、一歩間違えば自分がそうなった事実に戦慄した。
この莫迦。下手をすれば『退会』を押しかねない。
へなへなと崩れ落ちる唯。
「酷い。ですわ」
誰からもけなされたことが無い。
自信を持って書いていた詩や小説が誰からも褒められない不思議。
閲覧者が多いというそれだけの理由で余興で書いた官能小説への酷評。
酷評されたことより、自分の作品を見てもらえた事実のほうが嬉しかったこと。
誰が見ているか解らないけど、確実に10人、20人と誰かが見ていると告げる解析結果。
参考にと閲覧した、今まで見たことも無かった官能的で背徳的な世界。
ほとんどが同じ女性が書き、同じ女性が読んでいると知った時の感慨。
そして、その需要に対して、あまりにも少ない作品の数。
それは冒険だった。
家と学び舎以外をほとんど知らない唯にとって、知らぬ世界を知り知らぬ世界のために作品を書く。
同じような人間がこの世界の何処かに確実にいて、唯の書いた物語を見てくれる。
唯が物語を書くのではなく、物語が唯を動かし、人々を集める不思議。
それが、一瞬で消えた。
唯は泣いた。体裁も何もなく、ただ泣いた。
赤子のときしか体裁を気にせず泣いたことのない彼女にとって初めてのことだった。
しかし、ひとしきり涙がかれて尚、ひたすら遥を殴り続ける唯に。
愚かなる遥はあっさりこういった。
「グーグル先生のキャッシュに残ってるわ。URLから全部復旧しておく」
「……」「……」
唯の涙は、思いっきり不発に終わった。
「いや、本気で怒った新堀、はじめてみた。正直萌えたわ」
愚か者は新堀にぽかぽか叩かれた胸を軽く払い、ニッコリと微笑んだ。
今回はたまたま全復旧しましたが、
キャッシュは三日前くらいのWeb公開分のデータのみですので、
間違っても試しに消去などをしてはいけません。
ぐーぐる先生といえども万能ではないのです。
また、
100部近くあり32万文字もある新堀の作品を復旧するにはコピペといえども丸一日かかると思われます。
(潤子のようにPCに詳しい人が専用のソフトを組んだのなら速いでしょうが)
皆さんは間違っても削除などしないように。
IDとパスワードは大事にしましょう。




