フィナーレ。喜劇を書く女
「映画を見に行こうよ」かつての同僚。月岡美鈴はそういうと、潤子の手を引いた。
「……カズちゃんが待ってるからヤダ」潤子はそういうが。
「……面会時間は、待ってても変わらないわよ。昔みたいにいかない? 」「む~」
美鈴は昔と違い、黒髪に染めている。服装もビシっとしたパンツルックだ。
「美鈴ちゃん、硬い会社のOLみたい」
そう潤子が言うと、美鈴は苦笑した。
「今、会計事務所に勤めているの」「すごっ?! 」
そんな潤子に美鈴は心の中で呟いた。
(あんたら東大確実とか言われてただろ。あたしゃもう少し常識的だよ)
「そっか、美鈴って簿記2級だったもんね」「ふふふ。なんとか一級とりましたっ! 」
「来年は狙いますよ♪ 公認会計士! 」……と美鈴が嬉しそうに叫ぶ。
潤子もまた手を上げてガッツポーズした。
美鈴は映画マニアで、落ち込むと下町の映画館にこもっていた。
この映画館は一回入場料を払えば男女別の会場で入れ替えなしで朝まで過ごすことが出来る。
終電を逃したときは非常に嬉しい映画館だ。
潤子の手には今朝プリントアウトしたばかりの小説がある。
「それで、完結? 」「うん! 」潤子は楽しそうに微笑んだ。
「悲劇は? 」「同時完結! 」「すっご~。潤子。アンタ小説家になろう! 」
美鈴の冗談(?)を聞いて潤子は冷たい目を向ける。
「ギャグのつもりなのかなぁ? 私には今の台詞聴こえなかったなぁ? 」
「……あ、あんた、微妙にカズに似てきた」
美鈴は苦笑いしつつ、潤子の手を引く。「はやく! はやく! 」
……。
……。
「そういえば、店長って弁護士だったのね」
なんであんな店やってたのか謎だと潤子が言うと、
「そりゃ、アレのお陰で私とミハルたんは借金漬けから助かったんだし」
「……うーん。余計わからなくなってきた」
「ミハルチャン。巧くやったな」
美鈴が舌打ちする。潤子も苦笑い。
「絶対店の子には手を出さん! 」
妙なところで硬派な店長は三春相手にもその態度を崩さなかったが。
ミハルの巧みな誘導尋問にひっかかり。
「結婚? 山奥にあるオレの実家で一生炭焼きをやる生活をしてもいいならな! 」「する! 」
……そして捕食されたそうだ。お幸せに。
……。
……。
「吹雪ちゃんは? 」「ん? なんか外国語勉強してるとか言ってたなぁ」
仲間たちの近況に嬉しそうな潤子に美鈴は「アンタは? 」と問う。
「あのね。いつでも留学できるように、語学勉強してる」「ふーん」
「I can Fly! 」 「……アンタ、本当に勉強してるの? 」
と、いうか、潤子が言うと洒落にならない。
……。
……。
「……あ。この映像懐かしいな」
この映画館では開場前に白いセーラー服を着た名も判らぬ少女が様々な役をこなすショートムービーが流れる。
「凄く、綺麗で可愛いよね。この子」「だねぇ。今でも映画関係者が血眼で捜しているそうだよ」
(註:詳細は、鴉野の短編集、『五分間の奇跡』収録の『櫻 ~銀幕の彼方に~』をご覧ください)
そして画面が切り替わる。
「あれ? 」潤子が戸惑っているのを見て美鈴は肩を震わせた。美鈴は笑い上戸なのだ。
顔はわからないが、ガタイのいい男の前に、同じく顔はわからぬが白いパンツルックの女性が何か訴えている。
娘を連れまわしたという謝罪、そしていまだ尽きぬ友情。そして一緒にまだ過ごしたいという希望を。
「え?? ……あ、アレって??! お、お……」
潤子は思わず『虹の都』の最終話の入った封筒を落としてしまった。あわてて拾おうとする。
「……大家……さん? 」
穏やかに微笑みつつ封筒を手渡すのは。かつて二人が世話になった猫アパートの大家さん。
大家は微笑みを絶やさず、映画の画面に手をふって、潤子の注意を画面に向ける。
思わず逆方向に振り向くと、『監督』と言われる青年が映写器を持って手を振っているのが見えた。
『映画のように、映画より素敵な人生を』
『小説のように。小説より素敵な物語を』
ナレーションが入る。
『悲劇で涙を流したら、明日に向かって走り出しましょう』
ナレーションと共に、白いパンツルックの女性が男性に頭を下げて、車に飛び乗った。
その運転席と助手席にはミハルと店長が乗っている。ミハルと店長が画面の観客に投げキスをした。
沸き立つ観衆。
「え??????? えっ????!!!!!!! 」
もう潤子は周りの迷惑を顧みず大声をあげまくってしまっている。
『喜劇より嬉しいサプライズが待っている』
ナレーションと共に車から飛び降りた女は、吹雪から白い花束を受け取り、凄い勢いで走っていく。
「こ、これって。あの男の人ってお、おと……」
ぽかーんとしている潤子。パンツルックの女性は短距離走の選手もかくやの速さで街を駆けて行く。
「……ええええええええええええっっ????????! 」
かつての級友たちや理事長。先生や文芸部の顧問が女性に向けて拍手をしている。
その女性は、古ぼけた映画館に花束を抱えたまま、全力で駆けて行く。
カンカンという音が、響く、いや、画面からではなく。近くから聞こえている気がする。
バッ!!!!!!!!!!! と映画館に光が差す。誰かが勝手に入り口を開けたのだろう。
逆光でその闖入者の顔は見えないが、『白いパンツルックを着た女性』であることだけは潤子にも確認できた。
「……ちょ……」
狼狽する潤子の前まで、その『王子様』はやってきた。
スポットライトが潤子の目を焼く。
パチパチと大きな拍手が巻き起こる。
みんな、みんな知っている顔。あのときの警察のおじさんや女性までいる。
「……お待たせしました。姫」
花束を手に不敵に微笑む女性。……和代だった。
「ちょ……」
一緒に手を叩いているのは、最初に画面に映った男性……潤子の父。そして。母。
和代は潤子に膝をついた。
「見知らぬ国に、私と旅立ちませんか? 」
「……断れるわけないじゃないっ?!!!!!!!!!!! 」
潤子は泣きながら和代に抱きついた。
「こんなに泣かせてっ?!!!!! 人を莫迦にしているでしょ?!!!!! 」
「ぐあああああああああああっ?? ギブギブギブッ?!!!!!!! 」
華麗なコブラツイストを和代に決める潤子に大笑いする皆。
「……おいおい、なにこのサプライズっ?! 霧島っ! なんかすげえなっ? 」「新作のネタに出来るぞ。澪! 」
「……美和。いい友情だな」「……私の友達ですから」
「なんか、すっげぇ……。美玖ちゃん。面白い映画誘ってくれてありがとう」
「もげろ。もげろっ! 義樹ッ!!! 」「……くすくす妬かない妬かない。美幸ちゃん♪ 」
……。
……。
「何処だって! どんな話だって! こんなに笑ったことはないわよっ?! 」
潤子は叫んだ。その瞳から大きな涙がはじけて飛んだ。
暖かい拍手を背に、二人の乙女は駆け出していく。
理事長が手をあげた。和代は、潤子は、彼にハイタッチをした。
「いこっ! カズちゃん! 」「うん! ジュンっ!!! 」
潤子が和代を強く引っ張り、和代は皆に次々とハイタッチして去っていく。
劇場はいつまでも暖かい拍手に包まれ、やがて暗くなり。終幕。




