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「この話は自信作なんだけど」
澪は昨日一日のPVを不安半分。期待急上昇で確認した。
『小説家になろう! 』にはPV数と閲覧者数を二時間ごとに算出して利用者が参照できるシステムが備わっている。日毎の閲覧者やPV。最も閲覧者やPVの多かった日。実際にその日に閲覧された頁等等の情報を元に読者様の生の反応を感じることが出来るのだ。
勿論、『お気に入り登録』の増減、今までに頂いた感想、五段階評価のPの数もわかる。
Pは文章、ストーリーの二つが評価対象となり、この二つの総計を足して、更に『お気に入り登録件数』のニ倍を足した数が総合Pとなる。
きっと沢山見てくれるはずだ。澪は期待を込めて恐る恐る自分の小説情報を参照する。
ランキングでは日刊、週間、月間、四半期にて最も総合Pを獲得した作品のうち百作品が掲載される。
他にもジャンル別、PV数、今までに頂いた推薦文の数、完結済みがそうで無いかなど細かい検索も可能だ。
澪の結果? 聞かないほうが彼の名誉のためになる。
ゼロはどう頑張ってもゼロだ。PVは20ほどあったようだが。
未評価作品を検索する事も、当然可能であり、これを『掘る』と表現することは以前も述べたが。
お気に入りにされない作品、Pをつけられなかった作品は他の作品の下部に掲載される事もないし、誰かのマイページにてその存在を他人が発見する事もない。つまり、誰も見ない。それは澪の作品に限らないのだ。
素人同士、デビューも出来ていない中でも明確にその差は分かる。
良作と思うかどうかは個人の主観によるもののほうが大きい。
しかし、『人に喜ばれる』商品を状況に応じて出す才能は如何な業界でも通用する。
当たり前だがPを稼ぎたいならPを稼いでいる作品の傾向を考えればいいし、PVを稼いでいる作品を書きたいならそれを書けばいい。感想や友人の多い作者を真似れば自分もそうなるのは何処でも同じだ。
だが、人間と言うものは。特に澪のような若者は理想やこだわりを捨てられない。また捨ててもいけない。
内気な澪にとって、書籍はとても大切なものだった。
夢の扉を開き、勇気を与えてくれるものだった。くじけそうになったときは小説の主人公達の勇気をみて奮い立てたことが幾度もあった。
歴史や国語の授業のときは、教科書の偉人達の肖像画に思う存分ラクガキをして愉しんでいた。
本の中には、彼の夢があった。未来があった。
だから、そんな素敵な世界に憧れ、自分が書いたものを発表できるサイトがあると知った彼は即座に飛びついたのだ。
小説なんて書いたことはない。でも、絶対、自分と同じ境遇の人はいるはずだ。
勇気と優しさに溢れた物語がいい。そうさ。暗い話なんて嫌だ。
ファンタジーの世界にすることにした。
優しい人たちが住まう異世界に戦乱の影が忍び寄る。
異世界から来た旅人達がその世界を愛する若き青年と共に立ち向かう物語。
結構、がんばって書いていると澪は自負していた。
澪は知らないが。『小説家になろう! 』にはジャンル別ランキングと言うモノがある。
具体的に言う。澪の挑戦している『ファンタジー』は最も登録数の多いジャンルだ。
一日に300P(澪が投稿している時期)を稼ぐほどの作品でなければジャンル別ランキングに乗ることすら危うい。
ようするに。澪はただでさえ見られることの無い自作を余計埋もれさせる選択を行っている。
もっとも、登録数が多いという事は読者も多いということだ。波に乗れば一気に一位にいける。
いわばアメリカンドリームのようなジャンルともいえる。まさにファンタジー。あ。いいこと言った。
「おい。澪。またケータイいじってるのか? 」
澪が必死で更新作業をしていると、澪の友人(一人しかいないが)の霧島の声がした。
ビクンッ。思わず身体を震わせて振り向く。澪。
長身。ニキビだらけの痘痕面だが、人のよさそうな顔立ちの男である。
「またなろう見てるんだ? 」「う、うん」
じろじろと澪のケータイを覗こうとする霧島に慌てふためく澪。
まさか書いているなんてとてもいえない。霧島の瞳は澪の書いた作品を目ざとくみた。
「お前、其の話好きだな」そういって笑う霧島。まさか、更新後、読者視点で閲覧していたなんていえない澪は曖昧に頷いた。
霧島もまた澪と同じく素人作家だ。お気に入り50以上、総合で言えばP300以上の話を書いている。
澪がこのサイトを知ったのはそもそも霧島の所為だ。霧島がある日「小説家になろう! で書いているからPくれ」と頼んでこなければ澪は小説を書こうなど思わなかっただろう。
『小説家になろう! 』ではユーザーそのものをお気に入りにすることができ、彼らの更新状況をリアルタイムに参照することが出来る。そして社交的な霧島は逆お気に入りユーザーと呼ばれるあちら側から霧島をお気に入りユーザーにしている人々に支えられている。そのユーザー数は百名近い。
月ごとに新作を発表しては全て完結に導いており、小品だが丁寧な作品とこまめな更新を心がける霧島は多くの作品に目を通し、読者としても確かな目を持っており、彼の作風、創作態度の評価は。悪くない。
「う、うん」曖昧に頷く澪だが、決意を内に秘めていた。
霧島なら、アドバイスしてくれるかも知れない。「この作品。どう思う。俺は好きなんだけど」
澪の決意を込めた言葉を聴いて霧島はこう応えた。
「イマイチだと思うけど、丁寧に書いているよな。更新もはやい」
イマイチ。
いまいち。いまいち。
澪の心は。親友の率直な感想に深く沈んだ。