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ささめき

 真昼の海は静かで、ゆったりと波は渡ってぬるく足下を絡んでは過ぎていった。裸足でも焼けた砂浜にぬるいそれが被っていては何も感じず、波打ち際は静寂の極みだった。

 もうかなり離れてしまった。誰一人の声もせず、打ち付けて鳴る飛沫と遠いさざめき、遠雷の微かな悲鳴と自分の足音のみが木霊すこともなく消えた。

 ほたほたと歩いていると、突然目の前に目に優しくない銀色が映り込んだ。周辺視野でそれを知り、巴椰は顔を上げた。

 「巴椰」と、それは優しげに彼の名を呼んだ。

「……うわぁ、目に痛い。流石白髪、最悪だな」

「開口一番それか。もっと他に言うべき事があるんじゃないか?」

 にこ、と不穏に笑む銀髪の人狼。珍しく暑苦しいファーの付いたコートを脱ぎ、肌の透けるようなネルシャツを羽織っていた。機嫌はいいらしく、あまり攻撃的ではなかった。

 多少ほっとし、巴椰は持っていた靴をその場に置いた。

「あんたとってことは、どうせまた苛々させられんだろうと覚悟してきたからな。他にって言うとそれしかない」

「まったく、夢もロマンもないな。リアリストすぎやしないか、お前」

「こんな非現実に居りゃ誰だって落ち着くし肝も座る。自分までメルヘンメルヘンしてたらただの気狂いだ」

 苦笑して呆れて。この狼にそんなことをされる義理も何もないが、やたらとむかつくのはこの顔の所為か。

 あまり相手にせずに袋から水着を引っ張り出して着替え始め、巴椰は少し彼を見た。

 色白だが、今は少し焼けているようにも見える。健康的な白さに、首には小さめのロケット。泳ぐのか一応泳げるような格好はしているらしいが水着ではない。腰の辺りからはやはり、耳と同色の尾が生えている。

 手早く着替えを済ませ、巴椰は一緒に入っていたパーカーを羽織った。

「ほら、泳ぐぞ。折角あんたと猫が用意してくれたんだしさ、とことん遊んで帰る」

「お前は変なところで律儀というか合理的というか。少し会話がしたかったんだ、海でなくとも良かったな」

「だったら茶会の席とかにしろよ」なぜ海を選んだと反射的にツッコミをしてしまう。「じゃあ、どうしたいんだよ」

「お前の意見も採り入れて、泳ぎながら話せばいい。どうせあの竜達とも約束しているんだろう」

 そして少し不機嫌に。一体この気紛れは何なのだろうか。常人では計り知れない。

 仕方なくパーカーを腰に巻き、巴椰はぬるい青の中へとザブザブと沈んだ。

 全身浸かると、思っているよりは冷たく心地いい海だった。足はまだ全然届かないこともなく、立とうと思えば胸から上は水面に出た。

 少し遅れて狼も辿り着き、面倒そうにため息をこぼした。

「そうだな、次からは変える。それでお前、ここには随分と慣れたように見えるが」

「そこそこには。あんたってそんなこと気にするような奴には見えないんだけど」

「気にするさ。飽きられて、興醒めするんじゃないかとハラハラしている」

 さらっと言うところが信用ならない。もっと苦しそうに言うならまだ解るが、何故面倒そうに言う必要がある。

 話を振っておいてのその態度にまた少しカチンときて、巴椰は彼の背後に回ってその肩に両腕を掛けた。

 「泳げ」と一言、驚いたような狼の耳に聞こえた。

「あんたらの言うことは支離滅裂で訳解らん。特にあんたはおかしいよ、飽きるに飽きられない」

「……そうか、だったら良かった」

 何故だかと、不思議になる仕草をよくするこの男。ただ表情なくそう言い、言われるがまま水面をゆっくりと泳ぎ始めた。

 その肩に掴まったまま若干の優越感に浸り、巴椰はそっと彼の耳を引っ張った。

「わー、もふもふ。男のくせに」

「狼なんでな。触るな、痛い」

「いいだろ別に。俺さぁ、昔から小動物は大好きだったんだよ。触ってると気持ちいいし温かいし、和む」

 ブレットは小動物ではないがまぁよしとしよう。正真正銘この耳は本物だ。

 面倒そうに舌打ち、ブレットは沖に突き出た岩に手を掛けて振り向いた。

「喧嘩でも売っているのか、お前は。お前の方がよほど心地いい」

「ないない。お前こそ触んな、気持ち悪い」

 濡れた髪を梳くようにくしゃんと頭を撫でる大きな手。狼の尖った爪は刺さることもなくすり抜けた。

 その撫でていた手で巴椰を自分の眼前で抱き、ブレットはぐっと彼に迫った。

「……可愛い顔」

「んなッ……何言ってんだよ、んな訳あるか」

「前々から言ってる通り、可愛い顔だと思うぞ。身長は多少低いな。俺は一向に構わんが、これでは襲われるぞ」

 こいつはアレか、人を苛つかせる天才という奴か。こいつと居るだけでもメルヘンメルヘンして嫌だというのに何なんだこの口は。

 黙って彼の耳を抓り、巴椰は加え頭突きを繰り出した。

「コンプレックスとかデリカシーって言葉知ってるか!?阿呆狼!」

「ッ……今のは痛いな。可愛いのは顔だけか、凶暴」

「もっぺん言ってみろ馬鹿狼!お前らがでかいんだろうが!」

「何だ、そこを気にしてたのか。たかだか六、七センチくらいだ、気にする程度でもない。それとも、慕情を募らせる相手よりも低いのを気にしているのか?」

「とことん下衆いな。大体何でそのこと知ってんだよ変態」

 こいつと会ったのはつい先日、ここで初めてだ。しかし実際自分の振られた美人は自分より高身長、クラスメイトですら知らない情報だったのを何故知っている。

 何でもお見通しとでも言うようにふふんと笑み、ブレットは馬鹿にするようにまた巴椰の頭を撫でくった。

「そうか、もっと早くに言ってくれればいい物を。俺の準備なら、とっくにできている」

「……はン?」

「お前のような子なら妾にしても不備はないだろう。少々素直でないのと暴力的なのは苦しいが、それもまた新しいかも知れん」

 何だどうした、今度はどの回線がイカレたんだ。自分は何か悪いことでもしたろうか。

 また胴に腕が回され、ブレットは困惑している巴椰に言った。

「玩具にしたって妾にしたって、殺したって。何でもいいんだが、お前が俺を好いてくれているとはな……てっきりコールに気があるものと思っていたが、中々面白い」

「え、はぁ!?何、もしかして俺の好きな奴があんただと思ってんの!?」

「勿論。もし違っていたならば、このままお前を細切れにして魚の餌にしてやろう」

 楽しそうに笑う白銀の狼。一体何を考えているのかやはり常人の理解を超える。どうにもこうにも、いろいろとおかしい。

 どう転んでもゾッとし、巴椰はひくっとほんの一瞬身を震わせた。

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