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トカゲの聖母様

       *  *  *


 あの馬鹿狼、一体何様のつもりか。ところ構わずおそらく本物であろう銃をぶっ放し、部屋ががんがんぶっ壊れていく。三日目で部屋を変えねばならんとはどういう了見だ。

 きっとまた、あの馬鹿は来るんじゃ無かろうか。それでまた自分の命は危険の綱を命綱無しで宙ぶらりんというえらいことに。

 濡れた顔を丁寧に拭い、巴椰ははぁと疲労のため息を吐いた。


          *


「で、どうしてここにいるんだ、お前」

 相変わらずの不機嫌美人は、そう言うものの読みかけの本から目を離そうとしなかった。

 廊下を歩いていてたまたま見つけたこの部屋。恨むなら部屋のドアを開けっ放しにしていたことを恨むといい。

「強いて言うなら避難。お前もあの部屋見ただろ」

「あぁ。だからといってここへ来る理由にはならないが」

 冷たく無愛想。そんな言葉はもう言われ慣れているとでも言ったかのような涼しげな表情。こちらを見ることはないが、表情ほ時たま変わってくれる。

 部屋は『図書館』と言うに相応しい出来だった。客室より広く、メルヘンか天井が見えない。背の高い本棚は壁に沿ってきっちりと並び、納められたその本の数は自分の知る量をはるか凌駕した。

「お前は走り回るのがお似合いだな。読書をするようには見えん」

「難しいのには手が出ないけど、俺だって読むよ。そこそこだけどさ」

「そうか。帰れ」

 おぉ逆風。かなり逆風。冷たいのにもほどがあるんじゃないか。

 本から目を離そうとしないコールに、巴椰は小さく舌打った。

「無愛想」

「だから何だ。愛想良くするメリットはないだろう」

「無いよ。もう気にしなくていい」

 解った上で「無愛想」と言った。小さなことでも意地を張り出すと引き下がれない、自分の悪いところだ。質が悪いのはここの住民以上かも知れない。

 適当に棚から本を抜き取り、巴椰はその場に座り込んでそれを読み始めた。

 驚いて、ようやく彼は顔を上げた。

「おい、お前。何してるんだ、私は『帰れ』と言ったんだぞ」

「何回も言われなくても知ってる。だからこうして隅っこで読んでるだろ」

「ふざけるなよ」キロリと一瞬、凄んでキャットアイが細まる。

 それに反対して、こちらも無愛想に言葉が口を突く。

「ふざけてないよ。大体あんたの机は一人用、それに本が山積み。そっちにだって行けないだろ」

「屁理屈をこねるな。カトレアよか質が悪いぞ。それに早くしないと、そこは--」

 あの爽やか詐欺と比べられるのは心外だが、それとこれとで話は別だ。意地になっている自分も悪いのだが、直すには契機がいる。

 意地になってその場にとどまっていると、コールは面倒そうに舌打ち刹那巴椰の目の前へと迫った。

 驚くも何もできないまま--ズン、と低い鉛の落ちきった音がし、コールはほんの少し眉根をひそめた。

「ッ……だから言ったんだ。少しは自己防衛しろ」

 本、だろうか。分厚い辞書ははるかに高いところから落ちたばかりに鉛のような重さと衝撃を持っていた。それを見極め、コールは片手で巴椰を庇って受け止めていた。

 ただ呆けたままの巴椰を見やってため息を吐き、コールは「聞いてるか?」と呆れたように尋ねた。

「あり、がと……ごめん、あの、その」

「謝るな、うざったい。本が落ちるのは解っていたんだ、冴が勝手に借りていってはきっちり直さないんからな」

「あ、うぁ」どうしたってなかなか言葉が出てこず、ただ手を伸ばせば届く距離に美しいその人がいた。その身を屈めて庇ってくれたその人が。

「コール、その、ごめん。それと、あり、がと」

「何だ、威勢の良さの割に腰が抜けているぞ。私は子守まで請け負ったつもりはないが」

 困ったような、それでも少しだけ優しくなった瞳。呆れた果てに笑っているようだった。

 本当に腰が抜けて力が入らず、巴椰は彼に向けてにひゃっと笑いかけた。

「ダメ、立てそうにない。何であんたはそんなにまともなんだよ」

「はぁ?私がまともな訳ないだろう。異端の化け物だぞ」

「ううん、もう聖母様に見える。他の奴だったら死んでた」

 先刻の言葉には刺だらけだったが、今はマシだ。助けてくれたのも気まぐれかも知れないが、気まぐれだとしても聖母様だ。比喩ではなく本当にそう見える。

 ぽかんとするも悪い気はしていないらしく、コールは本を床に置き、屈んだまま巴椰の頭を撫でた。

「--本が好きと言うなら、信じてやろう。私事を邪魔されると殺したくなるんだが、お前なら黙っていそうだ」

「それ誉めてんの?コールって結構甘いけど、俺殺されんの?」

「甘いものか。私が許せるのは狭い範囲の奴だけだ。それに、本当に殺すやもしれんな」

 まるでそれが当然かのように、コールは言った。聖母のように、『殺したい』と洒落にならないことをも。

 ただ和やかに、微かな笑みを。二人で大変和やかで、武器のぶの字も出てこない。平和で幸せを感じる、友人と遊んでいるいつかの日のようだ。

 しかし。その平穏をぶち壊し--ついでにドアもぶち壊し--例の大鎌が姿を見せた。

「おー、やっぱりここに居た。部屋まで行ったんだぜ?」

 空気を読まないドラゴンか竜か。にこにこと楽しそうに手を振り鎌を振っているその子。

 二人して顔を見合わせてため息を吐き、コールは巴椰の手を取って立ち上がった。

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