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狼の交渉事

 まるで強盗に入られたかのよう、部屋は荒れに荒れ、大破した家具が哀愁すら帯びている。きっと話せるのなら「解せん」とでも言うだろう。

 惨劇の部屋を面白そうに見回し、男は身に纏ったファー付きの黒い膝丈コートを翻した。

「声は、昨日のお兄さんだよね?」相手の姿の映る自身の目を疑い、巴椰はそう自己終始の確認をした。「うん、その匂いは合ってるんだけどさ」

「何が言いたいんだ。変な人間だな」

 この威圧感、声、匂い。すべてが頭の中で合致するが、だが--。

 相変わらずの美しさをたたえる憂いの青年。しかし、何故かその頭に違和感がある。それも目を引いていけない。

 ベッドから降りて少し近付き、巴椰は目を少し見開いた。

「耳、だよな?そのコスプレって」

「何を言っているか解らんな。耳ならお前にもあるだろう」

「俺には獣耳なんてねぇよアホか」

 銀青でさらさらの髪は変わらない。ただ、その頭頂部に髪と同じ色の一対の獣耳がにょっきりと生えている。犬よりは大きな、これが『狼』としか思えないようなものが。

 にこ、と笑み、男はガチャリと不穏な音をさせて巴椰の目の前に長銃の銃口を向けた。

「あんまり変なこと言うと、その頭ぶち抜くぞ。せっかく来てやったのに」

「、恩着せがましく言うな。また物騒な・・・・・・」

 一番の危険人物じゃ無かろうか。今最大のピンチじゃ無かろうか。昨日のことでこれが嘘でないのは証明済みだ。

 優越感からか気怠げに微笑を浮かべ、後かは言った。

「まだ、ちゃんと名乗っていなかったな。お前のはもう聞いたが」

「巴椰でいーよ。この状態でよくそんなこと言えるね」

「そっくりそのまま返す。怯えないのか、お前は」

 下手に動くと頭に風穴が空く。余裕ぶって虚勢を張っているのを見破られたら終わりだ。しかし、見れば見るほど、とかく美しいのだ。殺されるかもしれないというのに自分の頭は嫌に冷静だ。本当に嫌になる。

 コールのものとは違ってファーの付いたそれを少しはだけさせたまま、彼は言った。

「ケモノが珍しいと見える。この耳も、尾も、物珍しい化け物に」

「化け物だな、解ってるなら言うなよ。あんたは美人な化け狼だ」

「人狼と言え。ブレット=ベリオロープ、ブレットでいい」

 率直な感想を述べても引き金は動かない。この男は一体何を考えている。

 ほんの少し余裕が出、巴椰はにっと笑んだ。

「俺なんて誘拐してどうするつもり?笑えない冗談なら山ほど見せられたけど」

「目的なんて俺に聞くな。俺も他のもすべて、お前と同じ出来損ないだ」

「それが意味不明なんだけどな。うちには俺を助けるような金はなかったはず」

「金なんて欲しがるのならもっと賢い手がある。ただの玩具、お前は俺のお気に入りだ」

 --これは厄介。ラリっている、自分の声は届いていないらしい。これは本当に食い殺されるんじゃ無かろうか。

 紅い瞳を揺らし、ブレットは銃口で巴椰の額を突いた。

 ゴンッと鈍い音がし、額がじわりと痛んだ。

「ここで撃つも嬲るも俺次第。な、どうされたいかその口で言ってくれるか」

「っ・・・・・・帰りたいっつったら殺されるんだろ?どうしたらいいんだよ」

「その余裕がムカつくな。この状態で怯えないなんて化け物か」

 会話のできない化け物はそっちじゃなかろうか。どうしたって解放の兆しが見えない。

 ふぅんとつまらなさげに視線を逸らし、ブレットは銃口の先を巴椰からその背後にずらした。

 ガゥン--ッ。耳を塞ぐ間もなくその口が火を噴いた。

「っ!?何すんだよバカオオカミ!」

「撃ったんだ」何てことはなさげに、彼はそう答えた。「これで少しは怯えないかと目論んでみたんだ。叶いそうにないがな」

「いや、馬鹿っ、アホなのかお前は!」

 もう言葉も出ない。何で撃った、今の会話のどこで撃つことがあった。撃つ必要はなかったはずだ。

 背後を見やると白い壁に穴が二つ空いており、未だパラパラとコンクリートの粉が舞っていた。

「何でっ、いつ二発も撃ったんだよ!?」

「今撃ったじゃないか阿呆。お前にバカだのアホだの言われる理由はない」

「アホだろうがよクソオオカミがァ。あぁもう、お前らといると口が悪くなる」

 頭が痛い、コールの気持ちがほんの少しばかり解った。これは相手にしたくない。

 キッとブレットを睨み、巴椰は「馬鹿犬」と捨て台詞のように吐いた。

 秀麗なその眉をひそめ、彼は嘆くように舌打った。

「顔は可愛いくせに口はあの竜と同じくらいに悪いな。親しくなろうとこうして苦労しても無駄か」

「お前の今までのどこにそんな素振りがあったよ!?いい加減にしないとキレるぞ」

「おや、まだキレていなかったのか。とっくにキレられていると思ったんだが」

 今すぐに「あぁぁぁぁああぁぁ」と叫びたい、叫んで一日部屋に閉じこもりたい、しばらく誰にも会いたくない。この霧と話しているような虚無感は何なんだ。

 今にも壁に頭を打ち付けて叫びそうになっている巴椰を面白そうに眺め、ブレットはくふっと笑みをこぼした。

「ははっ、面白いな。お前、もうキレそうだ」

「ぶっ飛ばすぞ。顔がいいからって何でも許されると思うなよ」

「あぁ、俺は何をしたって裁かれないさ」

「本当に会話ができないな。会話しろ会話」

 話が全く見えない進まない。この男何のためにここへ来たんだ。

 イライラを爆発寸前までため込んでいる巴椰を見かねたのか、意味深な笑みを浮かべてブレットは不意と手を差し伸べた。

「では、親睦を深めるために出掛けようか。会話がしたいのなら他の奴らも誘ってやるさ」

「誘拐犯と親睦を深める義理はないだろ。まともな奴--コールくらい居るなら考える」

「了解、考えよう。」

 ようやく自分にも冷静さが戻ってきた。この狼が異常なのがいけない。

 にこりと貼り付けた仮面のような笑みを浮かべ、ブレットはまた銃を構えた。

 ガァンッと低く酷く吠え、避けた途端壁にもう一つ穴が増えた。

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