ネコが笑うと ②
ひらり閃き、氷刃は交わりギチギチと刃を軋ませた。力加減は双方互角で、まるで遊んでいるかのようだった。
にぱぁっと笑み、カトレアは刃を弾いた。
「なぁにやってんの?コールが心配するから無駄なことしてほしくないんだけど」
にこりにこり、不穏めいて笑むばかり。力を緩めることはせず、苛立っているのが裏に見て取れた。
ドアの辺にもたれ掛かっていたコールが、呆れたように巴椰の元へと寄った。
「大丈夫か?あの馬鹿ども、また厄介事を起こしたのか」
「コール。いや、厄介事っていうかなんて言うか、何だけど」
話すと長そうだ。ネコと冴がふざけあっているだけならいいのだが、それがふざけの域を越えている。
説明をするのもダルく、巴椰はうぅんと短く声を漏らした。
「成る程、だいたい解った。うちのバカに止めさせているんだが、止まるか」
「止まるかってそんな無責任な。あんた、この中ではマシな方だろ」
「さぁな。本当に止めろと言うなら武力で止めるが、お前は何だかそれをするとキレそうだ」
嫌悪感バリバリ、この男まともだからこそ面倒事に関わらない質らしい。それはそれで防衛本能の賜だが、この状態でそれを言うのは無責任だ。
ガッとカトレアごと剣を弾き、冴は小さく舌打った。
「--あァ?てめぇ、俺になんか文句あんのかよ影野郎」
「特にないよ。コールに迷惑かけて気を引いてんのだけ文句だけど」
「誰が好き好んであの堅物野郎の気を引くんだよ。興味ねぇ」
イライラ。もはやこの部屋にいる意味はないだろうに。
ニォと唐突に気の抜ける欠伸をし、猫は自身の手の甲を舐めた。
「妹のお茶会の時間だから帰るよ。竜ったら短気なんだもん、疲れた」
「ぶっ殺すぞクソネコ。何のためにここ来たんだかよォ・・・・・・」
ちらっと名残惜しそうに睨まれる。はて、自分が一体何をしたんだか。
ぽかんとしている巴椰を置き、猫はくすりと冴を嘲笑って部屋を抜けて駆けだした。
「ッ、馬鹿、待て!」鬼の形相再び、冴はカトレアをそのままに猫の後を追って駆けだしてしまった。
ため息を浅く一つ吐いて、カトレアは剣を鞘に収めた。
「無血終戦だ。ね、コール?」
「冴がアホで助かったって言いたいの?あんた最低だね」
コールにだけ、ほぼ初対面でも解る特別な笑みを。子供が親に向ける笑顔であり、青年が恋人に向ける笑顔でもあった。
そうだなと適当に答え、コールは巴椰に向き合った。
「あまり、関わるなよ。自己防衛できない子供のお守りは請け負っていない」
「なるべくそうする。優しいあんたのために」
「私が優しいなら、お前は愛情に飢えすぎだ」
冷たい言葉への反論もさらりと返される。悪い人と割り切るには人間臭すぎる。
「それで」コールは腕を組んで彼を見下した。
「傷はないな。あったとして早々死ぬはずもなさそうだ、肝が座っている」
「現実感がないからね。今も夢みたい」
「夢か。頭が悪すぎる答えだな」
ふんと鼻で伏されてしまう。怒っているのか何なのか、不機嫌極まりない。
対してにこにこと笑み、カトレアは巴椰にずぃっと迫った。
「--君は、好かれるの?うーん、そうなったら俺、斬っちゃうかも」
「巴椰、相手にすると疲れるぞ。そいつはただただ狂ってる」
返答なんて求めちゃいない狂気の瞳。映るのはコールのみ、他は景色すら映っていない。可哀想な碧い目だった。
カトレアの腕を掴んでずるずると引きずり、ふとコールは扉の前で振り返った。
「別に構わないが、狼がお前を食い殺しそうだ。赤頭巾よろしくな」
「は!?お、狼?」
虚を突くメルヘン発言に思わず声が裏返っていた。
くすくすと笑いながら、カトレアが続けた。
「あぁ、狼だよ。人間君、面白いからバラバラにされちゃうかもね」
「何で面白くてバラバラなんだよ。大体、猫も狼がどうとか言ってたけど何」
「さぁ、何なんだろうか。コール以外ならどうでもいいもん、俺」
この役立たず、やはりそれか。一体何のことなのか見当もつかない。
「噂をすれば」と、コールが内に二、三歩下がった。
「面倒な・・・・・・部屋を朱で染めるようなことがあれば晒し首にしてやる」
不穏バリバリ。頭を抱え、それと入れ違いにコールはカトレアを引きずったまま部屋を後にした。
代わりに部屋へと入ってきたその姿--たっぷりの威圧感に、巴椰は眉根をひそめた。
「あぁ、これはまた、散らかっている。まるで強盗に入られた後だな」
にこりと、不適に男が笑む。甘いバニラの香をその身に纏って。