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ローズヒップ

 担ぎ上げられたまま、また目の前の空間が裂けて変わっていく。ほんの一瞬、しかし猫のしたように強引で無茶苦茶なあれではなく、フラッシュがたかれたようなだけにしか感じなかった。

 薄暗く、床を鈍い緋色の絨毯が覆っている。そこまで広いわけではないが、浮いて白い丸テーブルの上には既に茶の用意がされていた。

 巴椰を床に下ろし、シェリーは一人それを挟んで向かい合うソファに腰掛けた。

「あなたもお座りなさいな。用意させたのだけど、冷めそうよ」

「……あぁ、はい、うん」

 曖昧な返事しかできない。喧噪も聞こえず、三人はいない。何を尋ねても嫌な顔をされそうで、言葉を出すことすら叶わなかった。

 促されるままにその隣に腰を下ろし、巴椰は出されたカップに口を付けた。

 --一際眩しくフラッシュが部屋をすり抜け広がり、白銀の狼はそこに降臨した。

 ふ、と笑うシェリーをよそに、彼は二人の向かいに腰掛けカップを手に取った。

「何だ、ローズヒップか。相も変わらずお前の趣味だな、あまり俺の趣味じゃない」

「黙って飲みなさいよ甘党。私の趣味なの、砂糖ばかり入れて不味くしないで」

 素っ気なくそう言うも、既にブレットはアルミの瓶から幾つも角砂糖をその中に放り込んでいた。彼女が嫌がるのは一目瞭然だった。

 空気が凍り付くのを感じて巴椰が萎縮していると、ブレットは浅くため息を吐いた。

 剣呑な雰囲気を纏い、その口が開く。

「--さて、うちのそれを返してもらおうか。でないとお前を殺してしまう」

「今更何言ってるのかしら」はッと鼻で嘲笑い、シェリーは滑るように巴椰の肩を抱いた。

 微かに眉間に皺を寄せ、ブレットは彼女を解らない程度に睨んだ。

「あら恐ろしい。あなた少しショタフェチになったんじゃないの?というか、本格的に恋愛そのものに興味を失ったみたいよ」

「元よりお前よりかは一途な性分でな。自分の物に獣が触れるのが心地良くない」

「いつからあなたの物に?調べたところこの子、元の場所に慕情を募らせる相手がいたらしいじゃないの。なのに連れてきて……あァ、何て不憫な子」

 打って変わってわざとらしく巴椰に加担し、意地悪く女狼は笑みかけた。

 くっつく肌に思わず目をそらし、巴椰は定まらない眼を泳がせてちろりとだけブレットに目をやった。

 酷く--胸中低く煮え立ち、その苛つきは感じて解った。

「もうこの俺に未練などない。だからその子を返せ。それ以外お前に渡す言葉はない」

「へぇ、そうなの」きょとんと目が丸くなり、その眼が三日月型に歪む。「でも駄目、返してあげない。あなたは、この私と共にいるべきヒトなのだもの」

 伝染する狂いがシェリーのその身に再び憑依する。その眼は爛々と輝き、真っ赤な舌が狗犬のように垂れた。

 刹那巴椰を両腕で抱き上げ、シェリーはソファを蹴って空を跳躍した。

「交渉決裂。元よりこの子を帰す気なんてさらさらないわ、私はあなたに復讐したい!」

「ッ、巴椰!」

 銃を構えて吠えるも、彼はその引き金を引くことはなかった。あくまで引き抜いたそれの口を彼女に向けるばかりで。

 高らかに魔女のごとく笑い声をあげ、シェリーは巴椰の口を自らの口で塞いだ。

 バードキスなんてそんな物はそぐわず、真っ赤なルージュは強烈にその唇を奪った。見せつけて長く、脳の痺れるローズヒップの香りを染み込ませるように。

 離れようともがくも彼女の力は強く、足掻くも無駄に巴椰はついには抵抗をやめていた。

「ん……あら、初な子。もうとろけちゃって情けない……んふふふ、こんな展開も悪くないでしょう?あなた」

「……そうだな。選択の余地はなくなった」凍てつくような冷たい声に、巴椰のふらつく意識は冷水を打たれたかのようにぐらついた。


「もう、躊躇などしない」


 何の躊躇いもなく引き金は引かれ、その破裂音に耳が痛んだ。

 巴椰を抱え上げたまま次々と放たれる銃弾を避け、シェリーは人間離れした動きで壁を走った。

「、シェリー、さん!?ちょっと、やめっ……!」

「それ、もっと前に聞きたかったわね。あなたが汚れるのは耐えられないみたいだから」

「は!?それ、誰が!」

「--私が今日よりを戻そうとした、昔愛した狼様」

 ブレットが、自分の心配を。あのブレットが。あの腐れ俺様超絶アレキシシミアが。信じろと言うのは無理な話では無かろうか。

 すぐ目の前を、すぐ後ろを銃弾が巡り、恐怖も忘れて巴椰は狭い部屋を逃げ回るシェリーに尋ねた。

「あ、の……それって、友人としてってこと……ですよね?」

「そんなの知らなくてよろしい。--少し、あのヒトを攻撃しましょうか」

 そう言うなり巴椰を床に投げ、シェリーはその右手に大型ライフルを出現させた。銃火機よろしく、明らかにその細腕には似合わなかった。

 壁に頭を打ち付け、一瞬視界は揺らいだ。ただ次にはっきりと世界を見たとき、その一撃のもとに朱が散ったのははっきりと見えた。

 弾丸がその片腕を打ち抜き、途中で千切れ勢い余って床を跳ねた。

「ッ、そう来なくっちゃね、あなた。痛くて痛くてたまらない、あなたと恋をしていたときと同じだわ」

「ほざけ。そのすべてを止めてやる」

 利き腕と逆の腕が無くなっても、シェリーはあくまで笑顔だった。その手のそれを構え、愛する彼のみをその瞳に映して。

 音の消えた一刹那--銃声は自分自身の悲鳴と大きく混ざった。


          *


「ウォオォアァァァァアァァ!!!」

 ケモノは吠え散らし、雑魚を腕にかけて殴り倒す。武器はその身、肉弾戦において彼の右に出る者は未だ居なかった。

 壁や床、天井に叩きつけられて飛び散る赤に呆れため息を吐き、ゲナはその飛沫でしみの付いた自身の衣服を眺めた。

「こりゃあひでぇんしょ。んなに苦戦する囚人いたかいの」

「『黒兎』ロワール=ダレンスプ」たっとその隣に戻り、逆叉はケモノを表情なく見つめていた。「朔門冴、ブレット=ベリオロープ、レイン=ローズ=ペリツェ、カトレア=ラークスパー同様、一級危険分子」

「誰が危険分子だよクソ女!」

 怒号とともに振った大鎌は、刀の刃とかち合い高い金属音を響かせた。

 誰よりも多く血飛沫を浴び、冴は背後にいるレインにいい加減我慢が出来なくなり、ざわつく中に声を荒げた。

「何でそんなバカに関わってんだよ、アホかッ!そっちのイカれ科学者どうにかしろって言ったろうが!」

「煩い煩い。私はこの兎を始末しないと……あぁ、煩わしいことが増えていく」

 ぶつぶつと呟き、レインは目の前の『兎』と対峙していた。何を思うのかその姿をじっと見つめ、時折彼女の名を呼んで。

 林檎の芯を口にくわえたまま、彼はレインを燃えるような瞳で刺した。ぎり、と歯を軋ませ、他の雑魚を片手間に片付けて。

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