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「コール、ちょっと話があるんだけど!」

 いつのになく慌てて、巴椰は図書館に飛び込んだ。例の封筒を片手に握り、誰にやられたのか白いおろしたてのシャツは胸元が引き裂かれていた。

「ちょっと、待てって!」遅れ、冴が息を切らしてその後に踏み込んだ。

「何だ何だうるさいな。お前たち、ここがどこだか解ってやってるんだろうな」

「うわぁぁぁコール!助けて、この強姦魔が!」

 奥から不機嫌度高く現れた主に抱きついて助けを乞い、巴椰は軽蔑の潤んだ瞳で冴を睨みつけた。

 ぎょっとし、コールは訝しんで冴を見やった。

「……何をしたんだ。この子が怯えるなんて珍しい。場合によってはカトレアに刻ませるぞ」

「馬鹿ッ、違うって!襲いたかったわけじゃないし、たまたま巴椰の部屋に遊びに行ったら巴椰裸だったんだよ!信じろよマリア!」

「私はトカゲであってマリアではないんだがな」よしよしと巴椰を庇って慰めてやり、何とも面倒そうにコールは冴に尋ねた。

「偶然この子の部屋へ行くとこの子が脱いでいて、それをたまたま見て--何だ、そんなことでぎゃあぎゃあ騒いでいたのか」

「何言ってんだよ、こいつ服着ようとしたら「着なくて良い」とか言いやがったんだぜ!?コール、冴ぶっ殺せ!」

「成る程、それは変態だな」

 あっという間に納得し、コールは完全に冴の敵となった。いつの間にか、彼の影はぶくぶくと泡立って揺らぎ始めていた。

 首を強く左右に振って否定し、冴は弁解を試みた。

「巴椰のネクタイの結び方がおかしいって思って脱いだ方がいいってことであって、つまり俺は無罪なんだよ!」

「結び直せるって言ったろ!?もう近付くな絶倫野郎!」

「誤解だっつってんだろ!あぁもう、俺が悪かったから許してくれよ」

 まるで生娘だなと、コールは事を理解し呆れ始めていた。泡立つ影を制し、ただのじゃれ合いかと巴椰の頬をこすってやった。

 目の前の至って真面目に謝罪している彼を見て、流石に良識もはっきりと帰ってきて、巴椰はこっくりと頷いた。

「……俺こそ、悪い。最近そういった話が多くてさ、つい過敏になってた。冴がホモな訳ないのにな、本当ごめん」

 自分がおかしい。この良いヒトが自分なんかを襲うわけがないじゃないか。友を疑うのはもっとも恥ずべき事だとメロスも散々暴君に語ったろうに。

 目が覚めて反対に謝る巴椰を見てほっとするも、冴はどうにも何かが引っかかるらしかった。

「はぁ、そりゃ解ってくれたらいいんだけどよ」腑に落ちないと、にへーと笑っている巴椰に難を示す。「--んなこと言うって事はさ、あんた、誰かに狙われでもしてんの?」

「んや、別に。コールもごめんな、あと貸してくれた本は昨日返しといたから。それじゃ、俺用意があるから」

 誤解が解けると、巴椰はターッと走っていってしまった。招待状を握ったまま、二人をそのまま置いて。

 深いため息を吐き、冴はコールを殺気を含んで睨んだ。先刻までの緩い友人への表情とは一変していた。

「……で、巴椰のこと汚そうとしてんのはどこの外道だよ。あんた、何か知ってんじゃないか?」

「さぁな、私はそういったことには疎いんだ。恋愛云々以前に、お前はまずそいつを殺す気だろう?それが仮に私だとしても」

「勿論。でも、あんたはあり得ないから別の誰か--」

 嫌な考えと吐き捨てるように言い、冴は余裕めいて冷たい表情を浮かべているコールにもう一度尋ねた。

「--あぁ、予測は付くんだよ。本当、殺してやりたいやつの顔がはっきり浮かぶ」


          *


 はてさて、招待状の日付は今日。時間は夕方。前々より猫に衣装を拝借し、レインとコールから作法もそこそこに教わった。お嬢さんからは安全な食品の選び方なんてのを聞いたが、一体いつ使えというのだろうか。

 決まりきった扉をノックするも、今日に限って返事はなかった。もう昼だというのにあの狼はサボタージュするつもりか。

 仕方なくそのまま部屋に入り、巴椰は辺りを見回した。

 あの狼の姿はどこにもなく、ジャケットのみが椅子の背に掛けられてその主をただ待っていた。

 「あんにゃろう」悪態を吐き、巴椰は荒っぽくその椅子に腰掛けその主を待っていた。今の方ではジャケットの方がまだ礼儀正しかったろう。

 また悪態を吐こうとしたその時、背後の扉のノブがゆっくりと回された。

「、巴椰?」驚いたらしく、主は部屋に戻るなり目を丸く見開いていた。

「遅いよバカイヌ。出掛けるの夕方だって言ったのはお前なのに、何で早く来ないんだよ」

 どうやらシャワールームにいたらしい。濡れた頭にタオルを掛け、シャツはボタンを留められず開けっ放し、尖った爪の見える足は裸足のままだった。

 くしゃくしゃと頭を拭いながら、ブレットはそのままベッドの縁に腰掛けた。

「……気付かなかった。来てくれていたなら一緒に入浴したものを」

「うるせぇ。そんなことばっかり聞かされてるから冴に変なこと言って……あぁもう、お前と仲良くなって良いことが全然無い」

 嘆いても遅し、この狼が反省してこんな馬鹿げたことを言わなくなる見込みはない。だからこそ参っている。とんだ迷惑をかけてしまったのは自分の精神が弱っている所為か。

 冷たい水を喉に通し、ブレットは巴椰の傍へと近付いてその胸元に手を伸ばした。

「別に仲良くなることにメリットを求めなくてもいいだろう。お前の友人は仲良くなると必ずメリットをもたらしてくれたのか?」

「揚げ足取りは嫌われるぞ。メリット云々じゃなくてマイナスってのが大きいんだよ」

「ほぅ」相も変わらず何かが不思議そう、ブレットはひたりとはだけた肌に触れた。「ではお前、礼服の着方を教えておけばメリットになったのだろうか。ネクタイくらいきっちり締められないと恥だぞ」

「、うるっさいな。言われなくても締められるから触んな」

 これもまた猫に借りたものだが、ネクタイはよれて既に皺がついていた。ネクタイ含め、一式全て高級だと聞いたのだが自分の腕が悪い。

 強引に自分のネクタイをブレットの首に通し、巴椰は見様見真似でそれを結った。

「あれ、おかしいな……いや、前は綺麗に出来たのに……あれ、何かおかしい」

「ネクタイどころか首が絞まってるぞ」ギリギリと首が絞まるもその表情を早々変えず、ブレットは巴椰の頭を軽く叩いてその手を離させた。

「、ごめん。けど出来るから、もう絶対に痛くしない」

「その言葉はベッドの上で聞かせてもらいたいな。手本を見せてやるからじっとしてろ」

 さりげなく甘言を吐き、ブレットはジャケットの下に掛けてあった自身のネクタイを巴椰の首に通した。

 深い紫色の美しいそれは、皺一つなく巴椰の首に通され、白い狼の手によって容易く結われた。巴椰の結ったものと違い、静かに凛として胸元へと垂れた。

「折角の良い服なんだ。それ相応の着方をしてやらないと服が泣くぞ」

「……次は上手く、結べるようになってるから。癪だけどありがとう、普通にうまい」

「どう致しまして。素直なお前はまた、随分と愛らしいな」

 紳士的に笑み、ブレットは自分のよれたタイも結い直した。蒼もその瞳を見慣れて美しいのだが、紅もその身にはよく似合っていた。血のように紅い、その白銀によく映える色なのだ。

 些細な約束を交わし、巴椰はブレットにジャケットを渡してタオルを剥ぎ取った。

「また結べる日があるといいけどさ。ほら、さっさと用意しろよ?」

「花嫁修業とでも受け取っておこうか。いつでもそう素直にしていてくれるならいいんだがな」

 甘い香りのする優しい色はいつも通りのバニラの色。まだ濡れている髪にその色は宿り、ほのかに淡い香を放っていたのだ。

 自身もきっちりとジャケットを着直すと、巴椰は悟られないようにそっと、結ってもらったネクタイを指先で少し捻った。

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