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盲目の花園

 全くもって、謎の多い人狼だ。自分の常識はあいつの非常識、その逆も然り。しかし顔はいい。大変ムカつく。

 一週間というと、とっくに捜索届けが出され、学校の単位は落とし、もしかしたら死んでいることにされているかもしれない。死んじゃいないのだが、このメルヒェン空間を見ていなければ重度の妄言家と思われる。

 目の前を七色に羽を輝かせた蝶が飛び交い、灰色の少女が霞み眩む視界に映り込んだ。口元は赤く、手元の皿には赤黒い塊が血を滴らせてかじられていた。

 何考えてるのと、授受は小首を傾げてその隣に腰を下ろした。

「少し、狼のことを。よく解んないから考察してる」

「狼のおにーさんを?私きらぁい、あのおにーさん美味しくないし怖いんだもん」

 メルヒェンに皿の上の物体は少女の胃袋に消えていく。何のソレなのかは聞くと後悔を見るだろう。

 ぺろりと指先を舐め、授受はその辺りに咲いていた花を一輪むしって食んだ。

「竜のおにーさんは良いヒト。猫のおにーさんは優しい。レインは頭がとってもいいのにおかしい。兎さんは大好き!」

「へぇ。またメルヘンな面々だな」

「みぃんな、私にご飯くれるの。でもレインだけ何にもくれなくて、私がお腹空いてても何にもくれない。おにーさんはお菓子くれたのにね」

「あれは甘すぎて食えないのを勝手に取ってったんだろうがよ」

 いい子だ。食さえ絡まなければ普通のこと変わらない。少々白痴の気もあるが、それもまた愛嬌だろう。

 花をむしっては口の中に押し込み、授受はフードを深くかぶっては巴椰にもたれかかった。

「おにーさんは狼のおにーさん好き?誰に聞いても皆嫌いって」

「どうなんだろうな」ぼんやりと考えるだけでは明確な答えはなかった。「どっちつかずで、まぁ嫌いじゃない」

「ふぅん。でも今、嬉しそう。レインが兎さんを嫌ってるのと全然違う」

「じゃあ嫌ってないんだ。あいつ相当面倒だしうざいし変態だけどなー」

「そんなに興味あるんなら嫌いじゃないんだね」にこ、と変わらない少女の笑顔が浮かぶ。「おにーさんのこと食べちゃったら、私撃ち殺されちゃうね」

 そうけらけらと笑いながら、少女は駆けていってしまうのだった。つまらない話には用はなく、ぞっとする花の一言を吐いて。

 好きか嫌いかと二択で選ぶのならきっと『好き』と答えられる。当人を目の前にしてはその存在の不可思議さにどう答えるかは解らないが、他人に聞かれたのならば。

 「本当に?」甘い猫撫で声が背後から巴椰を撫でた。

「君は本当にあの狼を好いている?いやいや、そんな訳ないじゃないか。君はあいつに呆れているんだよ」

「悪いけど、メルヒェンは好きになれないんだよ。だからあの狼も絶対に好きなんて言ってない。賢い人は好きだけどね、猫」

 尾をくねらせ、くったりと巴椰の背中にもたれ掛かり猫はごろごろと喉を鳴らした。頭を撫でてやると、そんしょそこらのネコと何ら変わりはなかった。ただし人の形だが。

 遠くではまだ授受が花を食べ、それだけ見れば妖精かのように思われた。青い花弁の散る様は、人のそれを思わせなかった。

「--まず、男を好きになるなんてあり得ない。好きな人も居たし、どんなイケメンだろうとあり得ん」

「だといいね。俺も、君が普通の恋愛に走ってくれることを望んでいるよ」

「……それ、コールにも?」

 ごろごろと巴椰の背に鼻をすり付け、「いいや」とその口は答えた。

「あれはここに来たときから眼を隠されてた。恋は盲目、あの王子にも眼はとっくにない」

「綺麗なハリボテの目なのか。相手のことなんか見えてない」自分の目を閉じてまぶたを軽くつつき、巴椰は目を開いた。

「冴もいい友人でいられるかな。この間も声かけようとしたらお前のこと追っていなくなった」

「あれはまた別。破壊衝動をいちいち買ってたら身が持たないよ。冴の目に映っているのは、今は誰なんだろうね」

 意味深に言葉が首筋を這い、妖しくネコの声が耳をふさいだ。遠くの少女はもう見えなかった。

 とっくに治ったのに掴まれていた腕がズキズキと疼きだし、思わず巴椰はその腕を抱いた。

「君はよく解らないや。こんな嫌われ者の溜められた世界でまだ笑っていられる。変な子で、おかしな子。そんな君だから味方をしてあげたくなるんだね」

 そう言うと、猫は懐から封筒を取り出して巴椰へと渡した。

 淡く桃色がかったそれを受け取り、巴椰は振り返ったまま硬直していた。

「これ、招待状なんだ。うちからはブレットとカトレアと俺と君。実はね、ちょっとしたパーティーにお呼ばれしようってことになったんだ」

「パーティー?何それ、何で冴とかコールが行かなくて俺なんだよ。おかしくないか」

「冴は暴れられると困るし、あとここの警備のため。授受も然り。レインはここの管理のために行けないとか何とか。コールは--」一旦息を置き、猫はくくっと低く笑った。

「コールは、知らない方がいいんだよ。でないとカトレアがあれ以上にイカレてしまう。あいつはあのトカゲ様が傷つくのを何より恐れるから」

「知らない方がいいって……傷つくようなとこには行かせられないか、うん解った。あんたにしてはまともな意見だ」

 猫にしては不思議とまともだ。とても海を造ったとか奇行に走る輩には見えない。外見を除いては。

 その封を切り、猫は続けた。

「美しいお姫様の婚約パーティーなんだよ。ちゃあんと正装して行きなよ?服なら言ってくれれば貸すからさ」

「婚約……あんたの友人?」

「うーん、君以外は会ったことがあるんだよねぇ。別に友人ってほどでもないけど、それこそブレットはそれに値するよ。ま、美味しい料理ご馳走になりに行くくらいの気構えでいいって」

 わざとだろうか。嘘臭い笑顔でネコらしく語る。嘘だとしても本当だとしてもろくなことではない気がする。本能が黄信号を点滅させてそう告げている。

 中の便せんに目を通し、巴椰ははーっと感嘆のため息を吐いた。

 --シェリー=ノルタシオと書かれた名の下に、ケープをかぶった美しい女性が微笑んで写っていた。美しさと威圧感を持ち合わせた、稀代の美女が。

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