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ヒトの心が読めない狼

 冗談の通じる相手だからこその冗談、笑う狼とはおとぎ話であろうか。顔こそ良いものの話は通じず、しかし会話はできるくらいになってやいやしまいか。流石自分と、これは褒めてやりたい。

 なされるがまま頭を撫でられ、巴椰はふと先刻の疑問を口に出した。

「な、ブレットって彼女とか嫁さんとかいんの?歳的にはいても丁度良さそうなんだけど」

「あぁ、伴侶はいたさ」あっさりと口を割り、ブレットは撫でる手を止めた。「気の強いルーガルーがな。美しいが、性格に難がありすぎた。俺を監禁しても悪びれる様子もなかった」

「……夫婦似たもの同士だな、何の違和感もないわ」

 こいつ本気で言っているのだろうか。自分の知っているブレット=ベリオロープという男の話を聞いたかのようだ。それもその本人の口から。

 そうかいとやはり気付く風になく返し、ブレットは巴椰を床に肘を突いてじっと眺めていた。

「--つまり、監禁すればいいんだな?似た者と言われるのはそれとなく苛つくな、お前をここに閉じこめてしまおうか」

「はぁ?何でそうなるんだよ阿呆。んなこと一言も言ってないだろ」

「閉じこめてほしいように聞こえたさ」高性能お耳は話を良いところしか聞かず、敢えて無視しているようにも聞こえた。むしろ捏造の箇所も否めない。

 くつくつと悪党のように笑み、ブレットははぁと嬉しそうな甘い息を吐いた。

「あの女は恐ろしい魔獣さ。お前こそ、恋人の一人や二人いないのか」

「、うるせぇ。いなくちゃ悪いか」

「なら手付かずか。そうかそうか、頼まれれば仕方ないな」

 また都合良く彼の頭の中では言葉が回っているのだろう。それもまた面倒な、どうせいつもの妄言なのだ。

 巴椰の手を取って一気に立ち上がり、異様に紳士的にブレットはその背に手を回した。

「願われたのならば、その処女も童貞も奪ってやるさ。お前となら話しているのも遊んでいるのも、息をすることさえ楽しいだろう」

「うわ、やめろそれ以上言ったらぶっ殺すド変態」思わず脚から力が抜けかけ、巴椰は反射的に拳を堅く握った。

 引け腰になるもその理由を解っていないのだろう。大体突っ込み所が多すぎることに気付いてほしい。

「あんた前にも同じようなこと言ってたけど、まずあんたは人狼だし、変態だし、話聞かないし、まず同性だろうが!それくらい、特に最後くらい解るだろ!」

「解っているさ。だからこそ、こうして」

 床に寝た本を眺め、長い脚を引いて強く力を入れ、ブレットは庇うかのように巴椰をその場から退かせた。

 キンッと弾ける音に、彼は巴椰の腕を痛いほど強く掴んだ。

「庇ってやる気になったのさ。俺の為に斬られるのはロマンはあるが嫉妬しそうだ」

「あやぁ、残念。やっぱり気に入っちゃってんだね」

 掛かる自分たちの影から腕を伸ばし、体を出し、カトレア=ラークスパーは剣を振りかざしてお得意の似非爽やかスマイルを浮かべていた。何がおかしいか、床の影から出現したのだ。

 まるで水面から現れたかのようにちゃぷんと影を揺らし、カトレアは床に上がった。

「コールが悲しんでるからさ、その本返してよ。あのコールが俺のために考えてくれるのにさ、あんたらに邪魔されたくないんだ」

「へぇ?お前のためと断定するのは早いと思うがな。この子は愛されやすいそれだ、あの堅物もこの子の為に勤しんでいるのかもしれないぞ?」

「無いね、絶対にない」きっぱりと断言し、カトレアは笑みを崩すことなく巴椰へと切っ先を向けた。「もしそうなら消してしまって、興味の対象を俺だけにさせるさ」

 狂っているなんていつも通り、そんな今更なこと言われなくたって解っている。平常運転におかしいのだ。

 返し笑みを浮かべ、ブレットはキュッと巴椰の腕を掴むのをまた強めた。

「斬らせはしない。諦めな、なり損ない」

「抵抗しないなら斬らないよ。コールが熱に浮かされてるならまた話は別だけどね」

 床に落ちた本を拾い上げ、カトレアは何とも幸せそうにそれを抱いた。理解しかねると、ブレットはつまらなさそうに吐くばかりだったが。

 立ちすくむ巴椰を一瞬だけ見やり、カトレアは眼を細めて剣を鞘に納めた。

「そんなに怯えないでよ。仲良くしよう?人間君」

「それが仲良くする態度かよ。盲目で、何にも見えてないだろ」

「一条の灯りを除いてはね。俺の目に映っているのは一人の人だけだ。そこの狼殿のように絶倫でもないもので」

「絶倫」あぁと妙に納得し、巴椰は「そうかもな」とおかしそうに笑んだ。

「君は狼が好きなのに俺の言葉で笑うんだね。変な子だ、俺だったら笑われた時点で切り刻んで鳩ちゃんに喰わしてるのに」

「間違っちゃいないから笑ってんの。あと、ブレットのこと別に好きじゃないから」これは大事なことと、巴椰は付け足した。「あんたのことも好きってことになる」

「なかなか言うね。君となら、今度二人きりで楽しんでも良い気がするよ」

 王子様は本当の笑顔は他人に見せず、ただ一人にだけ愛情を注いでご満悦。「コールのことが好きだ」と、likeの感情で言ったとしても体と首は離されてしまうだろう。

 二人に近付いてその影に足先を浸すと、その部分のカーペットは揺らぎ、また水面のようにカトレアの体を飲んだ。

「その狼には惜しいね。ネコが君をここに連れてきた理由が解るよ」

「、どうせメルヒェンな夢だろ。理由も何も、いつかは醒める。ネコもあんたらもその産物だ」

 いつか、今でなくとも帰れるはずだ。この誘拐犯兼友人が帰してくれるのなら今すぐにでも。

 胸まで飲まれ、カトレアは巴椰のみを見つめて低く微笑した。

「--俺は、その理論否定しない。悲しまれるのはヒロインの特権だ、醒めると信じるのなら、醒めるさ」

「あまりごちゃごちゃ言うなよ、出来損ない」しばらく黙っていたかと思えば、急にブレットはベルトから銃を抜き取って彼へと向けた。

「絶倫狼殿が怒ってらっしゃる。それじゃあ人間君、今度は二人きりでイイことが出来るといいね」

 からからと、つくづく嫌な奴だとまたその認識が深まった。そんなに嫌がらせが好きかと、呆れてものも言えない。

 すっかりカトレアが潜ってしまうと影は張り付くのみのそれに戻っていた。もう水とは呼べず、床の上を主について這っていた。

 「ブレット」と名を呼んで巴椰が彼を見やると、痛いまでに掴まれていた腕がようやく解放された。

「……何、大丈夫?カトレアは結構嫌な奴だけど売り言葉に買い言葉だろ。そこまで考え込まなくても……」

 暗い色をした瞳は、今日は更に深い暗色だった。夜空から月を奪い去った色は闇一色、影を睨んでいた。

 ふっと巴椰を見やり、ブレットは彼を割れ物でも扱うかのようにそっと両腕の中にしまった。

「、ブレット?何だよ、気分悪いなら寝てろって。それこそコールなら薬くらい--」

 明らかにおかしい。いつもおかしいがそうではなく、おかしくないのがおかしい。今日の狼はいつもと違う。

 赤く跡の残ってしまった巴椰の腕をさすり、ブレットはうなだれて彼の肩に頭を預けた。

「おかしくなりそうだ。お前は誰とでも打ち解けて、苦しまない。この手の中に、どうして居るんだ」

「はぇ?どうしてって、あんたが探してるって言うから……気持ち悪いぞ、どうしたよ」

 うりうりと慰めて頭を撫でてやる姿はさっきと真逆だった。不思議でたまらないとでも言いたげに、ブレットは何度も巴椰の名を呼んで確かめているようだった。

 何が不思議なのか解らないまま、巴椰は黙ってその腕の中に抱かれたままにされていた。

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