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人喰い螺旋人形に花が笑む

 まるで糸の切れた操り人形のように、ぱったりと授受はその場で倒れてしまった。ぴくりとも動かず、まるで死んでしまったかのように。

 小さくため息を吐き、レインは彼女を両腕で抱き上げた。

「授受は、空腹になると動けなくなります。この子もまた燃費の悪い、生きるのに適さない試作品。私よりもひどい」

「それって、死んで--」

「いえ、呼吸すらしないのですが生きていると言える。心臓が鳴らないのは元より皆知っている。今だけは可愛いでしょう?このハトガールは」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、レインは彼女の頭を人形に触れるかのように何度も撫でていた。愛らしいと言えたが、それは陶器の人形としての無機質なそれであった。

 立ち尽くしたまま動けなくなっている巴椰に、レインは静かに歩み寄った。

 コツリ、と目前まで迫ったときにようやく意識が覚醒する。

「貴方も、愛らしい。その身体には足りない物が多い。心の螺旋が抜け落ちている」

「、触んな。五体不満足とでも言いたいのか、お前」

「いいえ。ただ、ネコは完全を愛しますがね。ここのは皆足りないものだらけ。だから貴方はあんな狼なんかに好かれてしまう。竜なんて空想の生き物にも、愛想のない魔術を使役するトカゲにも、あまつさえ影などに成り下がった王子などに」

「嫉妬してるみたいだぞ、似非紳士。そんなに輪の中に入りたいかよ」

 お得意の虚勢をまた。花々の咲き乱れるうららかな世界に合わず、こんなにも苦しい。

 鼻が付くほどに巴椰に迫り、レインは妖しくにぃっと笑んだ。それこそまさに、殺されるかと思うほどに。

「私の居場所はこの子の側です。ブレーキをかけないと暴走する、可愛い小鳥じゃないですか?」

「可愛いとは思えないけどな。人のこと喰いにくるのは笑えない。躾が足りないんじゃないか?」

「躾、ねぇ」空いた方の手で巴椰の頬を撫で、レインはその耳元で吐息をこぼした。

 思わずびくっと跳ねると、その唇は弧を描いてまたおかしそうに笑んだ。

「私はこの子が嫌いなので、側にいるんです。自分の食事を横取りするような子を好めますか」

「意味わかんね。嫌いなのに居るの?」

「嫌いだから居るんです。いつか果てるとき、私に笑ってくれるために」

 狂ってる。矛盾した言い方を本人は解っているだろうが、それに巻き込まれているこの子が可哀想だ。喜んでその狂いに憑かれているとは到底思えない。何故この“花”とやらを食べてしまわないのか--

 あぁと妙に納得し、巴椰はレインからいとも簡単に離れた。

「お前、不味かったんだ?だから友達って」

「植物は灰汁が強いんです。そのままかじった子供には、不味いとしか映らないでしょうね」

「友達ってんなら嫌ってやるなよ、ロリコン紳士」

 精一杯のお返しに、レインは少々苦笑していた。腕の中で眠る子は聞こえていないのか微動だにしないままであったが。

 そのまま出て行こうとした巴椰に「あの」と声がかかった。

 ドアノブに手を掛けたまま振り返ったその瞬間、先刻撫でられた頬に柔らかい唇が触れた。

「貴方も、嫉妬されるといい。嫉妬のお裾分けです」

 人差し指を口の前で立て、レインはさもおかしそうにそう言った。


      *   *   *


 無類の本好きは図書館にこもったまま、もう何日も部屋から出ていないという。体にかびが生えるんじゃないかと、インドアな自分が言っても効果はないのは知っているが。

 角を曲がっていくつめか、覚えたままの図書館は今日も閉ざされ無音だった。主はその海に埋もれ、耽り時間すら視野に入っていないらしい。

 黙って部屋に侵入し、巴椰は元あった場所に持ち込んだ本を収めた。

 「巴椰?」と、寝ぼけたような声で図書館の主がその身を奥の部屋から這いださせた。

「いつ来たんだ。言ってくれれば茶の一杯くらい……」

「お構いなく。勧めてくれたの読んだから返しにきただけだしさ。あいっ変わらず難しい内容だった」

 ここの主が寝坊とはまた珍しい。徹夜を繰り返してもぴんぴんしているのだが、今日に限っては疲れ果てていたようだった。

 自分の指定席にぐったりと腰掛け、コールは頭を抱えて深い息を吐いた。

「大丈夫?調べものでもあったわけ?」

「いや、別に。そうでは、ないんだが」

 口隠っていつもらしくない。眠そうと言うよりはただ疲弊していた。

 隈の残る目を伏せ、コールは巴椰を手招いて近くへと寄んだ。

 何か隠さなければならないことか--巴椰が近くへ寄ると、コールは左腕を捲って彼へと晒した。

「あいつに咬まれた。その後、カトレアにも噛まれたが」

「、授受に?」明らかに幼い子の歯形と思わしき傷にその名前が口を突いた。

「あぁ。鳩のくせに人食とは笑えんな。お前はあった割に無事なのか」

 犬に噛まれたかのような血も滴る生傷。赤黒く変色したそれはコールですら皮肉を吐いて苛ついていた。

 袖を戻し、巴椰は思わず眉根をひそめていた。それほどまでに、見るに堪えないものだったのだ。

「痛そうなんてもんじゃないな。ごめん、ちょっと見てらんない」

「構わない。食事を運んでやったんだが、私も油断した。少し前にお前と会ったと聞いたから大人しくなっているだろうと勝手な算段を踏んだ」

「俺に会って何で大人しくなるんだよ……」

 どう考えてもそうはならない。自分があの子をどうこうできるなんて買いかぶりも甚だしい。

 背もたれに体を預け、コールは自嘲気味にふっと笑みを浮かべた。普段笑わない人のこれは恐ろしい。

「--そういえばだが、狼がお前を捜していたぞ。何か用事でもあるんじゃないか?」

「ブレットが?」用事と言われ頭の中を探るも、特にそれらしいものは見つからなかった。

「このところ毎日徘徊しているらしい。お前が見つからないと嘆いていたが、もうずっと会っていないんじゃないのか」

「ん、一週間くらいかな。カレンダーがないからよく解らんけど、多分それくらいは会ってないと思う。お陰で日焼けも大分治まったし」

「それはまた長いな。誰の不機嫌も目障りだが、あの狼は別格にうざったい。力が強いのがいけない、お前が押さえられるようになるのを楽しみに待つとしているがね」

 そんな無茶な。楽しみにされてもどうしようも出来ない、むしろ今度こそ噛みつかれて啜られてしまうだろう。

 ふっとくたびれた笑みで吐き、コールは服の上から傷口を撫でた。

「痛いが、お前はあれには噛みつかれんさ。見るからに不味いという顔をしている。中身が傷みかけている」

「失礼な」冗談だと解っていてくくっと笑い声をあげ、巴椰ははぁと甘いため息を吐いた。「コールも美味しくなさそうだよ。俺よか酷そう」

「はっ、言ってろ。口の減らない子だ」

 向こうも悪い気はしていないのが解るからこその悪口であって、ブレットのそれとはまた少し違うのだ。あの面倒な性格も一週間も放置しておけば少しはマシになったろうか。

 コールの机上に積んであった本を数冊抱え、巴椰はひらひらと手を振ってコールの元を離れた。おかしくってたまらないと、けらけらと笑って。

 音を立てて扉が閉まるのを聞き、コールは椅子の中で足を畳み「ふざけるな」と苦しそうに吐き出した。

やはりR指定タグ入れておきます。まさか血みどろにはならないとは思いますが一応。

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