自慢の一品はボロカスに
クスッとだけで私の努力はうかばれます
とぼとぼ足取り重く、私は唯木達の後を歩いていた。
なんだかんだ言っても、刑事さんにあのようなことをサラリと言われてしまうと、怖い話をされた時に暗闇と背後を気にしてしまうのと同じで心細かった。
そんな心境の私を突き動かしたのは悔しくも唯木。
一発で私の心を見抜き、ある提案を持ち出したのだった。
私としても悪い条件ではなかったのだが、やっぱり相手次第でかなり返答はかわるもので、唯木の提案を迷わず断ってしまった。
だが今はこうして唯木、おっちゃん、新人少女とホームレスの巣窟へ向かっている。巣窟とはいっても単なる公園。
唯木があんなにも饒舌だったとは……。
「おっちゃん、着いたら、『文房具の達人』と『卑屈な孔明』呼んできてくれないか」
「あ、わかりました。確かにその二人が適任かもしれませんね」
にこやかなおっちゃんに対し、唯木は完全に悪巧みしている顔だ。というか何だ、文房具の達人って? 卑屈な孔明?
それと、ここに来るまでに気がついたのだが、公園のホームレスの人達は唯木を除いて誰も名前で呼び合わない。あ、おっちゃんに関しては頭に伊藤とつけることがたまにある。
ただ、この新人少女は一度として名前を呼ばれていない。唯木もおっちゃんも一貫して新人少女と呼んでいる。
「ねえ、なんで名前じゃなくて、そんなコードネームじみた呼び方してるの?」
「そういうルールなんだよ。誰一人として互いの本名なんざ知らねえよ。ましてや興味もねえし」
「でも、あんたは唯木って――」
「――頭を使え。偽名だ、偽名。おっちゃんの伊藤にしたってそうだ。普通わかるだろ」
言葉を遮られた挙句、バカにされた。もう一発殴っておこうか。今度こそ鼻の骨ぐらい砕く。
「唯木さーん!」
私が拳をグーにしたところで、公園奥から一人の好青年が走ってきた。
メガネが良く似合う顔つきだが、メガネはしていない。伊達でもいいから掛ければいいと思う。
しかし、ここのホームレス村、年齢層がやけに若い。この青年もまだ二〇代と見受けられる。
青年が走ってくるのに気付いた唯木はてっきり手でも振り返すのかと思いきや、手はポケットへ。さらに背を丸めて目つき悪く、ズカズカという効果音が合いそうな歩き、つまり、不良のような感じになって青年を一喝。
「あぁ!? なんだぁ? ニコニコしてんじゃねえよ! んで『唯木さん』だろ!」
いやいやいやいや! 無茶苦茶だ! 彼、しっかり唯木さんって呼んでたから!
「まったくですね。貴方のことを呼びに行くつもりだったんですから、ちゃんと待っててもらわないと困りますね」
えっ!? おっちゃん!? まるで人が変わったかのよう……。
「そーですよ! 孔明の分際で!」
うわぁ……。これは、紛れもない、イジメの現場だ。
なんだろ、こう、彼の能力は周りの人間に罵倒でもされる力なのか?
「うっ、皆さんそろって酷いですよ……」
どうやら違いそうだ。
「そちらの方は?」
好青年はなんとか話題を逸らそうと私の紹介を求めた。しかし――
「あぁ? てめぇには関係ねぇよ、落第生」
「知識欲旺盛なのは良いことですが、それをまず人に尋ねるのは愚か者の行為です」
「まったく、これだから最近の若者は」
ひでぇ、これはひでぇ。
「ちょっと、三人ともそれは言いすぎでしょ!」
私の正義の心がこの状況を止めろと叫ぶ。青年を救――。
「ふ……そうですよね……、こんなだからダメになるんですよね……。こんなだから、試験落ちるんで
すよね……。こんなだから…………」
や、やばい、超ブルーだ。
「よし」
ボソリ、唯木が呟いた。
その呟きに私は途方もなく腹が立ち、食って掛かろうとすると、
「あー……なるほど……はい……理解しました……。では僕は先に準備を済ませます……」
「え?」
ブルーな青年は一八〇度回って引き返していく。じ、自殺でもしないだろうか……。
「アレが我がホームレス村の策士。卑屈な孔明だ」
ポケットから手を抜き、不良モードを解いた唯木が誇らしげに言う。
その誇らしげに誇る人をたった今ズタボロに言ったではないか……。