噛まないためにはしゃべるのみ!
クスッ
それだけでいいんです
「不幸の星の音岸、何やってるの?」
会社に戻るなり、編集長に睨まれた。
理由がわからない。私は何かミスをしたか? ……いや、してない。取材はきっちりしてあるし、必要ないが(私が一字一句覚えているから)ボイスレコーダーもちゃんと使った。はて、なにをやってしまった?
きょとんと突っ立っている私を見て、編集長はため息ひとつ。デスクのノートパソコンを私に見せた。
「……あ」
「はい、回れ右。あんたは被害者なんだから、あの現場に入れるのよ! 警察からありったけの情報ぶんどってきなさい!」
「は、はい!」
編集長が私に見せたのは、銀行内で強盗の人質となっている私と、カメラにバッチリピースしている新人少女が映っている写真だった。
その写真は編集長のパソコンに直接メールで送られてきたらしい。そして、差出人の名は唯木カナタ。
私は急いで銀行へ戻るためエレベータへ駆け込む。そして、何故だかボタンを押す力がいつもより強かった気がする。
銀行近くまで駆けて行くと、ベンチには唯木と伊藤のおっちゃんに新人少女。それともう一人。誰だ? いや、ここで関わるとまた面倒になる。無視無視。
戻ってきてみれば案の定警察の方々が聞き込みだとか、犯人の所持していた銃、天井の無数の穴などを調べている最中だった。
取材だ、と意気込みながら私が調査中の警官に話しかけようとするも、向こうが先に気付いて私の方へやってきた。
「いやぁ、よかったよかった。帰ってきてくれてよかったよ」
そういってにこやかに一人の刑事が歩み寄ってきて、ほぼ無意識の行為のようにさっと警察手帳を出し、しまう。ろくに中は見れなかった。
「すいません、勝手に帰ってしまって。普通、ここに残ってなきゃいけないですよね」
微笑を浮かべながら私は言葉を返す。
「いえいえ、普通は人質にされた人って帰りたくても足が竦んだり、腰が抜けたりして帰れないものですよ。それが帰れちゃうんですからよっぽどメンタルが強いんでしょうね。今回は気の狂った青年と、やたら強い中年男性に助けられたそうですが、実は犯人の覆面をぶんどってやろう、とか考えてたんじゃないですか? あ、そうだ、犯人の顔みました?」
よ、よくしゃべる人だ。そして、自分で言った矛盾に気がつかないのか?
確かに覆面とろうと思ったよ。でも、貴方が今、バカとおっちゃんに助けられたって言ったところじゃないですか。
「うんうん、やっぱり人の顔ってよっぽどの特徴がない限り覚えてないよね。顔がゴリラみたいとか、デコの中心にほくろがあったりとか、鼻毛出てたり。あ、犯人逃げられちゃいました。まてよ、顔の一部分のパーツだけが印象強いとそこしか記憶に残らないですね、ハハ。そうだ、ほくろから毛生えてる人ってなんか気になりません? 言うべきか言わないべきか、どうでもいい葛藤しますよね」
「ちょ、ちょちょっと待って」
しれっと末恐ろしいこと今この人言った!
「犯人が逃げた!?」
「ん? はい。逃げられました」
「なんで!?」
「僕ら警察が来る前に、犯人の仲間がココにきたらしくて、スタンガンとかそういう類の武器振り回して警備員を一網打尽。んで、さーっと犯人かっさらわれて消えてしまいました。現在行方を追ってるけど、何か無理な気がするな。あ、おーい、被害者は顔見てないってさ。防犯カメラの解析しといて。たぶん特定無理だろうけど、一応やっといてー。上が五月蝿いからさぁ」
なんというか自由気ままというか、無邪気だなぁ。
「んじゃ、ありがとね。今後、貴女にこういった不幸が訪れないことを祈ります。あ、そうだ、この強盗犯は初犯で素人だけど、バックにいるのはなんか『犯罪者養成所』とかいう危ないグループだから。僕らに芋づる式に捕まえられるの恐れて、可能性である貴女を襲うかもしれないので気をつけてくださいね」
怖いこと言うな!
私の心の叫びも虚しく、刑事さんは私に手をふり、銀行を出て行く。続いてぞろぞろと他の警察官の方々も刑事さんを追っていく。
「音岸さんよぉ、いらぬ正義感で豪いものに首つっこんじゃったね」
背後からの唯木の声に私は裏拳と共に振り返った。しかし、甲が捕らえたのは伊藤のおっちゃん。その隣に私の狙った唯木がいた。
「ずいぶんと乱暴ですね。命の恩人に対して」
「誰が命の恩人よ!」
ひょいと唯木はおっちゃんを指差す。
「……すいません」
「声が小さい!」
私は懇親の右ストレートを放った。