先制がやっぱり鍵でしょ
クスッとしていただけたら私の目標達成です
二度と会いたくない、とか思った相手とは意外にも次の日あってしまうものだ。
雑誌社に勤める私は取材で町を歩いていると、人混みの中明らかに浮いた存在が一つ。周りがコートを着込んでいるのに対し、ソレは真冬だというのにシャツ姿。
どういう神経しているんだと心の中でツッコミ、身を翻して、その場を離れようと歩き出すが、三歩目でポンッと誰かに肩を叩かれた。
恐らくこの流れでいけばアレだろう。しかし、ここでいきなり先制パンチを繰り出すとそういう時に限って知り合いや上司だったりする。でも昨日の仕打ちを考えれば、ここで一泡吹かせておきたいので、二連攻撃を繰り出すことに決定。
一発目は牽制のビンタ。知り合いだったとしても痴漢と勘違いしたという苦しい嘘を突き通せば事なきを得るはず。
私の手は相手の頬を捕らえ乾いた音を出す。
さらに私の視界に憎ったらしいあの顔をしっかり捉え、今度は左のグーを突き出した。
何故私はその時もっとよく見なかったのだろう。明らかにアイツは私の二メートル程向こうにいるではないか。そんな位置から肩を叩くなんて絶対出来ない。どれだけ私はアイツを殴りたかったんだ、と自虐的笑みを引きつらせながら、グーで殴ってしまった人のほうに恐る恐る目を向ける。
殴る際に『貰った!』などと声を出しているためもう、私の策は使えない。あとは、殴った人しだい。もし、上司なら終わった。同僚なら……ストレスが溜まってたと言っておこう。
だが、意外にも哀れな被害者は知らないおっちゃんだった。いや、知っている!? つい昨日見たではないか。ホームレス村のリストラおっちゃんではないか!?
「だ、大丈夫ですか!?」
私は慌てて駆け寄りおっちゃんを助け起こす。
「いやぁ、コレぐらい大丈夫ですよ。不良に恐喝されて、財布盗られた時より全然平気ですよ」
そ、そんな体験まで……。
「おやおやぁ? 音羽さん、伊藤のおっちゃんは昨日貴女が落とした手帳を届けてくれたんですよ。恐らく取材のメモであろう手帳を。そんな親切なおっちゃんを殴るなんてひっどいですねぇ」
私のすぐ横にはニヤニヤ笑うにっくき唯木。よくもまあ白のTシャツだけでよくこの冬を……。そして何故か手には何故かライターとマッチ。
「いえいえ、唯木君、別にこれぐらいどうってことないですよ」
「おっちゃんは人が良すぎるんだよ」
「いいんですよ。それで喜んでくれる人がいるなら」
「おっちゃん、殴られてそれはもうMの領域」
ズバっと唯木は伊藤のおっちゃんに指を突きつけたあと、指は私の方を向いた。
「んで、お前はS。ドS」
もらった、などと言って人を殴れば誰だってそう見える。このことに関しては反論のできないが、ざまあみろと言わんばかりの顔で言われると途方もなくイライラする。
「見たところ男運なさそう。あっ、寄ってきた男全員今みたく殴って逃がしてるのか?」
もうドSでもいいや。
とりあえずこの男だけは殴ろう。
私がそう決意し、グッと拳を握り締めたところ、唯木のうしろからもう一人。またも昨日のホームレス集落で見かけた顔だ。
「ゆいゆい唯木さーん! みみ耳寄りじょーほー!」
笑ってるホームレスの中で一際明るい少女。『後先考えて行動しない』の集大成とも言える少女で、高校を出た後、何も考えていなかったらしく、公園住みデビューを果たした。ちなみにホームレス暦は二ヶ月となかなかの新人。
雑誌社に勤めるが故か、私は一度聞いたりしたことはすぐに覚えられる。私が誇れるちょっとした特技なのだが、上司には脳内要領の無駄遣いとよく言われてしまう。
「お? どうした新人少女。何か受信したか?」
確かこの少女は『五分に一回、どこかの誰かの思考を受信する』力をもっていたはず。
頭の中で非科学的な超能力をこうも簡単に認識してしまっていいのだろうか?
「あのですねぇ、割と近くの人の思考でしたよ。何とですね、そこの銀行に強盗へ行くみたいです。数日前に警官を襲って銃器も手に入れてるみたいですよ」
さらっと犯行予告を少女はするが、彼女の受信対象は世界中の人であるため、ほぼ奇跡に近いだろう。
「それ、指名手配犯?」
おいおい! 唯木、何を言い出す!? 食いつくのそこか!?
「賞金はいくらぐらいかわかりますか?」
伊藤のおっちゃんまで!?
「ん~、初犯の思考っぽかったかな。プロの人より計画ベタだったもん」
ちょ……。私は絶句した。こいつらの間ではこの会話は当たり前だったりするのか? それに、この新人少女、プロのって……そっか、五分に一回受信しちゃうんですよね。その手のプロの思考だって知ってるわけだ。
「ちっ、金にならないのか」
ぶすっと膨れる唯木だが、私は黙ってなんていられない。
昨日、川流しにあっていたのも元をたどれば猫を助けるため。そう、私、自分で言うのも何だが正義感が強い女なのだ。
何かやらなきゃいけない事があったような気もするが、今は銀行強盗を阻止しなければ。
「ねえ、その強盗っていつごろ来るかわかるかな?」
「えっとですね……ワカリマシェーン」
目を線にして少女は首を横にふる。
時間はわからなくても張り込めばいつかきっと現れるはず。
私はおっちゃんに謝罪し、鞄を肩にかけなおして銀行へ向かう。こうプランが曖昧な点については新人少女に負けず劣らないかもしれない。
「さて、待ちますかな」
ふうっ、と短く息を吐いて私は空席を捜すが、捜して三秒、私の右こめかみに何か黒い物を押し当てられた。
直感で私は何か感じ取り、嫌な汗が全身からどっと噴出す。
「強盗だ! この女を殺されたくなければこのバッグに金を詰めろ!」
いやああああああああああああああああああ!