彼がホームレスのリーダーのようです
「ふえっくし!」
女性としてはしたないほどのくしゃみをしてしまった。
それも仕方ないだろう。
真冬に子猫を助けるために川に飛び込んだのだから。さらにかっこ悪いことに猫と一緒に下流まで流されて挙句の果て、私と一歳違いでしかないホームレスに助けられてしまった。
本当に情けない。
「ほい」
私を助けた張本人が湯気の立つカップを私に差し出す。
一見モデルみたいな好青年だが、バッチリ公園に住むホームレス。
「あ、ありがと」
「いいよ、あんたが流れてきた川の水を温めただけのお湯だけどな」
青年の吐いた恐ろしい発言に思わず私は口に含んでいたお湯を噴出す。
「げほっ、げほっ!」
「もったいない。なに? ホットココアでも出ると思った? 俺たちホームレス。そんなものが出てくるわけないだろ。助けてやっただけ感謝しな」
コイツ、ムカツク。
この青年と出会って、数十分。悪い印象しかない。
川岸で猫を受け取るなり私を置いていくし、ホームレス狩り対策として設置してある罠にわざとはめるし、そして今のお湯といい……。
それに、このホームレスの集落的場所に集まる人には共通点がある。まず、常に笑ってる。それは人として前向きで良い事かも知れないが、大した理由もなく、上司の機嫌だけでリストラされたおっちゃんや、インテリ系の外見をもってしても四八回も面接に落ちてるお兄さんなどなど。少しぐらい落ち込んだほうがいいと思う。
そして、最大の特徴は、ここのホームレスは皆、役に立ちそうで立たない超能力者の集団であること。
例としてはその月の日数分の高さだけ物を宙に浮かばせることができる念力使い、五分に一回、世界中の誰かの思考を読み取るサイコメトリー。
そして、目の前のこの青年は材料さえあれば物を作り出す能力、中世の錬金術のようなものだ。ただし、その材料は『ゴミ』であることが条件だったり……。
「ほれほれ、人の親切心を無駄にすると風邪ひくぞ。……いいこと思いついた!」
親指をこめかみに押し当て、青年は笑う。この数十分を経て、この仕草があると私に災難が降りかかる事がわかっている。
「させるか!」
青年の悪巧みを阻止すべく(とは言っても何か案があるわけでなく)青年に詰め寄るが時すでに遅し。
「木片とプラスチックに~、」
コイツの超能力は質量保存の法則だとか様々なものを無視したぶっとんだもの。たった一握りの木のくずにコンビニ弁当のふたを両手で合わせて頭で完成品をイメージするだけでそれを作り上げてしまう。そして、今回作ったのは、
「せんぷぅーき!」
若干発音がおかしかったがそんなこと気にしてはいられない。
電気ではなく手動の扇風機。確かに回すのであろうレバーが付いている。
「それじゃあ、風邪ひけ」
悪人のごとく歯を見せて笑うと、全力でレバーを回し出す。正直にゴミ扇風機の羽も回りだし、水浸しの私へ風を送り出す。
さらに、物理的な法則に乗っ取って短めのスカートもフワリを舞い上がる。
「ちょ、やめなさいよ!」
「そうだな、飽きた」
使用時間数秒でゴミ扇風機は青年の蹴りでバラバラになった。
風が止んで私はほっと胸を撫で下ろす。
「もう、デリカシーやマナーってものを知らないの?」
「いや、そんなことよりさ――」
だぁぁぁぁぁ、イライラする!
「一攫千金できそうなすげぇことないかな」
私が勤める雑誌社でもここまで馴れ馴れしく話し掛けてくる同僚はいない。ましてや初対面でここまで話し掛けてくるなど――。
「よくそこまで酷い仕打ちをしといて友達みたいに話しかけてくるわね」
「まあまあ、俺は川流しにあってる猫を助けてやったんだから」
「貴方の目に私がいないのは何でかしら?」
「猫を助けたらお前が付いてきたんだよ」
「何!? 私はオマケ!?」
「そういえばお前、名前は?」
「話を逸らすなぁ!」
ハッ我に帰ったが、ここは公園。ホームレスのたまり場とは言え公園なので、子供達を迎えに来たお母様方がそれはとてもとてもドン引きした目を向けている。
「あ、やっちまったな。ちなみに俺は唯木カナタ。唯一の唯に木。カナタはカタカナだから」
「……なに、さらっと自己紹介してんのよ。はぁ……音岸凛よ。もう出会わないことを祈ってるわ。ホームレスの唯木さん」
濡れた服のまま、嫌味を残して私はホームレス唯木のもとを去っていった。
クスッっとしていただけたなら光栄です