<8・Panic>
「ねえ、これどうしたらいいと思う?ローラ」
「……あのねえ」
それから一週間ほど後の夜。
あの真っ暗な世界にて、ホンモノちゃんが夢に現れたため、ローラは相談してみることにしたのだった。案の定、八歳の少女に見えるホンモノちゃん(恐らく精神年齢はもう少し上だと思われる)は、呆れた顔でローラを見たのである。
「相談する相手おかしくない?なんでわたしにそれを話すのよ。わたしはあんたに、アンディと結婚してハッピーエンドを目指しなさいって言ってるんだけど?あんたの婚約破棄に協力なんかするわけないでしょうが」
まったくもってその通りである。
ホンモノは体に戻ることができない。ならばせめてローラ・スピネルとしての名誉が損なわれないよう、きっちりアンディと結婚して幸福な結末を迎えてくれということはしっかり言われているのである。
いや、わかっているのだ、だがしかし。
「あなたにしか話せないんだよ、こんなこと!」
ギャー!と吠えるローラ。
「だって、アンディもマリーもみんなみんな、私がローラに成り代わっちゃった偽物だって知らないんだよ!?あなたが元に戻れるなら全然問題なかったけど、本物のローラは死んじゃっててもう戻れないとか言われたら、もうバレないように過ごすしかないじゃない!絶対みんなにショック与えるだけなんだから!異世界から来たことも、本来のシナリオのことも知ってるのあなただけなの!他にいないの!」
「だからってあのね」
「ねえ、どうしよう!?まさか、マリーが私の家にお世話になることになっちゃって!これじゃ、マリーとアンディが仲良くなるきっかけが作れないし……そもそも生活の世話までがっつりやってるなら、下手にいじめるとあの子生活できなくなっちゃう!というか、いじめるってどうやればいいのかもわかんないし、ていうか罪悪感半端ないし!!」
それなのだ。
ぶっちゃけ、いじめられるのなら慣れっこなのである。自分みたいなブスでネガティブ女、みんないじめたくなってもしょうがないよね――くらいには諦めがあったのだから。
しかしだからといって、いじめる側に回れとかいきなり言われても何をすればいいのかわからない。罪悪感を抱かないいじめ方なんてものがあるとも思えない。
というか、マリーを傷つけるのが正直嫌すぎる。悪役令嬢になったなら、性格までしっかりそこに染まっていられたら楽だったというのに。
「あんたも不器用がすぎるでしょ」
呆れ果てた顔でホンモノが言う。
「普通に悪口とか、イヤミでも言ってみたら?マリーに関して嫌いなところないの?」
「嫌いなところ……っていうか、嫌なところがないわけじゃない、けど」
「ならそれを言ってやりなさいな。それで相手がしょんぼりすればいいでしょうが。どんな相手にも欠点の一つや二つあるもんなんだから、それを山ほど挙げ連ねていけばダメージも与えられるわよ」
「ええ……」
それはすんごくやりたくないのだが。というか。
「そんなにいっぱいはないよお、ローラちゃん。それ言ったら私の方が全然ダメなところばっかりだもん。勉強できないしー、手先不器用でお裁縫やったら指がばんそうこうだらけになるしー、キッチンにはこの間出禁食らったしー、性格が全般的にブスだしー……これ自分で言っててしょげてきたし」
「自分の悪口言って自分でへこんでどーすんの!?」
あ、すごい。ホンモノに見事にチョップくらいながら、ローラは思う。素晴らしいツッコミではないか。彼女、漫才の才能もあったのかと。
「あんまり傷つけない方法ない?あくまで、向こうには悲しんで貰うんじゃなくて、怒ってもらいたいんだよね。こんな悪役令嬢なんかには負けない!絶対ぶっ殺す!くらいに思ってほしくって」
うう、としょんぼりしながら言うローラ。
「あとね、あとね。そもそも悪口を言うきっかけ……というかいじめするきっかけがあまりにも少なくって」
「どういうことよ?」
「本来、マリーはアンディの家にお世話になる予定だったでしょ?そこでアンディと親しくなって、最終的にはお互い恋愛感情抱くようになってね?で、それに気づいた私=ローラが嫉妬して、マリーをいじめたり嫌がらせをするようになるって流れが自然なんだよね」
実際本来のシナリオならそのはずだったのだ。
ところが、マリーはローラの家に居候することになってしまったわけで。
「そうなると、二人が急接近しないせいで、嫉妬する材料がなくなっちゃって」
「あー……」
「さすがに何の理由もなしに、いきなりマリーをいじめるようになったら不自然がすぎるよ。何か、うまく言い訳を作らないと。もう少し、マリーとアンディで仲良しになって貰わないことには嫉妬してますとも言えなくって」
とりあえず、二人が仲良くなるきっかけをどうにか作らなければいけない。だがしかし、元のローラの中の人、とってもコミュ障なのである。果たしてそんなきっかけを作ることなんぞできるものだろうか。
「初日にちょっと親切にしちゃった気がするから、そこからローラの気持ちが何で急にそう言う方向に舵切ったのかとか、なんとか整合性取らないといけないんだけど」
ローラがそう言うと「バカじゃないの」とホンモノは心底呆れた声を出した。
「自業自得がすぎるわ。なんで初日に親切にしちゃったのよ。自分で自分の首絞めてるじゃないの!」
「だ、だって右も左もわからない世界に来ちゃった女の子だよ!?いきなり外に放り出すとかできないじゃん!」
「放り出しなさいよあんた悪役令嬢になるんでしょーが!本当に馬鹿!」
「ううううううううホンモノちゃんのいじわる!馬鹿馬鹿ばっかり言わないでよお!」
だがしかし、彼女が言っているのはまさに正論である。最初っから、ローラ自身己の行動が空回っている自覚はあるのだ。
「わたしは、あんたに協力する気なんかこれっぽっちもないんだから!でもね、それはそれとして、自分で言ったことも守れないお間抜けさんになれと言ったつもりもないのよ!?」
びし!とローラを指さし、本物は宣言する。
「とにかく自分で言ったことくらい責任持ちなさい!このままじゃわたしろくに成仏もできやしない!」
「え、ここ、仏教あったっけ?成仏って仏教用語……」
「そんな細かいところにつっこめなんて誰も言ってないでしょーがー!」
ぎゃあぎゃあと喚くホンモノ。こうしていると、普通の元気な女の子にしか見えない。
とりあえず、ローラは彼女のアドバイスを参考に、今後のことを考えようと決意する。なんとか、やるべきタスクをこなしてしまわなければいけない。
――じわじわでも、マリーに嫌われて、私の悪評がアンディの耳に届くようにしないと。それと、私がマリーをいじめる理由を何とか取り繕わないと。あとあと……マリーとアンディが恋人同士になるきっかけづくり……!
やることが、やることが多い!
気分はあれだ、金田一少年の事件簿の犯人である。正直、まったくタスクをこなせる気がしないが。
***
――とりあえず、決めた。
翌日。
ベッドから体を起こしたローラは、考えを固めるに至る。
――まず、今日からちみちみ嫌がらせをして、マリーの好感度を下げにいくことにしよう。それと……アンディが来たら、アンディとマリーが仲良くなるようにそれとなくお膳立てしないと……。
だが、そもそも論としてアンディの婚約者はローラの方なのである。ローラが、婚約者と別の女が親しくなるお膳立てをするといううのがそもそもおかしい。そして、自分でお膳立てしたくせに、その結果二人が仲良くなって嫉妬するというのも矛盾がすぎる。
ならば、一体どうすればいいのか。
――そうだ!最初、三人でお出かけする予定かなんかを作ればいいんだ!でもって、私が仮病を使って休んで、二人だけで行って貰うことになるのはどうだろう!?
ひらめいた。鏡台を見つめて、ローラはにやりと笑う。
――本来三人で遊びに行く予定だったんだし、それならアンディとマリーの両方を誘う理由にもなるし!その結果二人が仲良しになったら、ローラとしては「こんなはずじゃなかった!おのれマリーめ!」って嫉妬して攻撃する理由になるんじゃあない!?
これはなかなかの名案だ。ならば、まずそれに相応しい予定を考えなければ。
今日は学校もあるし、いいお出かけ場所がないか学校の友達にでも訊いてみるのがいいだろう。自分が言っている聖クリスタル学園高等部には、気立てのいい生徒が揃っている。貴族も庶民もいるし、きっと参考になる意見をくれるはずだ。
――よし、この件はひとまずそれでOK!なら、次は……!
時計を見れば、現在時刻はまだ朝の五時である。マリーはぐっすりと疲れて寝ているはず。そんなマリーを叩き起こし、朝の散歩に無理やり連れだすというのはなかなかいい嫌がらせになるのではないか?
その時、ホンモノから言われたアドバイスである「マリーの嫌なところ」をはっきりと伝えればいい。悪口を言えば、向こうだってきっとショックを受けて自分を嫌ってくれるはずなのだから。罪悪感はあるが、致し方ないことである。
――そうだ、家事を無理やりやらせるというのもあり!奴隷みたいに扱われれば、あの子だって不愉快な気持ちになるはず!嫉妬ってのは、聖女として王様に認められていることへの嫉妬……でもいいわけだから!
いよっし、とそう決めて、ローラはさっさとネグリジェから普段着に着替えると部屋を出たのである。自分の計画は完璧だと思っていた。きっとこれで、いい具合に悪役令嬢を演じることができるはずだと。
ところが、その完璧だったはずの計画は、早々に頓挫することになるのである。と、いうのも。
「……あんれぇ?」
マリーの部屋に来て早々、ローラは固まることになるのだ。
なんせ朝の五時を過ぎたばかりだというのに、当のマリーの姿が影も形も見当たらなかったのだから。




