<7・Friend>
とにかく、『聖女』を保護したことを可及速やかに王様に報告しなければならない。
彼女の怪我を理由に一日休みを貰い、翌日ローラはマリーを連れて王宮を訪れたのだった。この時、王宮専属騎士団に所属しているということもあってアンディも一緒に来てくれている。これは実質、ローラとマリー、双方の護衛もかねていると知っていた。
「お、大きいお城……こんなの初めて見た、です」
マリーは王宮の廊下を一歩歩くたびにきょろきょろしている。真っ赤な絨毯がふかふかすぎるせいか、何度も足を取られて転びそうになっていた。
「な、なかなかお高そう。いくらするんだろ、これ」
「それは我々の国で昔採用されていた騎士団の甲冑ですね」
謁見の間へ続く廊下は、まるで見張りでも立てるようにアンティークの甲冑が列をなしている。その一つの顔を覗き込むマリーに、アンディが丁寧に説明した。
「あまりにも重たくて……防御力が高い反面機動力が落ちるという理由から、採用されなくなりました。今は騎士団の誇りをもってして陛下を守る、という意味でアンティークとして飾られているのです」
「えっと、あの、あたしこの国のこともなんもわかんないんですけど。アンディさんも結構エライ人、なんですよね?王様専属の騎士団のメンバーだとか」
「そうです。世が世なら、わたくしもこの甲冑を着て戦場に行かねばならなかったでしょう。わたくしの体重と膂力では動くだけで一苦労だったでしょうが」
苦笑いするアンディは、昔よりは逞しくなったとはいえ、やはり同い年の男性よりはかなり線が細い印象である。多分、元々骨が細い方なのだろう。かつてのように、少し走っただけで息切れして胸が痛くなるようなことはなくなったようだが。
甲冑の隙間から見えるのは、華やかなステンドグラスだ。トパーズ王国は、その名の通り宝石のトパーズをモチーフにした飾りや模様が非常に多い。
ステンドグラスも例にもれず、黄金色のトパーズの欠片そこかしこに使われていると知っていた。そもそもこの国の鉱山ではよくこの宝石が採掘できるので、宝飾品以外で使われることも多いのである。
「さっきも言ったけど、マリー」
王宮の雰囲気に飲まれておろおろしているマリーに、ローラはしっかりと言い含める。
「今から貴女が逢うのは、この国で一番偉いお方なの。陛下の前に出たら、必ず3メートルは距離を取らなければいけないし、その場所で膝を折るのが礼儀だからね。間違えると怒られちゃうかもしれないから気を付けて」
「は、はい」
「王様に問われるまで、貴女は何も言わなくていい。それと、どうしても質問したいことがあるなら、王様に訊く前に私かアンディに小声で言ってね。質問していいことなら私達から尋ねるから」
今の王様は理不尽なことは言わないものの、少々厳しい人だということで有名である。機嫌を損ねたら大変なことになるだろう。賢君と言われてはいるもののそれはそれ、この国で王様の権限が非常に大きいのは言うまでもないのだ。具体的には限られた範囲とはいえ、国王令という形で独自に法を超えた命令・決定を下すことができるのである。また一部の法改正や議会決定は、いくら議論を尽くしても王様の許可を得なければ実行できないケースもあるのだ。
万が一彼女が陛下に嫌われたら、ローラの未来プランは全ておじゃんになってしまう。自分はここから、ひたすらアンディとマリーが仲良くなって、最終的にラブラブ結婚ハッピーエンドになるように持っていかなければいけないのだから。
「は、はい、わかりました」
緊張しているものの、マリーも流石に立場はわかっているのか、こくこくと頷いてみせたのだった。
この様子ならきっと大丈夫だろう、とローラはほっと胸を撫でおろす。流石に自分も十年この世界で生きているし、ゲームの知識もあるのである程度わかっているつもりではあるのだ。
最初の関門、なんとしてでもうまくいかせなければ。
「……ふむ、なるほど」
そして、幸いにしてローラの心配は杞憂に終わることになる。マリーは王様の玉座の前で余計なことは言わなかった。ほとんどの説明を、マリーを拾ったローラと、キレ者のアンディで代弁することで事なき事を経たのである。
「陛下。わたくしは、彼女は伝説の聖女ではないかと考えているのです」
アンディが、よく通る声で進言する。
「この国に危機が訪れようという時、異世界より聖女が舞い降りてきて、その特別な力でこの国を救ってくれるという伝説がありますよね?マリーは実際、特別な力と知識があるのは間違いないようです。彼女はまさに、この国の救世主足り得るのではないかと」
「魔法を使える、と言っておったな?」
「はい。この国では魔法は禁じられているのは確かです。が、彼女がやってきた世界とは魔法形態そのものが異なります。この国の魔法とは大きく性質が違うもの。そもそも彼女の国では幼い子供までもが当たり前のように魔法を使うと聞きます。この世界でかつて戦争を引き起こした忌まわしき魔法のようなことはないと考えられます」
マリーは将来的に、元の世界に帰りたがっている。そのための魔法を見つけるためには、マリーが魔法を研究することを王様直々に許可してもらわなければいけない。
そして、この国に危機が迫っているというのも強ち嘘ではないのだ。というのもトパーズ王国は、隣国のアダマンタイト共和国と昔から犬猿の仲であり、最近は国境を挟んで一触即発になることも少なくないのである。いずれ戦争になるのでは、と危惧している国民は多いのだ。王様ならば、より事態の深刻さを理解できているはずだ。
「マリーの力は、きっとこの国の防衛力強化に役立ちます」
ローラも援護射撃をした。
「うまくいけば、彼女と同じ魔法を、他の兵士も使えるようになるやもしれません。そうすれば、この国はますます強国として栄え、他国の侵略を許すことはなくなるでしょう。ですがそのためには、陛下に魔法の研究をお許しいただくほかないのです。何卒、許可を頂くことはできませんでしょうか?」
そして、深々と頭を下げた。ゲームのシナリオ通りに事が進むなら、ここはすんなり許可が下りるはずであるが。
「……あいわかった。確かに、今の時世、伝説の聖女の力は我が国必要やもしれぬ」
やがて陛下の穏やかな声が響く。怒っていないし、不機嫌にもなっていない。ローラは心から安堵して、アンディと顔を見合わせた。
「後で正式に許可証を発行しよう。マリー・ゴールド。そなたの魔法研究を許可し、そのための資金・人材・設備の提供をすると約束する。仔細は追って伝えようぞ」
「あ、ありがたき幸せ!」
「して、あとはそなたが普段どこで過ごすかということであるな。聖女ともなれば、この国で丁重に保護しなければならぬが」
よし、ここまでは順調順調。
あとは、王様がマリーをアンディの家に任せると言って、それで話がおしまいになるはずだ。マリーはアンディの家で家族同然に過ごすようになり、その結果マリーとアンディは互いに心惹かれるようになり、最終的に結婚に至るというわけなのだから。
ところが、ここで予想外の事態が起きることとなる。
「あ、あの!」
ずっと黙っていたマリーが、ここで口を開いてしまったのだ。
「も、もし、陛下がお許しいただけるのでしたら!あたし、ローラさんの家にお世話になっちゃダメでしょうか!?」
「ハイ!?」
ぎょっとしたのはローラだ。待て待て待て待て。何故にそうなる。
「ま、マリー!いいって言うまで喋っちゃダメつったでしょ!?」
小声で注意するも、マリーは「でもお」と口をとがらせている。
「やっぱり同性の方のおうちのがいいかなって。それに、ローラさんお姉さんみたいですっごく優しいし」
「う、ううううっ」
そんな、純粋無垢なキラキラおめめで言われましても。ローラは思わず言葉に詰まってしまう。彼女にまったく打算はない。一日世話をしただけで、まさかこんなにもなつかれてしまおうとは!
――ダメだってええええええええ!私は悪役令嬢なの!あんたはヒロインなの!最終的の犬猿の仲にならんといけないというか、そもそも私はあんたをいじめまくって婚約者のアンディに嫌われて婚約破棄されないといけないんだから、私とあんたが仲良しになったら何もかも本末転倒でシナリオぶっこわれるので勘弁してほしいというかその純粋な目はちょっと可愛いし罪悪感半端なくなるのでやめていただきたいというか!
ローラの中の人は自覚していた。自分が、年下に甘いことを。子供が好きということを。
マリーは子供というほど幼くはないが、童顔なのでそう上目塚でうるうるされたら、おやつアピってくるポメラニアンみたいでどうしようもなくこう、萌えてしまうし罪悪感がやばいというかなんというか。
「……しかし、ローラ・スピネルの家は騎士団の家ではない。元騎士の使用人がいるとはいえ、防衛力が……」
案の定、陛下はちょっと渋っている。そうです陛下、私じゃなくてアンディの家に預けると言ってください!心の底からお祈りしつつ、王様に期待のまなざしを向けるローラ。しかし。
「いえ、陛下、心配には及びません」
ここで、無慈悲にもフレンドリーファイア食らう羽目に。
「このローラ・スピネルは、わたくしのフィアンセでございます。ローラの家にはしょっちゅうわたくしが足を運びますし、なんでしたらうちの優秀な使用人も貸し出します。もっと言えば、わたくしがローラの家に一時居住することもできましょう。聖女様をお守りするのに、充分ではないかと」
――アンディいいいいいいいいいいいいいい!!
何故そこでちょっと誇らしげなんだお前!ローラは心の中で頭を抱える羽目になる。
でもって、この言葉は王様の迷いを打ち消してしまうには充分だったようだ。
「……ふむ、ならば安心か。確かに、最初に出会った友の傍にいる方がマリーも心強いことであろう。わかった、聖女様は、ローラ・スピネル、そなたの家での保護を命ずる」
命令として言われてしまえば、もう逆らうことなどできるはずもない。ローラは冷や汗を掻きながらも頷いたのだった。
「し、しかと、承り、まし、た……」
既にやばい。
王様にすっかり、友達認定されてしまっている。
――どうすんのこれ……!




