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<6・World>

 正直、不器用なローラ(の中の人)に応急手当なんて上手にできるはずがない。

 とはいえよくよく見れば彼女は落ちた衝撃で打ち身だらけだし、汁の出やすい葉っぱの花壇に落ちたことでワンピースは染みだらけになっているし、頭にも切り傷ができている。このままほっとくのはちょっと気分がよろしくない。

 とりあえず使用人たちに彼女の服を洗濯するように頼むと、ローラは自ら彼女の傷の応急処置を買って出たのだった。幸い、この世界に来てからもドジを発揮することが多かったローラは、救護室の場所も応急手当の道具と方法もそれなりにわかっているのである。器用にできるかは別問題としても。


「良かった、大した怪我じゃないね」


 彼女の頭に包帯を巻きながら、ローラは言った。


「私ぶきっちょだから、全然うまく巻けてないんだけど勘弁してね。あと、服もそれ貸してあげるからしばらくそれ着てて。ちょっとサイズ大きくて申し訳ないけど」

「……いえ、大丈夫です」

「それならいいけど。えっと……」


 落ち着け、とローラは言い聞かせる。自分は、彼女が異世界からやってきたということを知っている。だが、自分と彼女は当然初対面のはず。いきなり「異世界から来たの?」なんて言ったら不自然極まりない。なんだかんだ十年この世界で生きてきて知っているが、このトパーズ王国がある世界の外にまた別の世界があるなんてことこの世界の住人は誰一人知らない様子なのだ。

 とはいえ、本人もかなり混乱しているはず。異世界から来たと理解しても、それを口にできるのかどうかは怪しい。本人も不安だろうし、なるべく落ち着いて話を聴きだすように努めなければ。


「まず、あなたの名前を教えてくれる?あ、私はローラ。ローラ・スピネル。ローラって呼んでいいからね」


 うっかりマリーさん、と呼びかけそうになって踏みとどまる。名前も知らないのに読んだら警戒されるに決まっている。


「えっと、その……マリー・ゴールド、です」

「そうなんだ、素敵な名前だね」


 そうだった、この聖女様、フルネームが出て来ることは稀なのだが――確かそう言う名前だったような気がする。なんちゅー覚えやすい安易な名前だ、とゲームをやっていた時にツッコミをいれたものだが。


「マリーさん。あなたどうやってうちの庭に?まるで空から降ってきたように見えたけれど」


 今、この部屋の中にはローラとマリー、それからメイド頭であるジュリアナのみである。メイド頭のジュリアナは中年女性だが、元国王軍所属の騎士団長だったという経歴を持つ。つまり、女性ながら非常に腕が立つのだ。

 この救護室に彼女が同席しているのは、女性である彼女なら手当で裸になるところを見ても問題ないというのと、同時にマリーを警戒してのことだとわかっていた。

 なんせ、空から降ってきた奇妙な少女、なのだ。本来、真っ先に憲兵に通報してそちらに引き渡すのが筋だったはずである。それをしなかったのは完全にマリーが目を回していた上、怪我をしてたのでちょっと休ませたいとローラが言ったからに他ならない。


「これでも、私の家……スピネル家は侯爵でね。お屋敷のセキュリティも万全なの。外部から侵入者がおいそれと入れるわけじゃないし、あなたは何もないところから突然出現したように見えたんだよね。明らかに普通じゃない。何か事情があるなら、教えてくれないかな?」

「……その、えっと」


 マリーは視線をさ迷わせる。


「ごめんなさい。何も、わからないんです。あたしにも、何がなんだか」


 か細い声。自分が知るマリーらしくはない。とはいえ、突然見知らぬ世界に放り出されたのだから当然と言えば当然か。


「あたし、新しい魔法を研究していたんです。まだ十六歳ですけど……魔法を研究する研究機関で仕事してまして。それで、とある呪文と魔方陣を試してたら突然爆発しちゃって……気づいたらこんなところに放り出されてて。あの爆発の規模だし、あたしてっきり死んだのかと思ってたんですけど」


 その設定は、ゲームの聖女マリーとまったく同じ。新しい情報は、ない。

 肝心なのはここで、ローラがなんて返事をするべきか、ということ。確かこの世界には――。


――魔法なんか存在しない、はず。正確には……。


 正確言えば、この世界には大昔は魔法があったということになっている。しかしかつて巨大な戦争が起きて、その際呼び出された召喚獣が大暴走。世界に壊滅的打撃を与えた結果、大幅に文明がロストすることになったらしい。

 でもって、魔法そのものが危険とみなされ、封印されるようになったとかなんとか。ゆえに、この世界の住人たちにも素質の意味では魔法が使える者もいるのかもしれないが、根本的に魔法の知識を持っている者がおらず、使い方もさっぱりわからないということになっているはずである。

 そして、本来のローラもそう認識しているはずだ。ならば、ここで自分が言うべき言葉は。


「魔法って……大昔にこの世界にあったっていう、古の魔法のこと?それを研究していたって、あなたどこの国の人なの?言語は同じようだけど……少なくともこのトパーズ王国が、魔法の研究なんてものを許すはずがないし」


 さてこの言葉から読み取ってくれよ、とローラは彼女の目をまっすぐ見つめる。案の定、マリーは完全にぽかーんとしていた。そして。


「え?トパーズ王国って……どこですか?アジアン大陸?それとも南メリアン大陸とか?あたし、そんなに地理得意じゃなくて……。それに古の魔法ってどういうことです?みんな普通に使ってますよね?」


 そう、魔法が当たり前の世界からやってきたマリーからすると、古の、なんて言い方をすれば目が真ん丸になるしかないだろう。

 そして、このトパーズ王国がある世界には、大陸が四つしかない。

 北にあるノース大陸、南にあるサウス大陸、西にあるウェス大陸に東にあるイース大陸、だ。ちなみにトパーズ王国は、そのうちのノース大陸の南の方に位置している国である。つまり、この世界にアジアン大陸だの南メリアン大陸だのなんてものは、ない。

 此処まで話を聴けば、本来のローラも「この子は自分の知らない世界から来たのでは」と推察できて然りだろう。なんせ、メイド頭のジュリアナもここで話を聴いているわけで、下手なことを口にするわけにはいかないのだ。


「……ごめんね、私も混乱してきちゃった。アジアン大陸も、南メリアン大陸も、初めて聞く名前だよ。この世界に、そんな大陸ないよ」

「え」

「あとね、この世界ではね、魔法は大昔に封印されてしまったものなの。遠い昔に大きな戦争があってね、その時世界が滅びかけたものだから……危ないから魔法は封印しようってなって、それから何百年もそのまんまなんだよね。魔法は、王様の特別な許可がないと研究しちゃいけないことになってて、その許可が下りた前例なんかないの。だから、あなたが言ってることが、とっても不思議で仕方ないんだけど」

「ま、待ってください!あ、あたし嘘なんか言ってません!」


 どうやら自分の言葉を疑われたと思ったらしい。青ざめた顔で弁明するマリー。もちろん、ローラは彼女が真実を言っていることを知っている。ゆえに。


「うん、信じるよ。あなたの目は、嘘を言う人間の目じゃないもの」


 マリーを安心させるように微笑みかけてみせた。まずは彼女に落ち着いてもらわなければいけない。近い未来に、王様に謁見して自ら事情を説明してもらう羽目になるだろうから。


「だから……これはあくまで、私の予測。私、幻想小説をたくさん読んで、そう言う話も見たことがあるの。……あなた、ひょっとして違う世界から来ちゃったんじゃない?異世界転移なのか、異世界転生なのか、その証言からだと判別がつけられないけど」

「そ、そんな」


 信じられない。ショックを露わにして、俯くマリー。そりゃ不安になるのも無理はない。今でこそローラもだいぶ慣れたが、異世界転生してしまったと気づいた時は自分もかなり混乱したものなのだから。

 とはいえ、このまま落ち込まれているわけにはいかない。厳しいことを言うようだが、この子はこのままこの世界で生きていくしかないことを自分は知っている。なんとか現実を受け入れて、立ち向かってもらわなければ。アンディと出会い、彼と一緒に幸せになってもらうためにも。


「落ち着いて。異世界転生……だとしたら、貴女の元の体はもう死んじゃってる。元に戻ることはできない。でも、もし異世界転移なら、元の世界に帰る方法もあるかもしれない。魔法で飛んでしまったなら、同じ魔法をもう一度使えば、帰る方法を見つけることもできるかもしれないよ」


 なるべく優しい声を作って、マリーに告げる。


「ただ、そのためには、合法的に魔法を研究できる場所を提供してもらわないといけない。異世界から来てしまった以上、貴女のことはどっちみちこの国の王様に相談して、処遇を決めてもらわないといけないしね。その王様がお許しを下されば、魔法を堂々と研究することもできるはずだよ」

「でも、今まで許可が出た前例はない、って」

「そこはあなたのプレゼン能力の見せどころだね。確かに前例はないけど、国益になるっていうならきっと許可してくださると思う。実際、王様はこの国の防衛力を強化したいと思ってる。魔法で国を守ることができるかもしれないってうなら、きっと前向きに考えてくださるよ」


 実際、ゲームではそのように説得して、王様に研究許可を貰っていたはずである。

 もっともそうでなくとも王様は、この国に『異世界からやってきた聖女の伝説』があることを知っていたので、マリーのことをこの国を救ってくれる聖女だと信じて協力してくれるようになるのだが。


「不安なら、私も一緒に王様を説得してあげる。侯爵の家の娘だからさ、階級的には謁見も許されるんだよね。どうかな?」


 そう告げれば、マリーはやがて泣きそうな顔でこくこくと頷いたのだった。


「ありがとう、ございます。あの、あたし、あたし……」


 くしゃり、と顔を歪めてマリーは言った。


「見知らぬ風景ばっかりで、右も左もわかんなくて、仲間がどうなったのかもわかんなくて怖くて……。なのに、こんな風に、親切にしてもらっちゃって。あたし、初めて会ったのが……ローラさんで、良かった」


 わかっている。

 自分は最終的に悪役令嬢にならなければいけない。彼女にもアンディにも嫌われ、憎まれなければいけないはずなのだ。でも。


――いいよね、ちょっとだけは。


 異世界転生してきて不安な気持ちは、自分が一番よくわかっているから。


――あとでアンディを取られそうになって、嫉妬に狂ったってことにでもすればいい。今だけは……ちょっとだけでも、優しくしてあげても、いいよね。


 甘いのかもしれない。でも、自分は。



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