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<1・Reincarnation>

 今日という日を、一体どれほど待ち望んでいたことだろう。

 ローラ・スピネルは婚約者アンディの背中を見つめた。その隣には、異世界から来たという聖女マリーの姿がある。

 二人は誰がどう見てもお似合いのカップルだった。自分と違って優し気で華奢な体つきのマリーと、すらりとモデルのように背の高いアンディ。まさに美男美女。誰がどう見ても、これ以上なく相応しい二人であると褒め称えることだろう。

 ましてやアンディは侯爵家の跡取りであり、少しでも強い血を継いでいかなければならない身である。高い魔力を持つ聖女たるマリーと一緒になることは、間違いなく家に対しても最大の報恩となるはずだ。

 ローラは知っていた。今日、自分はこの国王陛下の玉座の前で、婚約破棄を突き付けられるのだと。

 アンディ・ベリルは国王陛下に仕える騎士の家。この国では一度、すべての貴族の家は婚約者が決まった時点で『婚約予定書』という書類をお役所に提出し、国王陛下のサインを貰っている。それを覆すならば婚約予定破棄書という書類を再度提出しなければならず、そのためには提出の前に国王陛下の許しを得なければいけないという気まりがあるのだ。

 そして国王陛下が是と言えば、それでもう書類は提出できてしまう。たとえ、婚約解消される二人のうちどちらか、あるいは両方が納得していなかったとしても。


――私は今日、この人に見限られる。


 ローラは、それがわかっていた。しかし。


――ああ、これで……夢が叶う。


 心はどこまでも満ち足りている。自分は、アンディを心から愛している。しかし自分のような人間では、けして彼を幸せにしてやることはできない。

 マリーはとてもいい子だし、強い力もある。彼女なら間違いなくアンディを支え、未来永劫幸福を齎してくれるだろう。否、それは予測ではなく、確定された事実だ。自分だけはそれを知っているのである。

 ならば、何を躊躇う必要がある?どこに悲しむ理由がある?

 今日自分が婚約破棄されることで、アンディとマリーが結婚を許されるようになる。大好きな二人がカップルになり、幸せになれるのだ。こんなに喜ばしいことはない。


――おめでとう、二人とも。お願いだから、誰よりも幸せになってね。


 もちろん、表向きは悔しがるフリをしなければいけないのだが。なんといっても自分はこの場所では、婚約破棄されて惨めに崩れ落ちる悪役令嬢であるべきなのだから。

 ちゃんと演技ができるだろうか、顔がついにやけることはないだろうか。緊張しながらも背筋を伸ばして立ち続けるローラ。

 そしてついに、その瞬間が訪れる。


「国王陛下、貴重なお時間を頂き誠にありがとうございます」


 アンディは、深々と頭を下げる。


「このたびはどうしても、陛下にお許しを頂きたいことがあって参りました。わたくしは……」


 ローラはそっと、祈るような気持ちで目を閉じたのだった。




 ***




 事の起こりを説明するには、今から十年以上前まで遡らなければいけない。

 当時、ローラは八歳の子供だった。そして――思いっきり、ベッドから転げ落ちて、目を覚ましたのである。


「ぎゃああああああああああああああ!?」


 あまりの衝撃に驚いて、思わず獣のような声を上げてしまった。なんだこれ、めちゃくちゃイッタイ。そう思って床の上でしばし悶えることとなったローラ。ごろんごろんと転がっていたところで、ようやく様子がおかしいことに気づいたのである。

 自分の家の床は、こんなにふわふわしていただろうか。

 そもそも自分は布団で寝ていたはずだ。なんでベッドから落ちた?出張に行くような仕事なんぞしていないし、ましてや旅行だってここ数年ろくに行っていないというのに?

 いや、そもそもなんか、体にものすっごく違和感があるような?


――あ、あれ?


 自分の手を見つめ、ぐーぱーと開いてみせる。明らかに小さい。ていうか、こんなひらひらした薄ピンクのネグリジェなんか着ていただろうか?

 腰をさすりながら立ち上がると、今度は豪華絢爛な部屋の内装が目に入った。大きな天蓋つきのベッド。派手な金ぴか装飾のついた鏡台。そして、噴水のある庭がよく見える大きな窓。

 どこからどうみてもワンルームの自分の部屋ではない。こんなお姫様のお部屋みたいなところで暮らしていた記憶はない。


――な、何やら様子が、おかしいぞ?


 頭を掻きながら鏡台の前まで歩いていった女は、そこではっきりと自分の顔を見ることになる。

 淡い緑色の長い髪。同じ色の瞳。

 明らかに白人だとわかる白いもちもちの肌の――どっからどう見ても、小学生くらいの子供の顔。

 見覚えはある。あるにはある。しかしそれは、令和日本で地味OLをしていた自分の顔では、断じてない。ていうかこんなに可愛らしいはずがない!


「え、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?なにこれえええええええええええええ!?」


 大絶叫。そして次の瞬間廊下の向こうからバタバタと駆けてくる足音が聴いて大変焦ることになる。

 そうだ、ベッドから落ちた時も叫んだし、こうわあわあと喚いていて家の人がすっとんでこない理由がないではないか!


「ローラお嬢様、どなさったのです!?」


 ああ、真っ青な顔でメイドさんこんにちは。

 そしてローラは、己のほっぺをむいむいと引っ張りながら悟るのである。


――やっぱり、ローラ・スピネルだこれ!?


 ローラ・スピネル。

 それは、自分が大好きなゲームの悪役令嬢の名前だった。




 ***




 かつての自分の名前だけは、どうしても思い出せない。でも、どんな人生を送っていたかはよく覚えている。

 かつての自分は、令和日本を生きるOLだった。年齢は三十五歳。独身で、彼氏いない歴=年齢、地味でぽっちゃりの、お世辞にも可愛いとは言えない容姿のオタク女だった。

 みんなと話題をあわせるのが苦手。空気を読むのが苦手。たくさんの人と一緒にいるとすぐに疲れてしまうし、テンパりやすくて細かい作業も苦手。複数の作業を並行するのも苦手。そういう人間は、残念ながらどこにいっても冷たい目で見られがちなのである。

 特に何かの障害がある、わけではなかったと思う。ただ単に、自分が不器用なダメダメ人間だったというだけだ。みんながちょっとの努力でできることが、自分は死ぬほど努力したところでちっともできなかったのだから。

 いじめられていたわけではない。

 でも、学校でも会社でも、いつも孤立していた。美人だとか、すごく成績がいいとか、運動神経抜群だとか、ムードメーカーだとか――何か一つでも突出した取り柄があれば違ったのかもしれない。でも自分はできないところばかりで、誰かに役に立つこと一つできないのだ。特に会社は、無能な社員に優しくしてくれるほど甘いところではない。

 自分はいつも一人だった。

 それも仕方ないことだと思っていた。全部、みんなの役に立てない自分がいけないのだから、と。


――あの日も、確かそうだった。


 甘いお酒を買って、自宅のアパートで独り酒を楽しむ。そしてぼんやり、明日の仕事嫌だな、なんてことを思っていたのは覚えている。ベランダによりかかって、ぼんやりと月を見上げていたのだ。

 そしたら。


――あー……思いだした。私、まだ布団入って寝てなかったんだわ。


 不運すぎないだろうか、自分。よりにもよって、マンションの手すりがぶっ壊れたのだ、そのタイミングで。確かに老朽化が進みまくっていて、耐震構造とかそのへん大丈夫か?みたいなアパートだったけど。だからものすごく家賃も安くて、自分の安月給でも借りられていたのだけれど。

 自分はそのまま、マンションのベランダからおっこちたのだ。

 酔っぱらっていなければ踏ん張れたかもしれないが、深酒をした身ではそれも叶わなかった。それでも、三階から落ちたなら確実に死ぬ高さではなかっただろうに――。


――ここにいるってことは、死んだんだろうなあ。


 前の自分の名前が思い出せないのも問題だが、よりにもよってローラになってしまうとは。罪悪感が半端ない。なんで、大好きなゲームの悪役令嬢なのだろう。

 いや、悪役令嬢なのはぶっちゃけどーでもいいのだ。ヒロインと婚約者に成り代わらなかっただけマシだとは思う。でも、この悪役令嬢のキャラも結構好きだったのに、自分がそれを乗っ取ってしまったのがもう悲しくてたまらない。

 それはつまり、本来のローラの人格と魂を、成り代わった自分が殺してしまったも同然なのだから。


――周り見ても、ローラの魂がふよふよ浮いてるってこと、ないもんなあ。


 あまりにも彼女が可哀想すぎる。なんとかこの体を返す方法が見つかるまで、彼女の体を借りているしかない。本人が見つかったら、あとで土下座して謝ろうと心に決める。


「ローラ様、奥様を連れてきました」

「あ」


 ネグリジェ姿のまま応接室で待たされていたローラは、入ってきたご婦人を見て小さく声を上げた。ばっちりとドレスに着替えているその女性は見覚えがある。悪役令嬢ローラの母親、ミスティ・スピネルだ。ローラと同じ緑髪の婦人は、青ざめた顔でローラの前に座った。


「ローラ、本当なの?記憶をなくしてしまったって」

「す、すみません、お、お母様……」


――あああああああああああああああああごめんなさいいいいいいいいいいいいい!


 自分は、ローラではない。そして、幼少期のローラがどう過ごしたかについてはゲームでも僅かなエピソードでしか語られていない。そこでやむなく、ベッドから落ちた衝撃で記憶を失ったということにしたのだ。流石に別人が成り代わってしまったなんて残酷な話、関係者にできるはずもないのである。


――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ほ、本物のローラが見つかったらちゃんと体返すので、絶対!



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