第七話 因果は巡る 其の一『従果還因』
前回のシーンで、
描ききっていない部分です。
死んでいった者を偲ぶ。
そして………
夜。
火は、まだ消えていない。
北ノ庄の残り火が、
空を赤く染めていた。
⸻
その外れ。
人の気配の薄れた場所にて、
簡素な場が設けられている。
並べられた二つ。
刀。
短刀。
血は、既に乾きかけている。
その前に、
赤仮面――力丸が、座していた。
背後には、
クラ。
ナギ。
月叟。
弥七。
そして数名の忍び。
誰も、言葉を発さない。
風が吹く。
サァ……
火の粉が、静かに流れた。
やがて
ナギが、小さく言う。
「……終わった、な」
クラが応じる。
「……ああ」
だが――
その視線は、
前に座る男から、外れなかった。
ナギ
「……なんや、その顔」
赤仮面は、動かない。
やがて、ゆっくりと手が動く。
刀へ――
止まる。
僅かに。本当に僅かに。
震えた。
その視線が、横へ流れる。
短刀。
一瞬。空気が、歪む。
ザワ……
赤仮面の呼吸が、ほんの僅かに乱れた。
ナギ
「……おい」
沈黙。
やがて
低く、掠れるように。
赤仮面
「……違う」
クラの眉が動く。
クラ
「何がや」
赤仮面の視線は、短刀から離れない。
赤仮面
「……二人だけ」
一拍。
赤仮面
「違う」
その意味を、誰もすぐには理解しない。
だが “何か”が違うことだけは
伝わった。
月叟が、目を伏せる。
赤仮面の手が、再び動く。
刀へ。
触れる。
コツ……
その瞬間。
ノイズ。
ザザッ……
景色が、歪む。音が先に来る。
⸻
ガヤ……
ガヤ……
ブォン……
(車)
ピッ……ピッ……
(電子音)
⸻
夜の街。
ネオン。
人の流れ。
そこを歩く、一人の男。
スーツ姿。
無機質な歩み。
靴音だけが、一定に響く。
コツ……コツ……
横顔。
感情のない顔。
甲斐 正義。
⸻
それが、森力丸。
戦国の世に転生した男。
二十一世紀。
日本という名の国に生まれ、
そして死んでいった。
人とすれ違う。
肩が触れる。
すれ違う男
「チッ……」
だが反応は、無い。
ただ歩く。
ただ、前へ。
ガラスに映る、自分。
一瞬だけ、視線を向ける。
そこにいるのは、
“何も持たぬ顔”。
部屋。
タワマンの一室。
静まり返っている。
本棚。埋め尽くす書物。
(歴史、戦争、科学、など多種多様)
机。積み上げられた資料。
(CIA極秘など)
オックスフォードを飛び級で卒業。
一年間余り、世界を放浪の後、帰国。
警察官僚となる男。
この男、
各方面から注目された天才。
そして 身体。
⸻
打撃。
バシュッ!!
蹴り。
ドォンッ!!
動きに、無駄はない。
タッタッタッタッタッ
(ランニングマシン特別仕様)
呼吸も、乱れない。
ただ、鍛える。
⸻
古今東西の格闘術、戦闘術。
ただ、積み上げる。
⸻
止まる。汗が落ちる。
ポタ……
夜。窓の外。夜景。
光。
その時。 ほんの僅かに。
違和。
⸻
甲斐
「……」
言葉には、ならない。
だが “何か”が、足りない。
⸻
講堂。
拍手。
パチパチ……
壇上に立つ甲斐。
賞賛。
称賛。
だが、その顔は、変わらない。
⸻
帰国後は、警察庁に身を置いた。
政治、科学、医学、多方面からの招聘。
どれも、この男は選ばない。
⸻
廊下を歩く。 視線を集める。
「……あれが」
「例の」
⸻
会議室。
資料。世界。犯罪。
説明する。
的確に。
簡潔に。
⸻
だが誰とも目を
合わせない。
率いることは、あっても協調はしない。
夜。
帰路。
静かな道。
風。
ヒュウ……
足が止まる。
振り返る。が
誰もいない。
再び歩く。
その瞬間。
影が弾ける。
ガッ!
飛び出す男。
ギラッ
刃物。
男は正気ではない。血走った、濁った眼光。
狂気。
「アァァッ!!」
――速い。
だが、甲斐は、さらに速い。
躱す。
スッ
足元!
(何かが)
グサッ
急所は外すも出血。
「ここは危ないよ」
甲斐の足元に、小さな黒猫。
追い討ちの攻撃。
グワァッ
躱す。
スフゥ
取る。
ギリッ
折る。
ボキッ
崩れる男。
終わった。
――はずだった。
パンッ
腹部。
ズッ……
甲斐、両膝を落とす。
一瞬。
沈黙。
血が、落ちる。
ポタ……
両手で腹部を押さえている。
両の掌は、ベットリと赤が纏わりつく
「なんじゃあ、こりゃあ」
それ以上は、無い。体が冷たい。
遠くでサイレン。
ウゥゥゥ……
意識が、遠のく。
無意識に脳内に巡る
(またか)
白。 天井。 光。
機械音。
ピッ……ピッ……
目が、開く。生きている。
「知らない天井」
(フッ)
甲斐は、笑った。
ほんの僅か。 安堵。
そこへ看護師。
「甲斐さんっ、気がつきました?」
「すぐに、お医者さん呼んできますね」
甲斐
「私は、撃たれた……なんで生きている」
それでも、安心して眠った。
⸻
白衣。
近づく気配。
甲斐は眠っている。
白衣の男。いや
看護師に化けた男。
「あ〜あ」
「なんで生きてるかなあ」
点滴に手をかける。
カチ……
「おやすみなさーい」
「甲斐さん」
笑う目。
こういった行為を、楽しんでいる。
⸻
液が、体を巡る。
冷たい。芯から、冷える。
血が、引いていく。
指先の感覚が――消える。
その瞬間。甲斐が目を開く。
理解。
目だけが、動く。
看護師を見る。すべて、繋がる。
だが、抵抗はしない。
出来ない。
沈む。
意識が、落ちる。
最後に
ひとつだけ。
甲斐
「……なるほど」
一拍。
「そういう、ことか」
暗転。
――因果は巡る
暗転。
風。
サァ……
火の粉が、流れる。
赤仮面は――動かない。
先ほどまで触れていた刀に、
指が、僅かにかかっている。
呼吸。
……浅い。
ナギが、目を細める。
「……戻ってきたか」
クラは、何も言わない。
ただ、見る。
やがて――
赤仮面の手が、ゆっくりと動く。
刀へ。
コツ……
触れる。
その視線が、横へ流れる。
短刀。
沈黙。
赤仮面
「……違う」
ナギ
「……は?」
赤仮面
「……二人だけではない」
一同の空気が、揺れる。
ザワ……
クラ
「……何がや」
赤仮面は、答えない。
ただ、短刀を見ている。
月叟が、静かに口を開く。
「……いや」
全員の視線が、集まる。
月叟
「これは――二人」
一拍。
「余計な手は、入っておらん」
断言。
ナギ
「……ほんまか」
月叟
「見れば分かる」
月叟、短刀へ視線。
「刃の入り。角度。深さ」
「迷いが無い」
刀へ。
「こちらも同じ」
静かに、言い切る。
「――覚悟の刃」
沈黙。
火の粉が、ひとつ。
フワ……
クラが、低く吐く。
「……見事やな」
ナギ
「……ああいう死に方、できるか?」
誰も、答えない。
その沈黙の中で――
赤仮面だけが、
動かない。
やがて。
赤仮面
「……分からんな」
その声は、 乾いていた。
クラの眉が、僅かに動く。
赤仮面
「……なぜ、そこまで出来る」
視線は、刀と短刀から外れない。
「……他人のために」
間。
「……死ねる」
風が、強くなる。
サァァ……
ナギが、息を吐く。
「……お前らしないこと言うなや」
赤仮面、反応しない。
ただ――
ほんの僅かに。
拳が、握られる。
月叟が、目を伏せる。
「……人はな」
その声は、低い。
「誰かの為に死ねる時だけ」
一拍。
「己を、超える」
静寂。
その言葉が、空気に沈む。
赤仮面の呼吸が、止まる。
ほんの一瞬。
そして――
ゆっくりと、刀を取る。
コツ……
短刀も、手に取る。
両の刃を、前に置く。
赤仮面の指先に、力が入る。
刃に、刻む。
ギィ……
ギ……ッ……
硬い音。鈍い抵抗。
誰も、動かない。
ただ、その音だけが、
響く。
やがて――
止まる。
二つの名。刻まれた名。
「火垂」
「三好清海」
風が、吹く。
火の粉が、その名の上を流れる。
赤仮面は、しばらく見ている。
長い、沈黙。
やがて――
赤仮面
「……これでいい」
感情は、ない。
だが、否定も、ない。
感傷。なのか。
ゆっくりと、立ち上がる。
衣が、鳴る。
サッ……
背を向ける。
北ノ庄。まだ燻る炎。
空が、僅かに白む。
朝が、来る。
その背中に、迷いはない。
赤仮面
「……次だ」
誰に言うでもなく。
ただ、前へ。
巡る。
形を変え、
意味を変え、
それでも――
巡る。
つづく
前世は、甲斐正義。
戦国時代に転生してきました。
トラックには轢かれていません。
女神様からの加護も、ありません。
なぜ、生まれてきたのか?
なぜ、力を持つのか




