第五話 奥州統一へ(ニ) 其の一『臥龍』
独眼竜政宗です。
この時、齢十五ほどでしょうか
恐らくは、近隣諸大名を討つ算段は
出来てるんでしょうねー
いやはや恐ろしや
――本能寺の炎が、天下を焼いた。
その余波は遠く奥州にまで届いていた。
京で織田信長が討たれたという報せは、
まるで雷鳴のように諸国を震わせた。
だが、その混乱の中で一人の男が動く。
羽柴秀吉。
光秀謀反の報せを受けるや否や、
備中高松城攻めを済ませ、軍を返す。
世に言う――
中国大返し。
常識ではあり得ぬ行軍。
しかし秀吉は、
瞬く間に光秀を追い詰めた。
この奇跡とも思われる大仕事。
それは――
力丸の読み通りであった。
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その頃、奥州・米沢。
伊達家では若き当主候補が
静かに力を蓄えていた。
藤次郎政宗。
後に“独眼竜”と呼ばれる男。
まだ若い。
だが、その視線はすでに
奥州だけではなく、天下を見ていた。
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伊達家中では、
小次郎の評価が高まっていた。
穏やかで理知的。
若殿を支える弟。
家臣たちは言う。
「若殿の右腕」
だが小次郎――
力丸は、その立場を望んでいない。
母・義姫とは距離を置く。
そして兄・政宗とも、
必要以上に近づくことはない。
ただ一つ。
兄弟には奇妙な習慣があった。
――文通。
政宗は無類の手紙好きだった。
政の話。
戦の話。
商人から聞いた噂話。
気に入った相手には、とにかく文を書く。
弟にも例外なく文を書く。
そして小次郎は、
そのすべてに丁寧に返事を書く。
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◆政宗の書簡
小次郎へ
京の情勢について、
商人から面白い話を聞いた。
羽柴秀吉という男。
光秀を討った後、
畿内の勢力を急速にまとめているらしい。
この男、侮れぬ。
奥州から見れば遠い話だが、
天下の形が変わる時は
必ずこちらにも波が来る。
お前の見立てを聞かせよ。
藤次郎政宗
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力丸は文を読み終えると、
静かに息を吐いた。
(流石と言わねばなるまいな、
やはり奥州は政宗が統べるか)
政宗は確実に成長している。
奥州の一大名でありながら、
すでに天下の潮流を見ている。
力丸は筆を取る。
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小次郎の返書
兄上
秀吉はいずれ天下を握るでしょう。
ただし、すぐではありません。
天下はまだ荒れます。
奥州は今、動くべきではありません。
力を蓄え、情勢を見極めるべきです。
情報こそ、最大の武器です。
小次郎
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数日後。
政宗から、再び文が届く。
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小次郎
やはりお前もそう見るか。
ならば我らは奥州を固める。
情報の話だが――
有力な勢力には、必ず優れた忍びがいる。
伊達にも必要だ。
ただし、ただの忍びではない。
格別に有能な者だ。
藤次郎
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力丸は、文を読む度に感嘆する。
(既存の忍びとは違うモノを望むか、
十年早く生まれていれば、
というのも大袈裟ではないな)
その頃。
伊達家の奥御殿では、別の会話があった。
義姫が庭を見ている。
政宗がそこへ現れる。
「母上」
義姫は振り向かない。
「忙しいようですね、藤次郎」
「まあな」
短い沈黙。
義姫がふと聞く。
「……小次郎とは会っているのですか」
政宗は一瞬、言葉を止めた。
「いや」
「文だ」
義姫は小さく頷く。
「そうですか」
母は庭を見続けている。
「……あの子は昔から、
あなたを慕っていました」
政宗は何も言わない。
「兄として、
少しは顔を見せてあげなさい」
政宗は苦笑する。
「母上」
「俺は忙しい」
「それに」
「文の方が、あいつはよく喋る」
義姫はわずかに笑った。
「……そうかもしれませんね」
その会話は、そこで終わった。
この親子は、長く語らない。
だが。
互いを案じていることだけは、
言葉にしなくても分かる。
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その日の夕方。
義姫は、廊下で小次郎とすれ違う。
「小次郎」
力丸は一礼する。
「母上」
義姫はしばらく黙っていた。
「……顔色は悪くありませんね」
「はい」
「無理はしていませんか」
力丸は静かに答える。
「しておりません。
今は、とても良い面持ちです。」
義姫は頷く。
それ以上は聞かない。
「藤次郎を……支えてあげなさい」
力丸は少しだけ目を伏せた。
「承知しております」
義姫は歩き去る。
その背を見送りながら、力丸は思う。
(あなたは、全部分かっている気がする)
だが、それでも何も言わない。
それが、この家の形だった。
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そして再び、文通。
政宗の文に、力丸は返事を書く。
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兄上
忍びは必要です。
ですがその役目は武士とは違います。
誉も名もありません。
ただ任務を果たすのみ。
それでも動く者を選ぶべきです。
小次郎
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政宗は、この文を読んで笑った。
「やはりな」
そして動く。
伊達家中で人選が始まった。
忍び衆の新設。
だが政宗は条件をつけた。
既存の要職者は除外。
表の政治とは違う者。
武士の誉を求めない者。
家名も賞賛も求めない者。
ただ任務を果たす者。
候補は幾人かいた。
だが政宗の目に残った男は一人。
安倍重定。
この男には“私”がない。
野心もない。
まるで死人のようだ。
それでいて――
時代の流れを、
遠くから見ているような目をしている。
政宗は思う。
(この男は……)
(小十郎を凌ぐかもしれぬ)
その名を、文に書いた。
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政宗の書簡
小次郎
面白い男を見つけた。
安倍重定という。
不思議な男だ。
私が無い。
だが、時代を見ている。
この男ならばと思う。
藤次郎
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数日後。
弟からの文が届く。
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小次郎の返書
兄上
天運を得ましたな。
その者こそ、
兄上の求めていた人物でしょう。
忍び衆の筆頭として申し分ありません。
小次郎
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政宗は文を閉じ、笑った。
「やはり、お前もそう言うか」
こうして。
伊達家に新たな忍び衆が生まれる。
組頭が選ばれ、
忍び衆が集められる。
その頂点に立つ男。
安倍重定。
だが。
その正体を知る者は、
森力丸。
そしてその男の本当の名は――
竹中半兵衛重治。
またの名を、
よろず屋の錦之介。
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奥州の風が静かに吹く。
独眼竜は、
まだ若い。
だが確実に牙を研いでいた。
そしてその背後では。
誰にも気づかれぬまま、
未来を操る弟が静かに筆を走らせていた。
つづく
政宗と半兵衛が対面
私たちの歴史には、なかったはず
面白くないデスか^ ^




