第四話 奥州統一へ(一) 其の一『夜明けの』
本能寺の変
その翌日のお話です。
第二話で語られた計略の
そのつづき
――あの夜から、俺はここにいる。
そう言葉にした瞬間、
胸の奥で何かがほどけた。
幼い日の庭、月明かり、
勝兄の背中、母の微笑み。
すべては過ぎ去った時の中に沈み、
二度と戻らぬ。
夢と現実の境目は、いつも曖昧だ。
だが、確かに分かることがある。
俺は、あの夜の子供ではない。
あの夜から、
どれほどの時が過ぎたのだろう。
本能寺の炎。
逃走の闇。
信長の生還という、史にない朝。
あまりにも急転した出来事の連なりに、
蘭丸の心はまだ追いついていなかった。
拠点の一室で、
梁に映る影を見つめている。
遠くで坊丸の寝息が聞こえ、
つきの気配は廊下の向こうにある。
錦之介は、もう起きているだろう。
そして――力丸。
あの夜、彼は言った。
「詳しくは、明日」
その声音は淡々としていたが、
どこか“決定事項”を告げる響きがあった。
史の空白を使う、と。
その言葉の意味を、
蘭丸はまだ測りかねている。
(空白……)
空白とは、
誰かの死であり、
誰かの不在であり、
誰かの名が
史に刻まれないということだ。
それを使うとは――。
思考を追う前に、
いつの間にか眠りに落ちていた。
⸻
朝。
奥州の空は淡く、
冬の気配を含んだ白に近い青をしている。
吐息が白く、空気が硬い。
広間にはすでに人が集まっていた。
信長は奥座に座し、杯を手にしている。
坊丸は眠気を振り払うように頬を叩き、
錦之介はいつものように
静かに佇んでいた。
つきは蘭丸の背後に控え、
視線を落としている。
「……遅いな」
蘭丸が言った。
「誰がや」
「力丸だ。昨日は“明日”と言っていた」
信長は何も言わず、
杯の縁を指でなぞる。
その目は、妙に鋭かった。
錦之介が、わずかに口元を歪める。
「……ほほぅ」
蘭丸が視線を向けると、
錦之介は小さく首を振った。
「いえ。ただ、妙な気配がします」
「妙な、気配?」
「はい。拠点の朝にしては……」
その言葉の続きを、足音が遮った。
廊下から、
規則正しい足音が近づいてくる。
忍びのものではない。
隠す気のない、堂々とした歩調。
障子が開いた。
「遅れました」
そう言って入ってきた男を見た瞬間、
蘭丸の喉が、音を立てて鳴った。
見覚えがある。
いや、見覚えがありすぎる。
坊丸の眉が、わずかに動く。
男の顔は
――森力丸と生写しだった。
背丈、体躯、髪の結い方、声色。
まるで鏡写しのように一致している。
だが、どこかが違う。
纏う空気。
佇まい。
力丸が持つ、
あの未来を見据えた乾いた影が、
そこにはない。
信長が杯を置いた。
その目に宿るのは、驚愕ではなく、
何かを“察した者”の光だった。
坊丸が、ぽつりと口を開く。
「……おまえ、誰や?」
男は、わずかに微笑んだ。
つづく
え?そっくりなの?
妄想、妄想^ ^




