第三話 森蘭丸の記憶 其の六『森長定の決意』
幼いうちに大人にならなくちゃならない
厳しい時代があった
たぶん、こんな想いが
それぞれの胸の内にあったんだろうなあ
あの夜のことは、今でもはっきり覚えている。
勝兄が、家臣たちの前で座していた。
まだ十二の少年が、森の当主として。
家臣たちは、父と傳兄の死を知っていた。
だが、坊丸や力丸、そして私には知らされていなかった。
母様と勝兄だけが、その事実を抱えていた。
それでも、勝兄は泣かなかった。
声を荒らげることもなかった。
ただ、当たり前のように座り、当たり前のように指示を出し、
当たり前のように「森」を続けていた。
母様も同じだった。
朝餉を整え、弟たちの髪を整え、
何事もなかったかのように微笑んでいた。
私は、その背中を見ていた。
――武士とは、こういうものなのか。
誰にも見せず、誰にも頼らず、
ただ、役目を果たす。
あの時、私は「決意」などという大仰な言葉を知らなかった。
ただ、自然に思っただけだ。
兄が兄であるなら、
自分も兄でなければならない。
弟たちの前で、泣いてはいけない。
不安を見せてはいけない。
弱音を吐いてはいけない。
それが、
森の子として生きるということなのだと。
今思えば――
あれが、私が“長兄”になった瞬間だったのかもしれない。
⸻
月の明るい夜だった。
庭に出ると、勝兄が一人で空を見ていた。
私は、隣に座った。
「……勝兄」
「どうした」
「父上は、強かった?」
勝兄は、しばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「強かった。
そして、優しかった」
その声は、少しだけ震えていた。
「傳兄も、強かった。
あいつは、俺よりもずっと」
私は、
その言葉の意味を理解しきれなかった。
ただ、兄が何かを失ったことだけは、分かった。
「勝兄は?」
「俺か」
勝兄は、少し笑った。
「俺は、強くなる。
強くなって、森を守る」
その言葉は、誓いだった。
子供の言葉ではなく、当主の言葉だった。
「蘭丸」
「はい」
「お前は、賢い。
だから、よく見ておけ」
「何を?」
「武士の生き方だ」
私は、頷いた。
――その夜、母様は腹をさすっていた。
まだ生まれていない弟。
後に忠政と名付けられる子。
「この子は、父を知らずに生まれます」
母様は、そう言って微笑んだ。
「でも、森の子です。
それだけで、十分でしょう」
私は、その腹に手を置いた。
小さな命が、確かにそこにあった。
⸻
今、思えば。
母様と勝兄と、そして
腹の中にいた千丸とは、
私はもう二度と会うことができない。
あの時の母。
あの時の勝兄。
生まれる前の千丸。
皆、あの夜の中に置き去りのままだ。
私は、その後も“長兄”として振る舞ってきたつもりだ。
弟たちを守り、家を支え、主君に仕えた。
だが、本当に出来ていただろうか。
兄のように、父のように、
何一つ揺らがずに立てていただろうか。
――分からない。
ただ一つ確かなのは、
あの夜から、
私は子供ではなくなったということだ。
信長公の背中を見送り、
勝兄の背中を見上げ、
母様の背中に倣った。
それだけで、十分だったのだと思う。
⸻
月を見上げるたびに、あの夜を思い出す。
家が静かに続いていく音。
泣き声の代わりに、誓いが交わされる音。
武士の家とは、そういうものだった。
そして私は、
その家の子として生きる道を、
知らぬ間に選んでいた。
これは、森蘭丸という男の幼き頃の話。
だが同時に、
武士・森長定が生まれた夜の話でもある。
第三話『森蘭丸の記憶』了
少年が武士として
成長していく様
ちゃんと描けたかなあ
思い入れの割に大したことなかったら
ツラ(T-T)




