第三話 森蘭丸の記憶 其の五『大殿様』
武士たちの結束とは
こういうことかなあ
なんて
そんな妄想でゴザイマス
数日後。
大殿様――織田信長公が、森家を訪れた。
私は、母様の後ろに控えながら、その姿を見た。
恐ろしい方だと、皆が言っていた。
敵には容赦なく、裏切りには死を与える“魔王”。
けれど、私の前に立った信長公は、そうは見えなかった。
背は高く、眼光は鋭い。
武将としての威圧は、隠しようもなくあった。
だが、その視線は――柔らかかった。
父と傳兄を失った家に向けられる視線。
それは、哀れみではない。
同情でもない。
ただ、真っ直ぐに家族を見つめる、主君の眼差しだった。
「……可成は、よく尽くしてくれた」
低い声だった。
怒鳴るでもなく、飾るでもなく。
「可隆も、見事な働きだったと聞いておる」
勝兄が、深く頭を下げた。
その肩は、まだ細かった。
それでも、当主として立っていた。
信長公は、勝兄の前に歩み出た。
「長可」
勝兄の名を、はっきりと呼んだ。
「そなたが、森を継ぐか」
「はい」
勝兄の声は震えていなかった。
それだけで、胸が熱くなった。
信長公は、しばらく勝兄を見つめていた。
その視線の奥に、何か深いものがあった。
――戦で多くを失ってきた者の目。
父と兄を失った私たちの痛みを、
誰よりも知っている者の目だった。
やがて、信長公は小さく息を吐いた。
「……重い名だ。だが、森の名は軽くない」
勝兄は、黙って頷いた。
信長公は、勝兄の肩に手を置いた。
強くもなく、弱くもなく。
ただ、確かな重みで。
「余が、そなたを守る。
森家は、余が守る」
その言葉は、誓いだった。
慰めではなく、命令でもなく。
主君としての、責務の宣言だった。
母様は、深く頭を下げた。
家臣の妻として、女としてではなく、
“森の家”として。
私は、その背中を見ていた。
信長公は、私たち三人にも視線を向けた。
「……お前たちが、可成の子らか」
坊丸が、ぴしりと背を伸ばした。
力丸は、よく分からずに首を傾げていた。
私は、ただ黙って見返した。
信長公は、少しだけ口元を緩めた。
「森は、子宝に恵まれたな」
そう言って、坊丸の頭に手を置いた。
坊丸は、驚いたように目を見開いた。
「お前は、騒がしいと聞いた」
坊丸が、口を尖らせた。
「……そんなこと、ないです」
その返事に、信長公は鼻で笑った。
「騒がしいのは、悪いことではない。
戦場では、声の大きい者ほど生き残る」
坊丸は、少し誇らしげに胸を張った。
そして、私を見た。
「お前は、よく見ている目だ」
何を見ているのか。
その時は分からなかった。
だが、その言葉は、不思議と胸に残った。
信長公の視線は、最後に母様へ向けられた。
そして、ほんの一瞬だけ、瞳の奥が揺れた。
それは、誰にも見せぬはずの哀しみだった。
戦で多くの家臣を失い、その家族と向き合うたびに、
胸の奥に積み重なっていくもの。
信長公は、それを押し隠しながら、
なお、残された者たちを包み込もうとしていた。
――この方は、魔王ではない。
――家臣を抱える、ただの人だ。
そう、幼いながらに感じた。
やがて信長公は、踵を返した。
「長可。森は、余の右腕だ。
折れるな。折れれば、余が折れる」
勝兄は、深く頭を下げた。
「必ずや、森の名を辱めません」
信長公は、満足そうに頷いた。
その背中が遠ざかると、坊丸がぽつりと呟いた。
「……勝兄、すげえな」
勝兄は、少しだけ困ったように笑った。
「すごくはない。やるしかないだけだ」
「でも、大殿様が守るって言ったぞ」
坊丸は、どこか嬉しそうだった。
「だから、俺も守る側になるんだ」
勝兄の声は、静かだったが、確かだった。
私は、その横顔を見つめた。
この人は、もう子供ではない。
それでも、兄だ。
守る人だ。
その夜、母様は言った。
「森は、まだ続きます。
皆で、続けていきましょう」
その言葉は、泣き声ではなかった。
誓いだった。
私は、その言葉を胸に刻んだ。
――森は、続く。
――自分が、続ける。
信長公の大きな背中と、
勝兄の小さくも揺るがぬ背中が、
私の道を決めていた。
骨太な感じでね
良き^ ^




