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新世界の創世者は、魔王ではなく?  作者: ニャンコ
第一章 本能寺の変
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第三話 森蘭丸の記憶          其の三『武士(もののふ)』

いつになくシリアス描写です。

病み上がりには、空気が重過ぎるっ



勝兄が、槍を振っていた。


ただ、それだけの光景だったはずだ。

庭先で、黙々と。

昼も、夕も。

夕陽が辺りを赤く染めている。それでも唯、腕を止めることなく。振っている。


「……勝兄、どうしたの?」


そう声をかけたかどうかは、もう覚えていない。

ただ、あの日の勝兄の顔だけは、はっきりと覚えている。


恐ろしい形相だった。


鬼のように、という言葉が浮かんだ。

勝兄が、なぜそうしているのか、幼い私にはわからなかった。


槍を振るたび、赤い汗が飛ぶ。

夕焼けに染まった庭の中で、


母様は、座っていた。


何も言わず。

止めもせず。

ただ、じっと見ていた。


その背中は、まっすぐで、揺れなかった。


昼が過ぎ、夕になっても、母様はそこにいた。


やがて、


夕餉ゆうげにしましょうね」


そう言って、母様は私たち三人に微笑んだ。


……微笑んでいた、と記憶している。

けれど、あれは泣いていたようにも見えた。


その夜、母様は私たちを寝かせると、再び勝兄のところへ戻っていった。

いつもより早く、床に就かせたのは、そのためだったのだと、今なら分かる。


眠れなかった。


槍を振る音が、遠くで聞こえていた。

風を切る音、土を踏みしめる音。


やがて、その音が消えた。


不思議と、私は安心して眠りについた。

だから、あれは夢だったのだと思った。


――忘れかけていた頃。


今度は、剣を振る音がした。


昼も、夕も。


庭に立つ勝兄を見た瞬間、分かった。

あれは、夢ではなかったのだと。


勝兄の顔は、あの日とは違っていた。

恐ろしいとは、もう思わなかった。


大人に見えた。


まるで――傳兄のようだった。


傳兄は、勝兄よりも年上で、父様と共に大殿様に仕えている。

強く、正しく、私たち四人が心から尊敬する兄。


その背中と、重なった。


けれど。


赤い汗を両手から吹き出しているのは、あの日と同じだった。


その時、ようやく気づいた。


あの日、恐ろしい形相に見えたのは、

顔からも赤い汗を流していたからなのだと。


母様は、あの日と同じ場所にいる。あの日と同じように、ただ見守っている。

そして、あの日と同じように。


「夕飯にしましょうね」


そう言って、泣いていた。


数日後、勝兄が家督を継ぐと聞かされた。


父様は、討死なされた。

傳兄は――数か月前に、すでに討死なされていた。


その言葉を聞いた時、私は、泣かなかった。

声も出なかった。


ただ、すべてを悟ってしまった。


あの日の、勝兄の必死さ。

母様の、何も言わなかった理由。

優しく微笑み、泣いていた理由。


武家とは、こういうものなのだ。


泣き叫ぶことよりも先に、

嘆くことよりも先に、

為すべきことがある。


誰かが、剣を振らねばならないなら。

誰かが、家を継がねばならないなら。


――それを、黙って受け止める。


母様も、勝兄も、

何も言わなかったのではない。


言わずに、背中で教えてくれていたのだ。


その背中を、私は、今も忘れない。

この話は結構好き

こういうのも是非入れておきたかった

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