第三話 森蘭丸の記憶 其の一『まだ知らぬ日々』
ええ、妄想でしかないお話です。
んで、ちょっと良い感じのね
お話を入れてみました。
たぶん、こんな感じのことも
あったんじゃないかなあ
というお話です。
これは、森蘭丸という男の、幼き頃の話である。
後に剣を取り、血にまみれ、歴史の影に名を残すことになる男の――
まだ何ひとつ知らず、ただ春の庭に立っていた頃の記憶。
語るのは、すでに遠くなった昔日の、自身の影である。
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――人は、幸福である時ほど、それを幸福と名付けない。
後年の我が身から振り返れば、あの頃の森の家は、まさしく静かな春の庭のようであった。
風は柔らかく、陽はあたたかく、世界は疑いなく続いていくものだと、誰もが信じていた。
私は五つ。
弟の坊丸は四つ。
末の力丸は三つ。
朝になると、母は私たちを起こし、髪を整え、衣を着せ、庭へと送り出した。
庭には父の愛した松があり、兄たちの稽古に使われる槍が立てかけられ、縁側にはいつも乾いた風が通っていた。
兄たちは大きかった。
勝兄――森長可は十二で、すでに大人の背を追いかけるような背丈をしていた。
兄弟の中で一番声が大きく、一番歩幅が広く、一番、世界が自分のものだと疑わぬ顔をしていた。
父は、声を荒げることは少なかったが、眼差しは鋭かった。
子らに剣を振らせるときは厳しく、だが庭で遊ぶ私たちを見るときは、決して笑わず、ただ目を細めていた。
私は、その目が好きだった。
怒りでもなく、喜びでもなく、ただ何かを確かめるような目。
「生きているか」と、子の息を数えるような目だった。
母は、家の中の風のような人だった。
大声を出すことはなく、歩く音も静かで、いつもどこかにいて、いつの間にか用事を済ませていた。
父が戦へ向かう前日も、兄たちが遠くへ稽古に行く朝も、母の声は変わらなかった。
「蘭丸、坊丸、力丸」
そう呼ぶ声は、ただの名でありながら、帰る場所のように思えた。
私はその声が、永遠に続くものだと信じていた。
幼子の記憶は、音と匂いでできている。
あの頃の私の記憶も、庭の土の匂いと、槍の木の匂いと、母の衣に染みた香の匂いで満ちている。
力丸はまだ言葉も拙く、庭の石を拾っては、兄たちの稽古の真似をして投げていた。
坊丸はそれを止めるでもなく、面白がって笑い、力丸の背中を押した。
私は二人の後ろに立ち、兄たちの背を見ていた。
兄の背中は遠く、空は高く、私はその中で、ただ立っていた。
後になって思う。
あの時の私は、森の名も、家の意味も、父や兄が背負っていたものも、何ひとつ理解していなかった。
ただ、兄が強く、父が怖く、母が優しく、弟が騒がしい。
それだけの世界だった。
そして、それで十分だった。
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だが、ある時から、風が変わった。
家の中を歩く足音が増えた。
見知らぬ大人が増え、見知った大人の顔が減った。
廊下の奥で、低い声が長く続く夜が増えた。
私は、それを不思議とは思わなかった。
大人の世界は、いつもそんなものだと思っていた。
だが、母の声が、ほんのわずかに低くなったことには気づいた。
呼ばれたときの声が、以前よりも遠くから聞こえるように思えた。
長可兄の背中が、急に高くなったことにも気づいた。
それまでは兄たちと一緒に庭を駆け回っていたのに、いつの間にか兄は縁側に座り、黙って庭を見るようになった。
私は、その理由を知らなかった。
知ろうとも、しなかった。
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後年、私は悟る。
あの沈黙の中で、すでに兄と父は、死に近づいていたのだと。
だが、その時の私は、ただ、春が少しだけ長く続くことを願っていた。
それだけでよかった。
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「まだ知らぬ日々」とは、最も残酷な贈り物だ。
知ってしまえば、二度と戻れぬ場所。
知らぬままでいれば、いつか必ず奪われる時間。
私は、その贈り物を、確かに受け取っていた。
そして、それが贈り物であったことに、気づくのは、ずっと後のことである。
キャラ掘り下げる回も良いかなあって、
それでまあ蘭丸の回を、やってます。
主人公が謎過ぎる?
ですよね、りっきゅんの過去編、
もちろんやりますともさ
しばし、お待ちを




